学校という名の魔物
◯
土日を挟んで、次の週。
スコットの運転する車に乗せてもらい、私は留学先のキャンパスへと向かった。
(ついに……ついに、この日が来てしまった)
初めての受講日。
といっても、今日はまだ本格的に授業が始まるわけではなくて、クラス分けのための軽いテストがあるだけ、と聞いているけれど。
当然のごとく、私の胸には不安しかなかった。
本来ならばこれからの大学生活にワクワクしてたまらない時期なのかもしれない。
けれど私は、先のことが心配でたまらない。
授業にはついていけるのか。
友達はできるのか。
そもそも成績が悪すぎていじめられたりするのでは……?
見事に不安要素しかない。
そわそわして落ち着かないまま、私を乗せた車はキャンパスの入り口へと到着した。
「××××××」
「××××××……」
運転席のスコットと、助手席のレベッカとが何やら短いやり取りをする。
例のごとく内容は聞き取れなかったけれど、大方予想はついていた。
いってらっしゃいとか今日も頑張ってねとか、そんなところだろう。
実はレベッカの勤務先は、私がこれから通うグリフィス大学の中にあるのだ。
したがって彼女もここで私と一緒に車を降りることになる。
二人はやがて会話を終えると、チュッ……と粘着質な音を立ててキスをした。
「…………」
人目をはばからず、あまりにも自然に交わされたそれを後部座席から呆然と見つめる私。
なんだか見てはいけないモノを見てしまったときのような、妙な緊張感を覚える。
「ミサキ?」
私が硬直しているのに気づいたのか、レベッカは不思議そうにこちらを振り返った。
いや、そんな「何か問題でも?」みたいな顔を素でやられても困る。
あれかな。
海外ではこんなの当たり前っていうか。
私が敏感に反応しすぎてるのかな。
というか日本人が敏感すぎ?
アメリカ映画とかだと異性同士でもすぐにハグしたりとかするしね。
何はともあれ、郷に入っては郷に従え。
こうしてオーストラリアに来た以上、私もこの雰囲気に慣れなければならない。
……ってことはもしかして、これから毎日二人のキスを見ることになるの?
ひえぇ。
◯
スコットに見送られ、レベッカとも別れた後。
私はあらかじめ渡されていたパンフレットを頼りに、ひとりキャンパス内を歩いた。
周囲はすでに人であふれ、老若男女……どころか出身地が明らかにバラバラな人たちが所狭しと並んでいる。
アフリカ系っぽい人や中東系、それから金髪碧眼の人は……アメリカ? ヨーロッパ??
お察しの通り、私は地理も苦手でございます。
とにかく色んな国の人が集まっているけれど、ここにいる人たちはみんな私と同じ留学生……ってことかな?
(真依子、どこにいるんだろ)
この人混みのどこかに、彼女もいるはずだ。
私はちょっと焦りながら辺りを見渡す。
早い内に彼女と合流しないと、私はこの国籍不明の人たちの中、たったひとりでコミュニケーションを取らねばならない。
(そんなの無理……っ)
と、慌てて辺りをキョロキョロとしていたとき、
「××××××」
「!」
ごくごく近い距離から、声が届いた。
若い、男の人の声。
おそらく私に話しかけている。
(まずい……!)
未だ真依子の姿は見当たらず、今はレベッカもそばにいない。
この状況で、どこの国の出身ともわからない人に話しかけられてしまった。
一体どんな人だろう?
声は後ろから聞こえたので、私は恐る恐る首だけを動かして振り返る。
果たして私の英語は通じるのか。
というか、まず何語でしゃべる相手なのか?
心臓が口から飛び出そうなくらい緊張しながら、後ろに立つその人を見上げると、
「…………え」
そこに見えたのは、私と同じ肌の色をした、端正な顔立ちの青年だった。




