264:一時撤退-2
「あるじゃねえか、一発逆転」
「残念だけど、一発逆転じゃなくて、一発で敗北が大きく近づく悪手一歩手前の手よ」
一時的にとは言えラス・イコメクの動きを完全に封じたおかげで、スパルトイの殲滅は難なく終わった。
その為だろう、ゴトスは少し気の抜けた表情をしている。
だが私にしてみれば……この一手で耐えられる限界値は大幅に近づいてしまった。
「……。理由は?」
「見てみなさいな」
私は茨の檻の中に居るラス・イコメクに視線を向ける。
ラス・イコメクは封じられた直後に数度だけ檻を叩き、破壊を試みていた。
だが直ぐに撃ち破る事が不可能であると同時に、これが自分にとって都合のいい状況である事を理解したのだろう、指一本動かす事なくじっとしている。
「大人しいな。HPの回復はまあ、仕方が無いとして……」
「とても都合がいい時間よね。これまでの戦いを振り返るのには」
「……」
そう、とても都合がいいのだ。
一先ず払うべき注意は茨の檻が私の手によって解除される事だけでいい。
そして、周囲に注意を払う必要が無いと言う事は、それだけの思考のリソースを他に回すことが許されると言う事。
ではラス・イコメクが何を考えるかと言われれば……当然、戦いが再開された後の事を考える事だろう。
「断言しましょうか。戦闘が再開したら、まず最初にエリア全域を対象とした致命的攻撃。これは準備時間がたっぷりあるんだから、確実に飛んでくる。それから数百体規模のスパルトイ、これも事前に召喚しておくだろうし、本来ならもう少し削った後に出てくる連中も呼んでおくかもしれないわね。当然、スィルローゼ様の封印からの離脱は完了しているわ」
「……」
「これに加えてこれまでの戦闘で得たポイントを使って、新たな能力を得る可能性もある。封印の中に居る間は新たな能力を得られないけど、封印解除からの戦闘開始までの一瞬で、事前に得ようと考えていた能力を得るぐらいは出来るもの」
「……」
「で、ラス・イコメクがこちらの個人をどの程度認識できているかは分からないけど、私やゴトス、アイブリド・ロージスのように目立っていた面々に対するピンポイントの対策を講じてくる可能性は当然あるし、全体の戦略と戦術についても何度も使っていたものに関しては対処を考えてくるでしょうね」
「「「……」」」
私の言葉が響く度にゴトスだけでなく周囲の面々の顔も蒼ざめていく。
まあ、当然と言えば当然か。
ようやく一休みできると思ったら、休憩完了後に待っているのは先程までよりも確実にキツい戦闘なのだから。
「エオナ、封印はどれぐらい保つ?」
「3時間。私の信仰値や延長の為の魔法を考えるとこれが限界ね。だから、再開後に最初の援軍が来るまでもう2時間か3時間は耐える必要があると思って」
「分かった。全員早急に上へと移動。補給と……作戦会議だ」
「お願いね。私への連絡事項は、向こうの私を通して」
「ああ」
ゴトスたちが一つ目の層へと戻っていく。
さて、ここまで発破をかけたなら、戦闘再開と同時に壊滅と言う最悪の流れは回避できるだろう。
「それで、試す?」
「ええ、一応試すだけ試してみるわ」
で、ゴトスたちが居ない間に一つ試みておくとしよう。
これが上手くいけば、そのまま戦闘終了なのだし。
「茨と封印の神スィルローゼ様。貴方様が代行者であるエオナが求めます」
私は茨の檻の中に居る魔鬼王ラス・イコメクにニグロム・ローザの剣先を向ける。
「悪と叛乱の神ヤルダバオトが眷属、『魔鬼王ラス・イコメク』。彼のものを金剛の茨を以って蒼き薔薇の園へと導く力を。無間に極彩色の薔薇が包み込む牢獄へと繋ぎ止める力を。彼のものを糧にすると共に、永久の安寧と封印を齎す力を我に与え下さいませ。『スィルローゼ・ロズ・コセプト・スィル=スィル=スィル・アウサ=スタンダド』」
そして詠唱、発動。
色とりどりの薔薇を咲かせた茨がラス・イコメクにゆっくりと向かっていく。
そうして一部の隙もなく包み込んで……
「kcf?」
内側から弾けた。
「失敗ね」
「まあ無理よね」
「そりゃあ無理ってものでしょ」
うん、エオナ=ライブラリとエオナ=トレインの二人から突っ込まれるまでもなく、私も無理だろ思っていた。
余りにもラス・イコメクは元気すぎるし、実力差もありすぎる。
封印するならばラス・イコメクのHPがパーセント表示で一桁かそれ以下になるぐらいまで追い詰めるか、精神面で同レベルのダメージを与えるか、このどちらかは最低限必要だろう。
スリサズやワンオバトーと言った格下のPTボスと違い、レギオンボスは動きを封じた程度で封印できる程、柔な存在ではないのだ。
「で、二人には何かいい案はある?」
「私の方は扉の動かし方で少し考えはある。まあ、再開後の開幕の対処は任せておいて」
「分かったわ」
と言う訳で、予定通りに上手くいかなかったので、私たちの方も作戦会議である。
とりあえずトレインには案があるようだ。
「私は……まあ、やってみるだけならタダか」
ライブラリも何かをするつもりではあるらしい。
「ふうん、私もまあ、最初の処理とその後についての考えが無いわけではないわね」
私が考えている方策としては……スパルトイの処理について考えはある。
まあ、これから戦闘再開までに変わっていく状況次第の面もあるが。
「ん?」
「あ」
「へぇ」
と、ここで一つの連絡が入ってくる。
それはエオナ=フェイスがルナリド様とプログラーム=コンプレークス様から得た情報であり、血縁に会った事による血の滾りの共有だった。
「そうね。これならもう暫くは大丈夫そう」
「そうね。何とかはなるわ」
「まあ、やり易くはなったかな」
それを受けて、私たちは戦闘再開後を見越した動きを始めた。




