表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末、推しを拝みに行く  作者: 豊平ののか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/13

07 腐敗した組織

 旭が飛び出そうとした時――ヤハンは自身の首に突きつけられた刃を、その両手で握った。


「モリヤ殿、やめろ!」


 思わず声を張り上げる旭をよそに、ヤハンの手は血まみれになっている。


「バカな異邦人め。そんなことをしても、怪我をするだけ……」


 八咫烏たちも余裕そうに俯瞰していたが、金属が軋むような音が響いた。


 刀を突き付けた男は、真っ先にその異変に気付いてヤハンを見た。


 途端、刀にヒビが入る。


 ヤハンは微笑みながらも冷たい目で、刀を握りしめたのだった。


 鈍い音と共に、バラバラと鉄の破片が散る。


(何、あれ……)


 上段からその目を見ていた日向は、ただただ体がすくむ。


 旭が異能を使っても、八咫烏たちが刀を振り回しても、こんな大災害が起こっても――どこか他人行儀だったのに。


 ヤハンの冷たい目だけは、妙に目の奥に残ってしまった。


 それには駆け付けた旭も息を呑み、切っ先が少し震える。


「あれぇ? ごめんごめん、壊しちゃったみたい」


 手が血塗れになっているが、ヤハンはへらへら笑ったままだ。


 旭はすかさず八咫烏たちを一人で相手にし、刀を折られた男を峰打ちで倒す。


(今のは偶然か? 元から手入れが悪かった刀が、力の入れ方で砕けた……?)


 思考が追いつかない旭だが、今は八咫烏を倒すのが先決だ。


「ヤハン殿、離れたところで待っていてくれ」


 どちらにしろ、ヤハンは一般人だ。


 今は治療を後回しにし、戦場から逸らすのを優先する。


 しかし、彼はまた八咫烏に囲まれていた。


「旭くん、ニンジャたちが日向ちゃんのとこに行ってるよ〜」


 ヤハンは緊張感もなく、石段の上を見上げる。


 別の八咫烏を相手にしている間に、数人が日向を狙いに行ったのだ。


「っ……!」


 どうすべきか悩みながらも、旭は日向を優先した。


 後ろから男たちを殴り倒し、気絶させる。


 すると彼らは持っていた刀を落とし、石段の下まで転がっていった。


「大丈夫か?」


 何とか日向を守った旭は、震える彼女を見る。


「私は平気です。それより……」


 日向はずっと見下ろしていた。


 旭ではなく、素人であるはずのヤハンの方を。


 旭も振り向くと、彼は落ちた刀を拾っていた。


「へぇ、切れ味は良さそうだね」


 刀で自分の指を切りながら、ヤハンは声を上げて笑う。


 血が流れ、肘に伝っていった。


 日向や旭も、八咫烏の面々ですらも、その様子に足が止まってしまう。


「この化物……!」


 八咫烏の中の一人が、震える声で叫んだ。


 目に見えない衝撃波のようなものが、ヤハンの背後から放たれる。


 念力と呼べばいいのだろうか――異能の集団というだけあって、その本領を発揮したようだ。


 旭が遠隔で結界を張るが、間に合わない。


 ヤハンはそれを見もせずに、ふらりと避けた。


「邪魔だなぁ」


 それからぼそりと呟くと、彼は刀を回転させるように振り回す。


 その動きは素人が見ても的確で、無駄がないものだった。


 水柱が上がったかのように飛沫が上がり、球体状のものが舞い上がる。


 日向は何が起こったのか理解できず、立ち尽くした。


「見るな」


 状況を把握した旭は、日向を守ることを優先する。


 八咫烏たちの首が一斉に飛ばされたのを見て、彼女の視界をそっと手で覆うのだった。


「わぁ、振り回しただけなのに。ごめんねぇ」


 慌てるように言ったかと思うと、ヤハンは刀を持ったまま石段を上がった。


 旭が気絶させた者たちが転がっているところまで、彼は歩いてくる。


 そして、動かない彼らの心臓をついて殺してしまった。


「……殺すことはなかっただろう」


 これまで、旭は追手を殴って気絶させるばかりで、殺すことはしなかった。


 それに、相手は訓練された八咫烏たちだ。


 一般人であるはずのヤハンが、簡単に殺せる相手ではない。


「ごめんごめん。ほら、僕って危険なとこに住んでたからさ、殺るか殺られるかだったんだよねぇ」


 刀を放り捨てると、わざとらしく眉を下げてヤハンは言った。


 どこか空虚で、芝居がかっているのに、感情はほとんど篭っていない。


「その言い訳が通用するほど、俺は甘くないぞ」


 日向ならば言いくるめられていただろうが、旭はそれが嘘だということも見抜いていた。


 たまたま攻撃を与える程度ならまだしも、複数を殺すことは一般人にできはしない。


(おそらく、どこかの国のエージェントだ)


 旭は直に問いかけはしなかったが、その言葉でヤハンは優しげな瞳を冷やした。


 口元は相変わらず笑ったままだが、突き刺すような威圧感を放つ。


 日向はそれだけで直視できなくなり、旭の後ろに隠れた。


「さすがに気付いちゃったか。たぶん君は、僕を他国のエージェントか何かだと思ってるんじゃないかな」


「悪いが、そうとしか思えない」


「君が思ってるとおり、僕はとある国の諜報員……ただし、直に雇われてるわけじゃない。複雑なんだよね」


「そこまでバラすということは、俺たちも殺す気か」


 旭はなるべく人を殺さないできたが、もうそれも難しいかも知れないと――日向を守りつつも、刀を握りしめる。


(異能があるようには感じないが、あの身体能力……分が悪い)


 これまでにないほどの相手に、旭の指先は冷えていた。


 深く息を吸う。


「そんな、殺さないよ! 僕のミッションは、ツクヨミの力を使った攻撃を阻止することだからね。八咫烏がそれをやろうとしてるのは知ってるから」


 血まみれの掌を見せるようにして、ヤハンは強く否定した。


(怪しいが、嘘だと断言する根拠も見つからない)


 旭は斬りかかるべきかと悩んだが、その場に踏み止まる。


「君の国は……そういうことか。八咫烏のバックについても、知っているんだな」


「察しがいいね。あいつらは資源が欲しいだけだからさ。綺麗事を建前に、戦争をするのも厳しくなってきたんだろう」


「確かに、俺の予想が合っているなら……君の国が八咫烏と対抗するのも頷ける」


 旭はヤハンとの対話を経て、刀から少し手を離す。


 やはり異能者の気配はしないから、戦闘員なのは確かだろう。


「ひとまず、死体をどうにかする。放置するのは……地元住民に迷惑だ」


 旭はそう言いながら、日暮れ前に会った老人のことを思い出していた。


 地元の人が大切にしている神社。


 今はもう中身のツクヨミはどこかに消えてしまったが、それでも彼らの心を蔑ろにはしたくない。


 視界を塞がれて聞いているだけの日向も、何となく状況を理解して、旭の言葉に頷いていた。


「手伝うよ。僕、こう見えて死体処理は得意なんだ」


「殺し屋ならそうだろうな」


「うー、釣れないなぁ」


 ヤハンとそんな話をしながら、旭は日向を石段とは反対の方に向かせる。


 階段の下には、死体が積み重なっているからだ。


 日向も旭の行動に、素直に従った。


 人間の死体を見る覚悟はできていなくて――。


「有栖川さん……」


「君はそこで休んでいてくれ」


 それから旭は日が暮れたのもあってか、自身の上着を日向にかけてやった。


 七月の夏の夜なんて蒸し暑くて、上着なんて必要ないのに。


 拒否することもなく、日向はそれを受け入れる。


「ねぇ、旭くんは何歳なんだい?」


「……二十五だが」


「そうなんだ、僕も同じ! 君も死体処理に慣れてるんだね!」


「黙って作業しろ」


「えー、もっと仲良くなりたいのになぁ」


 旭はまず、ヤハンの手や首の傷を治療してやった。


 彼が持っていた使い捨ての手袋をつけて、死体をひとつずつ運んでいく。


 神社の奥の方の山に、旭が異能で地面を抉った。


 二人はそこに死体を詰め込んでいく。


 作業する二人は日向の後ろを通り過ぎるのだが、その度に血の匂いが僅かに漂う。


 日向はそれに吐き気を覚えて、指を噛んで凌いでいた。


 俯いていると、石畳の上に古い血痕のようなものを見つける。


(あの人……私たちと会う前にも、ここで誰かを殺したんじゃ……)


 同担だと思って気を許してしまっていた日向は、ここにきてヤハンへの警戒を強めていた。


 旭だって命を奪うが、彼は襲ってきた動物ですら弔う人だ。


 根本的に、二人は違う。



 それから一時間くらいの作業を経て、二人は十人分の死体を埋めたようだ。


 貴重な水で石段の血を流し、何とかカモフラージュしている。


「宮崎殿、待たせてすまない。今日はどこか、空き家で夜を越そう」


 見ないようにしていた日向は、シンシアのぬいぐるみを抱きしめていた。


 ぬいぐるみにお気に入りの香水を染み込ませていたから、血の匂いもしない。


 そんな彼女の前に、旭はそっと手を差し出す。


 辺りは真っ暗で、月の光だけが頼りだった。


 空に浮かんでいる明るい月は、いつもよりずっと大きな気がする。


「はい……」


 片手でぬいぐるみを抱っこしたまま、日向はその手を取った。


 特に何もしていないのに、足がもつれるような感覚だ。


「あ、可愛いぬいぐるみだね! 僕は確かにちょっと裏社会の人間だけど、シンシアちゃんへの愛は本物だから。そこは安心してね?」


 当然のようについてくる気でいるヤハンは、出会った時と変わらない屈託のない笑顔で入ってくる。


 最初はそれも楽しかったのに、日向は彼と目が合わせられなかった。


「う、嘘じゃないならよかったです」


 無難な言葉しか言えなくなり、旭の傍を離れずに歩き始める。


「あー、また(・・)そうなるんだ」


 数歩下がってついていくヤハンは、冷たい目で笑いながらそう言った。


 彼の言葉は夜の虫の声に掻き消され、二人には届かず宙に舞う。



 ◆◆◆



 ちょうど近くに使われていない小屋があったから、三人はそこで夜を越した。


 旭は念のため、日向とヤハンを二人きりにしないよう、自身が真ん中の席を取っていた。


(旅に出てからまだ二日目なのに、濃厚すぎて現実味がないよ……)


 早朝、起きた日向は少しの水で歯を磨き、顔に日焼け止めを塗りながら考える。


(整理すると……有栖川さんは元八咫烏。八咫烏はどっかの国がバックにいて、もう腐ってる。目的はツクヨミの力で、敵国を焼き払うことかな)


 まだ眠っている旭を見つめ、髪を結いながら思考をまとめた。


(モリヤさんは、恐らくその敵国側のエージェントだよね。目的は八咫烏の思惑の阻止。焼かれたら困る側だから。怖いけど、私たちには害がないし……態度に出さないようにしないと)


 曲がりなりにも営業として訓練してきてよかったと、日向は作り笑いの練習をする。


 ヤハンのような何を考えているのか分からない相手に、感情をむき出しにしてもいいことはない。


 そういう人に会ったことはなくとも、本能的に分かる。


(昨日は動揺しちゃったけど、今日からは普通に接しよう……シンシアちゃんに会いたいのは、嘘じゃないみたいだし)


 髪を整えた日向は、そんな結論を出す。


 限定グッズを持っている時点で、かねてからシンシアを追っているのは明白だ。


 戦闘時の冷たい目とは裏腹に、シンシアのことを語る彼は穏やかな目をしていた。


 推しへの愛は嘘でないなら、性格がどうであれ仲間なのだ。


「宮崎殿、もう起きていたのか」


 昨晩は疲れていたのか、旭は少し遅れて起床した。


 両親の形見の懐中時計を握りしめていたようで、それをしまった。


 ヤハンに至っては、緊張感なく背中を向けて眠っている。


「その、宮崎殿っての……やめません? なんか、変な感じがします」


 呼ばれる度に、何となく胸がこそばゆくなるものだ。


 ヤハンがいるのを忘れて、日向はそんな提案をしてみる。


 昨晩のことを考えても、咄嗟に呼びにくそうだと思ったのだ。


「そうか。どう呼べばいい?」


 イケメンなのに寝癖だらけで、眠そうな赤い目を細めて、旭は問いかける。


「日向でいいですよ。その方が呼びやすいでしょ? ほら、昨日みたいな緊迫した時、三文字の方が早いかなって」


 あまり異性に下の名前で呼ばれたことはないが、ヤハンは馴れ馴れしくそう呼んでいた。


 だから、旭にも許すことにしたのだ。


「……日向」


 彼女の目を見つめて、旭は小さく呟くようにその名前を呼ぶ。


 少し恥ずかしくなり、日向は髪を触りながら笑った。


 その笑顔に反応してか、旭はさっと視線をそらす。


 どうして目をそらされたのか、日向にはよく分からなかったのだが。


「俺のことも、旭でいい」


 明後日の方向を見たまま、彼はそう言った。


「じゃ、旭さん。有栖川さんって呼ぶよりは、短くていいですね」


 日向が下の名前を呼んだ途端、旭は目を泳がせて指先を小刻みに動かす。


 そして室内なのにサングラスをかけ、顔を上げて彼女を見た。


 微量の砂糖を入れたくらいの甘さが、そこに確かに滞留する。


 かと思えば――いつの間にか起きていたヤハンが、ニコニコ笑いながらそれを見ているのだった。


「いいね。僕にも嫁がいるから、イチャイチャしたい気持ちはよく分かるよ」


「違いますってば! 昨日も否定したでしょう!? てか、既婚者なんですか?」


「うん、僕の嫁はシンシアちゃんだからね!」


「そうですか、一途なようで何よりです」


 そんなヤハンに日向はすぐに切り返し、呆れたようにあしらった。


「……バイクもあるから、うまく行けば今日中には星霜山に行けそうだ。その前に……日向、君の家に寄ろう」


 旭はほんの少し唇を尖らせつつ、さりげなく日向の名前を呼ぶ。


「そうですね!」


 それすら特に意識していない日向は、いよいよ推しに会えることに胸を高鳴らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ