千年の約束と失われた記憶
人は過去を忘れる。
悲しみも。
約束も。
愛した人の笑顔さえ。
それでも、魂は忘れない。
千年前。
世界が滅びに瀕した時代。
一人の医師と、一人の王女がいた。
彼らは身分も種族も超え、誰も見捨てない未来を願った。
だが、その願いは時代に飲み込まれ、歴史から消え去った。
そして今。
若き貴族医師タクト・フォン・レーヴェンは、奴隷の国ドレイゴーストで鎖に繋がれた大魔王ベルゼリオスと再会する。
「我が友よ」
その一言が、失われた記憶の扉を開き始める。
大魔王が待ち続けた千年。
古代の巫女リュミナリアが守り続けた真実。
そして、タクト自身も知らない、遥か昔の約束。
巨大な砂時計の終わりが迫る時。
世界は再び運命の岐路に立たされる。
これは、命を救うために生まれ変わった医師と、
時を超えて受け継がれる絆の物語である。
第十六話「千年の約束と失われた記憶」
「我が友よ……」
鎖に繋がれた大魔王ベルゼリオスの言葉に、タクトは戸惑っていた。
「僕はあなたに会ったことはありません」
「それに、千年前なんて……」
するとベルゼリオスは静かに笑った。
「そうであったな」
「今の貴様は、黒鯛拓真であり、タクト・フォン・レーヴェンなのだから」
「だが、その魂は違う」
リュミナリアも頷く。
「ついに、その時が来たのですね」
「タクト様……」
「様?」
フィリアも驚く。
「リュミナリア、どういうことです?」
◇◇◇
大魔王ベルゼリオスは巨大な鎖を揺らしながら語り始めた。
「千年前」
「まだ神々と人間が争っていた時代」
「一人の医師がいた」
「種族を問わず命を救い、争いを終わらせようとした男」
「その名は――タクト」
「そして、その隣には一人の女性がいた」
タクトの頭に、知らないはずの景色が浮かぶ。
金色の髪。
優しい笑顔。
「あなた……」
「私はずっと一緒ですよ」
◇◇◇
「その女性こそ」
「奴隷市蘭を作った者だ」
ヴァルゼノスも驚いた。
「父上!」
「奴隷市蘭とは、まさか……」
「そうだ」
「戦争孤児や行き場を失った者たちを保護するための街」
「奴隷と呼ばれていた者たちを救うため、あえて『奴隷市蘭』と名付けた」
「彼女は誰よりも優しい女性だった」
「そして」
「国王の娘、第二王女であった」
フィリアが息を呑む。
「王女……」
「そう」
「名誉を汚された王家」
「陰謀により裏切り者とされながらも、彼女は誰一人恨まなかった」
「エルフ女王ですら頭が上がらぬ女性だった」
アリアンシアは静かに目を閉じる。
「私は幼かった」
「ですが、あの方には何度も救われました」
「誰も逆らえないほど優しく、強い方でした」
◇◇◇
「そして、我らは間違えた」
ベルゼリオスの表情が曇る。
「人を救うため」
「争いを止めるため」
「教会堂を作った」
「だが、千年の時の中で人の心は変わった」
「権力を求め」
「人を裁き」
「救うべき者を見捨てる組織になってしまった」
大司教バルディウスは涙を流した。
「申し訳ありません……」
「私は……」
「教会を守ることばかり考えていました」
ベルゼリオスは優しく言った。
「責めてはおらぬ」
「間違えるのも人だからな」
「だが、教会堂を作ったのは……間違いだった」
◇◇◇
その時だった。
巨大な砂時計が激しく揺れる。
「まずい!」
リュミナリアが叫ぶ。
「封印が!」
「もう持ちません!」
空間が裂ける。
そして、底知れぬ闇の中から、声が響いた。
「ベルゼリオス」
「千年ぶりだな」
大魔王が青ざめる。
「まさか……」
「まだ生きていたのか!」
タクトの胸が激しく痛む。
知らない記憶。
知らない悲しみ。
そして。
涙が自然に溢れていた。
「どうして……」
「どうして僕は……泣いているんだ?」
その瞬間。
彼の胸の奥で、千年前の記憶が静かに目覚め始める――。
第十七話「神を喰らう者と忘れられた王女」へ続く――。
第十六話「千年の約束と失われた記憶」をお読みいただき、ありがとうございました。
ついに姿を現した大魔王ベルゼリオス。
恐れられた存在でありながら、誰よりも世界を守り続けてきた王。
そして、タクトに向けられた「我が友よ」という言葉。
それは偶然ではありません。
千年前の出来事。
忘れ去られた王女。
教会の誕生。
奴隷市蘭。
その全ては一つの約束から始まっていました。
しかし、歴史とは時に優しささえ歪めてしまいます。
人を救うために作られた教会。
弱き者の居場所として生まれた奴隷市蘭。
その願いを知る者は、今や僅かしか残っていません。
それでも、タクトたちは立ち止まりません。
フィリア。
リリア。
エマ。
ヴァルゼノス。
ベルゼリオス。
そしてリュミナリア。
家族と仲間たちと共に、若き貴族医師は再び未来へ進みます。
そして次回。
失われた記憶の先に待つものとは。
神々さえ恐れた存在とは。
なぜ王女は歴史から消されたのか。
千年の謎が、少しずつ明かされていきます。
物語は、まだ終わりません。
むしろ――
千年越しの約束は、ここから再び動き出すのです。




