06 同担ガチ恋勢
黄昏の光に照らされた、淡い金髪の青年。
いくら旭が男前で、色素が薄いとは言えど、顔立ちが外国人風というわけではない。
けれどもそこにいる人は、褐色の肌で彫りが深く、日本人離れしていた。
体も大きく、かなり見上げる形になる――百九十センチはある体躯。
近付くだけで圧があって、服越しでも身体の硬さが感じられる。
(でかっ、怖っ! そりゃ、おじいさんもビビって声かけれないよね……)
話が通じるのかも怪しいから、日向は身構えた。
眉を寄せて、神社の景色をキョロキョロと見る。
(マナーは守れる人みたいね……)
境内も荒らされていないし、手入れもされていた。
「ねぇ、有栖川さん。あの人も八咫烏とかですか?」
何となく悪寒がした日向は、そっと耳打ちする。
「いや、特有の力などは感じない。一般人かと」
旭は顔を上げて注視するが、その青年がとても特別には見えなかったようだ。
異質な青年は二人に気付き、にっこりと笑って見下ろした。
「あれぇ? こんにちは!」
大きな手を振り、屈託ない笑顔を向けて二人を歓迎する。
日本語に変な訛りもなく、まさにネイティブのそれだ。
言葉の問題はひとまずクリアした。
空を思わせるような青い瞳は、離れていても一発で色彩を感じられる。
(うわ、チャラい。なんか被災してから、イケメンにばっかり会うな……)
日向は目の前にいる旭や、少し前に出てきた嵐を思い出す。
「失礼、少し通らせてくれ」
青年は石段の一番上に腰かけていて、旭は彼をあしらうように通り過ぎていく。
日向も慌ててそれに続いた。
青年の傍を通り過ぎる時、何かされるのではと身構えたが――彼は笑って二人を見送るだけだった。
(デカいから怖いだけか……私の思い過ごしよね)
ふっと、肩の力が抜ける。
反省するように、彼に一礼した。
そのまま鳥居をくぐって、神社の本堂の方に向かう。
鳥居の先は、思っていたよりもこぢんまりとした場所だ。
人が押し寄せるような場所ではない。
きちんと手入れはされているが、素人が見ても全体的に古い。
神主や巫女なんかも、もちろんそこにはいない。
「ここに、ツクヨミがいるんですか?」
手を合わせて礼をし、祠のようなそれを調べる旭の横顔を、日向はじっと見つめた。
参拝のやり方も曖昧だったから、それを真似るようにして祈りを捧げる。
「いや……やはり、いない」
本堂の扉に触れていた手を下ろし、旭は敬意を払うように一礼した。
彼は日向を一目見ただけで、アマテラスだと判断した人だ。
そんな能力があるからこそ、ツクヨミがいるかどうかも判別できるのだ。
「いないってことは、他のところに?」
「これは想定内だ。俺の身内がツクヨミを起こし、その力を使って日月神示を起こした」
「そんな……」
そのままの言葉を受け入れそうになる日向だが、引っかかる。
「待ってください。ツクヨミは力がなくなったって、さっきは言ってませんでした?」
先ほどの話と矛盾するのだ。
日向も途中からは真剣に聞いていたし、つい先程のことだから覚えている。
「ツクヨミを起こした者は……有栖川家でも、千年に一度くらいの逸材だ。そんな人間が、力を失ったツクヨミを癒やした結果かと」
旭はあまり表情が豊かではないが、指先が震えている。
(無理もないよね。身内が大災害を起こしたなんて……)
寄り添っていいのかも悩みながら、日向は少し考えた。
その罪の因果関係は、法で証明できるものではない。
それでも事実を知る旭からすれば、罪悪感に押し潰されそうなのだろう。
日向に身内はいないが、耐え難いのは想像できた。
「神様を、癒せるんですか?」
「あぁ。普通は無理だが、その者になら方法はある」
「方法?」
「それは……何と説明すれば……」
言いにくそうに目を泳がせる旭。
説明しようと思考を巡らせるが、白い肌がだんだんと赤く染まってきていた。
ショートした機械のように、無言になってしまう。
(何で赤くなってるの、この人)
それでも日向は答えを待っていたのだが、背後に影が忍び寄る。
気配を感じて振り向くと、金髪の青年がニコニコ笑いながら立っていた。
本堂前の段差で少し上にいるはずなのに、下段にいる彼と目線が同じくらいだ。
間近で見るとあまりに大きく、日向は衝撃を受ける。
「ねぇねぇ、何してるんだい? 僕も混ぜてよ」
何を考えているのかは分からないが、初対面なのに気さくに話しかけてくる。
「混ぜることは不可能だ。この話は終わりだな」
旭は日向の待つ答えを出さず、青年の介入を機に話を強制終了しようとした。
(なんかはぐらかされた。怪しいんだけど!)
日向はそんな旭を懐疑的な目で見るが、同時に目の前の金髪の青年はスマホを取り出した。
「そっか。でも、人がいてよかったよ。家族に会いに、久し振りに日本に帰ってきたら、被災しちゃって……ここで過ごしてたんだ」
悲しそうな顔をして、そのスマホに頬を寄せる青年。
透明なスマホケースに入れられているのは、アニメキャラのミニブロマイドだ。
それは他でもない――シンシアの限定グッズ、それもサイン入りのものだった。
日向のセンサーは急激に反応し、これまでにないくらい生き生きとした目をする。
(あれ、一点物の抽選グッズじゃん!)
欲しかったが当たらず、泣く泣く諦めたものだった。
シンシアはほとんどグッズを出さなかったから、未練がましく覚えていたのだ。
「そ、それ、限定のシンシアちゃんですか!?」
一瞬で警戒も解けてしまい、日向はそちらに注目した。
艶のある黒髪を姫カットにした女の子。
瞳は鮮やかな赤で彩られた、愛らしくも清楚なキャラデザだ。
この可愛らしさに半ば一目惚れした日向は、シンシアのグッズを見るだけで大声を出す。
頭の先からつま先まで、全身の細胞が活性化してしまっていた。
「うん。日本のバーチャルアイドルだよね。この子が可愛くて見てたら、なんと当たっちゃってさ。ずっと大好きなんだ……ガチ恋ってやつ?」
青年はスマホケースに頬ずりをして、目を細める。
傍から見たら奇行でしかないのに、そんな仕草すら色っぽく見えるほどに男前であった。
「え、じゃあ……シンシアちゃんの最後の配信って、見ました?」
「見たよ! 震災の数日前だったよね。急いで行こうとして……それでこの有様ってわけさ。地図アプリも起動できなくなったから、場所が分かんなくて」
「それは……辛かったですね」
同担拒否は特にないので、日向はいつもより楽しそうに話しかける。
旭はぽかんとして彼女を見ていた。
「ねぇ、有栖川さん。月読神社での目的は、これで終わりですか?」
日向はいいことを思いついたので、急に旭の方を見て笑顔を向ける。
茶色っぽいポニーテールが揺れた。
素朴だから平凡だと言われるだけで、旭から見れば日向は十分に綺麗な顔立ちだ。
急に視線を合わせたから、彼は目を泳がせてしまう。
「あぁ。確認した。あとはその身内を探すだけだ……その前に、君の目的は約束どおり果たす」
視線をそらし、淡々とした口調で旭は答えた。
「だったら、この人も目的地は同じですし、連れてってあげましょうよ。シンシアちゃん推しに、悪い人はいませんから!」
何もかも警戒していたくせに、シンシアが絡むと日向の感覚はバグってしまう。
これまでにないくらい早口で、旭に距離を詰めてお願いするのだ。
(何か、モヤモヤするが……なぜだ)
これには旭も迷っていたし、自分の中で少し心が騒ぐ。
会ったばかりで、彼が悪人かどうかは見極めきれない。
それでも青年が捨てられた猫のような顔をするので、ため息をついた。
「まぁ、構わないが……バイクで付いてくる形で案内しよう」
半ば日向に押される形で、旭も承諾した。
「えっ、いいのかい? 二人って恋人同士じゃないのかな? 邪魔しちゃ悪くない?」
嬉しそうにする反面、わざとらしく青年は言った。
体は大きくてチャラそうでも、よく話すと口調は柔らかい。
「カップルだなんて、そんなわけないじゃないですか。ただ同行してるだけですよ。会ったばかりですし。ね、有栖川さん」
「あ、あぁ……」
いつになくテンションの高い日向の押しに、旭はたじたじだ。
「そんなわけで、私は宮崎日向、この人は有栖川旭さんです。よろしくお願いしますね」
護衛役でもある彼の承諾を得たことで、日向は積極的に自己紹介した。
恋愛感情などはなく、ただシンシアのことを語り合いたかっただけだ。
今までネット上でもそんな友達はできなかったから、ついはしゃいでしまっていた。
「僕はヤハン。ヤハン・モリヤだよ。よろしくね」
名乗った名前は外国人のようにも、日本人のようにも取れるものだ。
ヤハン、がファーストネームなのだろう――そう考えた日向は、他の人と同じように姓で呼ぶこととする。
「モリヤさん、有栖川さん。町に降りて、空き家で過ごす方がよさそうですね」
「えっ、そうなの? 空き家で過ごしたら犯罪にならない?」
「有事ですし、警察も機能してるか分かりませんもん。非常食はありますので、ここを出ましょう」
日向は階段を降りていきながら、ぐいぐいとヤハンに話しかける。
初めての推し活仲間に浮かれていたし、この場所で夜を越すのは何だか少し嫌だったのだ。
少し置いて行かれ気味な旭は、後ろからついていった。
辺りは暗くなり、烏の鳴き声が響く。
視界も悪くなって、ライトで照らさなければ足場が悪い。
ふと旭だけが、石段の下の方にいる気配に気付く。
「二人とも、気を付けろ」
そう言った矢先――石段の下の方から、バタバタと足音が響いてきた。
視認できる人影でも、十人ほどはいる――服装からも、八咫烏に違いなかった。
(荒木さんはいないっぽい……まずい!)
日向は即座に、嵐がそこにいないことを察知する。
自分が最も足手まといになる。
迷惑をかけたことも覚えているから、急いで石段を駆け上がり、旭のもとに走った。
「有栖川さん!」
手を伸ばし、何とか彼の手を掴む。
捕まらないよう必死だったから、ヤハンを残してしまったのだが――。
「わぁ、サムライ? ニンジャ? いいねぇ、面白いや!」
驚くかと思いきや、彼は刀を向けられても楽しそうにしている。
緊張感のなさはどこか日向と似ていて、刀を見て逆に楽しんでいた。
ただ、それは平常時なら有り得ても――この有事の際の思考回路としては、少し歪に感じられる。
(私も、あんな感じだったのかな)
客観的に見せられた日向は、改めて自分の無頓着さを知ったのだった。
「ヤハン殿! 俺の背後へ!」
とは言え、旭としては日向を守るのが優先だ。
彼女を自身の背後に隠しながら、ヤハンに声をかけた。
その時、八咫烏たちはぴくりと反応する。
即座に彼を人質に取り、その首筋に刃を突き付けたのだ。
「えぇ……急に酷いなぁ」
両手を上げるヤハンは、そうまでされても怖がっていない。
へらへら笑って、抵抗もせず立っていた。
(しまった、仲間だと思って人質にされたか)
迂闊だった、と旭は奥歯を噛みしめる。
「また君たちか。俺は戻らないぞ。そして、その人は無関係だ。関係ない一般人を害するのは、本来の八咫烏の趣旨に反している」
落ち着いて旭は言った。
八咫烏の面々は目がギラギラとしており、正論も通じていない。
まともに話ができるのは、どうやら嵐だけのようだ。
「知ったことか。身内のお前を囮にすれば、執行者もさすがに出てくるだろうからな」
八咫烏の男は笑った。
(執行者って……日月神示を執行した、有栖川さんの身内のことを言っているのかな)
文脈から、日向もそこまでは読み取れた。
「読み間違いだな。俺を捕らえても、事態は何も変わらない。古来から守ってきた八咫烏は、今や国賊に成り下がった。だからあいつは……こんな手段に出たんだろう」
旭は淡々としているようで、その身内のことを考える時は少し熱がこもっていた。
彼にとって、本当に大切な人だったのだろうと――傍にいた日向は感じ取る。
(国家の秘密機関だって言ってたよね。腐敗しちゃってたんだ。もうこの世界を救えないって、その人は思ったのかな)
日向は彼らの関係性を追及しようとはしなかった。
嵐との会話も含めて、何となく悟っていたからだ。
幸いにも、嵐はここにいない。
八咫烏たちは旭だけを見ていて、日向のことは目もくれていなかった。
(私を見抜けるのって、強い人だけなのかな)
今のところ何も言われないことに、手に汗握りしめて見守る。
「動機など知らん。主はお怒りだ。長年狙ってきたツクヨミを奪われたようなものだからな」
「あいつらがツクヨミを狙ったのは、私利私欲のためだろう。手にしたとして、ツクヨミが従うはずもない」
「強制的に従わせればいい。スサノオのようにな。そのための、あの女だった。ほら、さっさとこちらに来い。この男を殺されたくなければな」
会話をしている間にも――人質に捕らえられたヤハンの首に、刃が静かに入っていく。
「モリヤさん……!」
逃げて、と叫びたかったが、どう見てもそれは不可能だ。
彼の首筋から、赤い血が滴っていくのを――日向はただ見ているしかできなかった。




