時の女神アイオニアと消えた赤子
時の女神アイオニア
時を司る世界最古の神。
その名は――アイオニア。
クロノスすら主と仰ぐ存在。
彼女は幾千年もの時の流れを見守り続けてきた。
栄える国。
滅びゆく文明。
生まれる命。
失われる命。
そして、幾度となく繰り返される悲しみ。
だが、アイオニアは知っていた。
終焉神ゼロスが神となる前。
白き賢医レオニスがまだ若かった頃。
大魔王ベルゼリオスが人間だった時代。
その全ての始まりを。
そして今。
生まれたばかりのレオ・フォン・レーヴェンが時の狭間に消えたことで、止まっていた歯車が再び動き出した。
「急ぎなさい」
「まだ間に合います」
「運命は決まっているものではありません」
「変えるものなのです」
その言葉と共に。
若き貴族医師タクト・フォン・レーヴェンは、家族を取り戻すため、誰も近づかない忘却の森へ向かう。
そこに待つのは。
神々すら恐れる、一人の魔女。
そして、千年前の約束。
全ては、愛する家族を守るために――。
第二十九話「時の女神アイオニアと消えた赤子」
「レオ!」
フィリアの叫びが時の狭間に響く。
しかし、生まれたばかりの息子レオは闇の彼方へ消えてしまった。
エマは泣き崩れる。
「弟を返して!」
セレナも震えていた。
「主様……どうして……」
時の女神アイオニアは静かに目を閉じる。
「急ぎなさい」
「ゼロスが動きました」
◇◇◇
その頃。
終焉神ゼロスの玉座。
「返してほしいか?」
「白き賢医の後継者よ」
幼いレオは光に包まれ眠っていた。
「条件をくれてやる」
「フェルディア王国第一王子」
「アレス・エル・フェルディアを殺せ」
「なに?」
タクトは目を見開く。
「断ればどうなるか?」
ゼロスは不気味に笑った。
「王都に病を広めよう」
「誰にも治せぬ終焉病をな」
「王都は滅びる」
「国王アルバートも死ぬ」
「お前の義父もな」
フィリアの顔が青ざめる。
「父上……」
レオンは剣を抜く。
「兄上を殺せだと!?」
「ふざけるな!」
「兄上は間違っている!」
「でも殺すなんて!」
◇◇◇
タクトは拳を握る。
「そんなことできるわけない!」
エドガーも怒鳴った。
「馬鹿神!」
「医者に人殺しをさせるか!」
アザルも翼を広げる。
「主よ……」
「そこまで堕ちたか」
しかし、病が広まれば王都は終わる。
フィリアは涙を流す。
「父上も……」
「兄上も……」
「みんな家族なのに……」
沈黙が流れる。
その時。
ベルゼリオスが呟いた。
「友よ」
「まだ一人おるだろう」
タクトが顔を上げる。
「まさか……」
ベルゼリオスは笑う。
「気に食わん奴だ」
「しかし、この手の呪いや病には誰より詳しい」
エドガーも顔をしかめる。
「嫌な予感しかしない」
クロノスも頷く。
「確かに」
「彼女なら知っている」
アイオニアが微笑む。
「千年前から生きる災厄の魔女」
「神すら呪った女」
◇◇◇
タクトは決意した。
「……あの魔女に頼むしかない」
フィリアも頷く。
「ええ」
「レオを取り戻すために」
セレナは震える。
「まさか……」
アザルも顔色を変える。
「先生!」
「あの人だけは!」
ベルゼリオスはため息をつく。
「会いたくはなかったがな」
「世界で唯一」
「我とゼロスの喧嘩を止めた女だ」
そして、誰も近づかない禁断の地。
『忘却の森』
その奥深く。
小さな家で、一人の女性が紅茶を飲んでいた。
「ふふ」
「遅かったじゃない」
紫色の瞳。
銀色の長髪。
年齢不詳の美女。
千年前の大魔王ベルゼリオスですら頭が上がらない存在。
神々から『災厄の魔女』と恐れられる女。
その名は――
魔女ミレイア。
「さて」
「今回は誰を叱ればいいのかしら?」
そして。
彼女の隣には、生まれたばかりのレオを抱いた黒猫が座っていた。
第三十話「災厄の魔女ミレイアと忘却の森」へ続く――。
災厄の魔女ミレイア
第二十九話をお読みいただき、ありがとうございました。
ついに姿を現した災厄の魔女ミレイア。
彼女は敵なのか。
味方なのか。
それすら誰にも分かりません。
千年前から生き続ける魔女。
大魔王ベルゼリオスも頭が上がらず。
終焉神ゼロスですら簡単には逆らえない存在。
そして何より。
彼女は「病」と「呪い」の全てを知る者。
今回、ゼロスはタクトに残酷な選択を迫りました。
「第一王子アレスを殺せ」
「さもなくば王都を病で滅ぼす」
しかし、医師であるタクトに命を奪う選択はありません。
だからこそ。
最後の希望として思い出されたのが、忘却の森に住む魔女ミレイアでした。
ですが――
ベルゼリオスが嫌そうな顔をするほどの人物。
アザルやセレナが震えるほど恐れる人物。
そして。
その傍らには、生まれたばかりのレオを抱く黒猫。
なぜレオがそこにいるのか。
ミレイアは何者なのか。
そして、彼女がタクトたちに突きつける条件とは。
次回。
第三十話「災厄の魔女ミレイアと忘却の森」
「叱られる覚悟はできてる?」
そう微笑む魔女の前で、
神々さえ予想しなかった物語が始まろうとしていた――。




