204:式典-1
「肝を冷やすと言うのは正にこの事を言うのでしょうな……」
控室に通された私たちを見た男性がため息交じりに発した言葉がそれだった。
「ケッハメイ枢機卿……すまない。私は自己責任で好きにしろと言ったのだが、それが間違いだった。コイツは好きにさせた方が問題のある行動を取る事を失念していた」
「いえいえ、カミア・ルナ巡礼枢機卿。貴方は悪くないです。代行者と言えども、まさかお一人で神獣を呼び出し従え、あれほどの数の人形の兵士を操るとは、誰も想像など出来ません」
どうやらこの男性がケッハメイ枢機卿であるらしい。
見た目としては……頭頂部をしっかりと剃り、口ひげは立派な物を蓄え、目つきは全体的に鋭くて、何かを探るような気配がしている。
体形は全体的に丸っぽく、枢機卿である事を示す神官服は贅を凝らした物となっている。
後ろに付けている部下と思しき面々も厳つい顔つきの者が多い。
うん、これでは悪人っぽく見られても仕方がないだろう。
だがしかしだ。
「それにご安心を。周りの枢機卿は肝を冷やして蒼ざめておりましたが、教皇様はエオナ様のパレードを見られた際に大変喜んでいらした。きっと、あのキメラの神獣殿から漂っていた微かなルナリド様の気配を感じ取ると共に、見た目よりもはるかにお優しい性格なのを見抜かれたのでしょう」
「そうか。ご心配をおかけしたと不安になっていたが、それなら良かった」
断言しよう、ケッハメイ枢機卿は間違いなく善人だ。
ヤルダバオトの代行者としてケッハメイ枢機卿の悪意と叛意を測ったが、悪意は皆無で、叛意はほどほど。
これは悪事を働くことは無いと同時に、逆らわなければならない命令にはきちんと逆らえるという、生粋の善人の特徴である。
と言うか、ヤルダバオト神官への適性が私が見たことのないレベルで低い。
これならば基本的に信頼していいだろうし、何かあったなら守る方針で間違いないだろう。
後、アイブリド・ロージスが行進中に建物を壊したり、眺める人々を過度に怖がらせたり傷つけたりしないように気を付けていたことに、きちんと気付けている点も高評価である。
「さて、申し遅れてすみません。私がクレセート、ルナリド本神殿の枢機卿の一人、ケッハメイと申します。この度は遠路はるばるよくクレセートに来てくださいました。エオナ様、アビスサロメ様、ノワルニャン様、シュピー様、メイグイ様」
「こちらこそお出迎えありがとうございます。ケッハメイ枢機卿。また、先程は私の勝手によってお騒がせしてしまい申し訳ありませんでしたわ」
「いえ、肝こそ冷えましたが、素晴らしいパレードでした」
「そう言っていただけるなら幸いです。次もお楽しみいただけると幸いです」
私とケッハメイ枢機卿はお互いに頭を下げ、それを見た他の四人も慌てた様子で頭を下げる。
なお、私の言葉にケッハメイ枢機卿と部下の男性たちは微妙に口の端を引き攣らせているが……本当に申し訳ない、たぶん、私が何もしなくても、相手から勝手に仕掛けてくるから、対応せざるを得ないのである。
「それで、ケッハメイ枢機卿はどうしてこちらに?式典の話ならば既にルナから窺っていますが?」
「そ、そうですな。そろそろ、そちらの話にも移りませんと」
さて、本題である。
ルナとケッハメイ枢機卿が如何に親しいと言えども、式典前の貴重な時間を割いてまで会いに来るという事は、相応の何かがあるという事なのだから。
ここまでは想定内だ。
「まずは私の部下の仇でもあるE12とE13を葬ってくださったことに感謝を。きっと部下たちの魂も救われた事でしょう」
「いえ」
「そして、その部下を経由して私に伝えられた件についてです」
「……」
ケッハメイ枢機卿の部下に伝えた件……ああ、クレセートがきな臭いとルナリド様が言っていた件か。
「クレセートの何処を見ても、具体的な怪しい動きは出ていません。当然でしょう。ここは陰と黄泉の神ルナリド様を祀る神殿の中でも、最も大きな神殿が置かれている街です。この街の中であからさまな行動を取れば、数日どころか数時間後には完膚なきまでに潰されている場合も有り得ます。かつてのファシナティオのように」
「ふむ……」
大きな動き、明確な動きはない。
まあ、これは当然か。
そんなものがあれば、今頃はプレイヤーの誰かが潰している。
『満月の巡礼者』がフルムスに移動しても、クレセートにはゲーム時代からのトップギルドとプレイヤーが残っているはずなのだから。
「ですが……そうですな。やはり、何処となく空気が悪くなったようには感じます。此処一月ほどで一気に」
「……」
「具体的にどうとは言えないのですよ。ただ、歯車の一つ一つの噛み合いがほんの僅かに悪くなったような、そんな気配だけはあるのです」
「なるほど……」
だが、ケッハメイ枢機卿は空気が悪くなったと断言した。
と言う事は、やはりクレセートに何かはあるのだろう。
ルナリド様にも、ケッハメイ枢機卿にもそう感じさせる何かが。
「申し訳ない。私の力ではこれが限界でした。どうか皆様お気を付けください。式典の最中含めて、何が起きてもおかしくない気配だけは致しますので」
「分かりました。重々気を付けさせていただきます」
「ケッハメイ枢機卿もどうか気を付けるように」
「勿論気を付けますとも。では」
そうしてケッハメイ枢機卿は控室から去っていき、それに合わせるように式典も始まった。




