マイヒーロー、レベッカ
◯
次に目が覚めたときには、すでに日が暮れていた。
(……あれ?)
真っ暗な空を映し出す窓の向こうから、かすかに夜風が入ってくる。
(私……寝ちゃってたの……!?)
慌てて飛び起き、すかさずスマホの画面を覗くと、映し出されたのは日本時間に設定したままの時刻。
午後六時過ぎ。
(ええと、時差は一時間だから……)
日本の一時間後。
つまり現在、午後七時過ぎ。
「…………」
さっと顔が青ざめていくのが自分でもわかった。
まだホストファミリーへの挨拶もろくに出来ていないのに、いきなり長時間の居眠りをしてしまうなんて。
失礼にも程がある。
今朝ここへ着いたのが確か十一時ぐらいだったから、
(私、八時間も寝てたの!?)
もはや居眠りなんてもんじゃない。
がっつり一日分の睡眠を取ってしまった。
「わ、わっ……そっ、そーりーソーリー! ごめんなさーい!」
半狂乱で泣きそうになりながらベッドを飛び出し、部屋の扉を開けてみると、
「オウッ。ハイ」
ちょうど部屋の前を歩いていた男の人とぶつかりそうになって、慌てて急ブレーキをかけた。
……って、男の人?
「あ、……え?」
見上げると、そこには見知らぬ外国人男性が立っていた。
ガタイの良い、スキンヘッドのおじさん。
「ハハ。You woke up finally!」
青い、綺麗な目で私を見下ろしながら、彼はそう言って笑った。
やっと起きたか、的な?
寝起きでまだ頭がぼんやりとしているにも関わらず、私にしては珍しく相手の英語をはっきりと聞き取ることができた。
(もしかしてこの人……レベッカの旦那さん?)
初対面で誰だかわからないけれど、多分。
家の中にいるってことは、この人もホストファミリーってことだよね?
「ミサキ、×××××。×××××! ×××××! ××××……」
(! んん!?)
さわやかな笑顔で何か話し始めたけど、この人、めちゃくちゃ早口じゃない!?
今朝の機関銃の女性といい勝負……というか、下手するとそれ以上かもしれない。
「×××××! ×××××! ×××××! ハハ!」
「…………」
これはまずい。
レベッカはともかく、この旦那さんの方は私の英語力のなさを舐めているに違いない。
まるで早口言葉のように繰り出される英語の呪文は、私をひとり放置して延々と続く。
「ミサキ、 you woke up?」
と、そこへ助け舟のごとくレベッカがやってきた。
起きたの? 的な?
彼女はやはり私にも英語が聞き取れるよう、わざとゆっくり喋ってくれているのかもしれない。
彼女はオロオロとする私を宥めるように、やわらかな微笑を浮かべると、今度は旦那さんの方に向かって何やら話し始めた。
さすがに、二人のやり取りはネイティブすぎて全く聞き取ることができなかった。
◯
やがて二人の会話が終わると、レベッカは私たちを連れて食卓の方へと移動した。
「! わぁ……」
卓上にはすでに夕食が並んでいた。
手のひらサイズのお好み焼き(?)のようなものが、皿の上で湯気を立てている。
(お好み焼き……って、もしかしてこれ、私のために日本食を?)
私が日本人だから。
私の舌に合わせて、レベッカが作ってくれたのかもしれない。
見た目はちょっと違うけれど、キャベツと、やわらかそうな生地を焼いて出来たそれはミニチュアのお好み焼きにしか思えない。
私は席に着くと、隣でニコニコと優しげな笑みを浮かべているレベッカの方を見た。
彼女は「食べてね」というようなジェスチャーを見せる。
食事も会話も、私に合わせてくれる優しいレベッカ。
彼女の思いやりの心に触れて、私は何だか泣きそうになってしまう。
(お、おいしそう……)
『おいしそう』って、英語では何ていうんだろう?
(とにかく、いただきます……!)
『いただきます』の言い方もわからなかったので、私は心の中でそれを唱え、手だけはきっちり胸の前で合わせた。
その様子を、他の二人はどこか不思議そうに眺めていた。
ちなみに後からレベッカに教えてもらったけれど、旦那さんの名前はスコットというらしい。
ついでに言うと夕飯のお好み焼きは、正直なところ……生地がパサパサしていてあんまり美味しくはなかった。




