203:いざクレセートへ-3
「何よアレ……」
ルナたちのクレセート入都は様々な人が様々な思いを抱きながら眺めていた。
その思いの内容としては祝福、称賛、感謝と言った善良な思いが大多数を占めていて、エオナが感知したような悪感情を抱いている者は極少数と言ってよかった。
そして、その極少数の悪感情を抱いていた者にしても、ルナたち五人に続く形で入ってきた無数の茨の人形、建物並みの大きさを持つ巨大なキメラ、それにエオナ自身の堂々たる姿を見せつけられて、自分たちが抱いていた感情が如何に愚かしいものであるかを思い知らされると同時に、敵対行動をしようと言う気を奪われていた。
「だ、代行者にしてもあんな化け物ありだと言うの……」
だが、全員がその意思を奪われた訳ではなかった。
その証拠にルナリド本神殿のテラスからルナたちを見ていた、白い髪に兎の耳を生やした女性は顔を青ざめたものにしつつも、抵抗の意志まで奪われたわけではなく、必死に自分が見たものを頭の中で反芻して、何かを考えていた。
「考えなきゃ。考えないと。でないと教皇様からの依頼が果たせなくなるわ。そうなったら……ううっ」
しかし、今のエオナが女性にとって想定外の存在である事もまた事実だった。
女性は『Full Faith ONLine』がゲームだった頃のエオナを知っていた。
共に戦ったり、敵対したりしたことは無いが、それでも噂や動画の類で規格外に属する側のプレイヤーとしてエオナを知っていた。
そして、そんなエオナが『悪神の宣戦』によって『フィーデイ』にやってきて、ゲームだった頃よりも数段強くなった事までは想定していた。
「無理!こんなの無理!アタシの弄する小細工程度じゃどうやっても無理!?何なのよあの化け物は!?完璧にレイドボスどころかレギオンボスじゃないのよ!!こっちの人数を考えなさいよー!!」
が、実物のエオナは女性の想定を数十段階ほど上回ってしまっていたために、女性は苦悩を表すように髪と頭を激しく振らしながら、その場で奇妙なダンスのような動きをする事になっていた。
ちなみにレギオンボスと言うのは6人PT4つで編成されるフルレイドを更に4つ繋げたもの……つまりは96人と言う百人近い人数を集めて戦う事を前提としたボスであり、最下級の物ですらエンドコンテンツの一種として扱われるような存在である。
「ううっ、なんと言う無理ゲーなの……こんなの負けイベントみたいなものじゃないのよ……死に戻りが無くなって命が一つしかない世界で負けイベントとかクソゲーの極みじゃないの……」
やがて踊り疲れたのだろう。
女性はその場で四つん這いになると、兎の耳を萎びさせ、重い空気をその身に纏うようになる。
「だから拙僧は言っただろう。エオナとは敵対しないのが一番だと。とは言え……ぶわっはっは、まさか完璧に人間を辞めているとは思わなかった!はっはっはっ、いやー、色々と聞いてはいたが、規格外とは正にアレの事だな。あっはっはっ」
「笑い事じゃないわよ!他人事だと思って!!」
そんな女性に向けて丸々と太った禿頭の男性が陽気な笑い声を上げつつ話しかける。
そこには女性が纏うような暗い雰囲気は一切なく、心の底から今の状況を楽しんでいるようであり、手にしたジュースを飲み干すと、再び笑い始める。
「だがなぁ……実際問題として今のエオナと敵対したら、拙僧の全力でも数分の戦線維持が限界だぞ。それも目に見えている戦力だけで計算した話で、現実には……一分保てばいい方だろうなぁ。拙僧としてはもう笑う他ない」
「ううっ、また絶望的な情報が……」
「そもそも、今回のパレードで見せている部分など、知られたところで痛くも痒くもない情報ばかりだろうしな」
「ノオオオォォォ!!」
女性が再び叫び声を上げる。
しかし、それでも何かしらの事情によってエオナに抗しなければならないのだろう、女性は太った禿頭の男性以外の面々……残りの二人へと目を向ける。
「二人は何かないの!?」
言動は威圧的であるが、全身を震わせつつ言う女性の姿は、完全に小動物のそれである。
そんな女性に対して残りの二人の内の片方、パジャマ姿で今にも眠そうにしている方の少女が口を開く。
「今回マクラはほぼ戦力外ー……あの人、眠りとの縁が殆どなくなってるー」
「オワタ……」
「ほう……」
マクラと言う名前の少女がそう言った瞬間に女性が両手を大きく上げ、口を大きく開き、何かを諦める様な表情をする。
どうやら女性にとってマクラの力は切り札と言ってよかったらしいが、今のエオナとは致命的に相性が悪いようだった。
「ま、まだ手が……」
「エオナさん……」
それでも女性はまだ手があるはずだと、最後の一人に目をやる。
そこには一般にゴスロリと言われるような、フリルやレースをふんだんに使った衣装を身に着けた、人形のような人物が座っていた。
しかし、その人物は女性の視線に気付いた様子もなく、瞳孔が縦に割れた赤い右目と黒い左目を虚空に向けている。
「すごく綺麗で美しかったなぁ……えへへへへ……」
そして、完全に先程まで自分の視界に収めていたエオナの姿に見惚れて、怪しい笑みを浮かべていた。
「魅了されてるううぅぅ!?」
「ふむ、天然の一目惚れか」
「おー……」
そんな姿に女性が本日何度目かも分からない絶叫を上げるのは必定と言ってもよかった。




