販売税と呼べば誤解がきえる。〜消費者は税なんか払っていない〜
消費税という言葉に、どうしても違和感がありました。
“誰が税を払っているのか”という認識が、言葉ひとつでずれてしまう。
その気持ちを、いったん言葉にしておきたくて書きました。
あの「消費税」という言い方は、どうにも腑に落ちない。耳にするたびに、そこに仕込まれている誤解がむくむくと顔を出す。まるで「消費者が自分の財布から税金を払っている」かのような響きがあるからだ。
でも、実際にやっていることはこうだ。
顧客は「商品価格」、今回の話でいえば「商品価格」という名の“支払総額”を払っているだけだ。そのお金の中から「これは本体」「これは税」と分解して、税務署に納めているのは販売店側であって、顧客ではない。法律上の納税義務者は、消費者ではなく事業者である。
ところが「消費税」という名前のせいで、この構造がきれいにひっくり返って見える。
「消費税を払う」と言うと、あたかも消費者が直接、国に税を納めているような印象になる。しかし現実には、消費者がやっているのは「代金を支払う」ことまで。その先の「税額を切り出して計算し、納付書を書き、期限までに納める」という面倒くさい仕事は、すべて販売側の責任だ。
だから私は、そもそも「消費税」という呼び方自体が間違ったイメージをばらまいているのではないかと思っている。
もし、これを最初から「販売税」と呼んでいたらどうだろう。
販売税――販売した事業者が、売上を基準に納める税。顧客から集めた代金の中から、一定割合を税として取り出し、国に届ける。その役割と責任を負っているのは、あくまで販売者側である。こう説明されれば、「誰が納税者なのか」という一点について、ここまでごちゃごちゃした認識にはならなかったはずだ。
実態に近いのは、どう考えても「販売税」の方だ。
・課税のもとになるのは「消費そのもの」ではなく「販売額」
・納税義務者は「消費者」ではなく「販売者」
・顧客は「税金」ではなく「商品価格(支払総額)」を払っているだけ
この三つを整理して眺めてみれば、「消費税」というラベルがいかにミスリードを生んでいるかがよくわかる。
しかもややこしいことに、表示のルールと税の中身の説明が、これまたちぐはぐだ。
表向き、政府は「総額表示」を求めてきた。商品なら商品価格だけを、税込みの総額で表示しなさいという考え方だ。ところが一方で、会計や税務の現場では「本体価格」と「消費税額」を厳密に分けて処理しなさいと言う。この二つの指導が同時に走るせいで、「税込」「税別」「内税」「外税」という言葉が勝手に増殖し、現場と消費者のあいだに、余計な誤解が積み上がっていく。
本当はシンプルでいい。
顧客に見せるべきなのは「商品価格」=「支払総額」だけでいい。家賃なら家賃、商品の値段ならその値段。それがすべてだ。その内側で「どこからどこまでが税なのか」を計算するのは、販売者・事業者の仕事であり、顧客には関係のない話だ。
にもかかわらず、「税別」とか「本体価格+消費税」といった表現が残り続けるから、
「これは税金分を余分に取られているのでは?」
「将来税率が上がったら勝手に値上げされるのでは?」
といった誤解や不信感が、何度でも蒸し返される。
私は、その元凶のひとつが、やはりこの名前だと思う。
――消費税。
まるで「消費する人」に課された税であるかのような顔をしているが、実際には「販売する人」が納める税だ。だったら、呼び名もそれに合わせてしまえばいい。
販売税。
こう言い換えるだけで、「誰が国に税金を納めているのか」「顧客は何を払っているのか」という構図が、だいぶクリアになるはずだ。
「お客様は、販売税を払っているのではなく、商品価格を支払っています。その中から税額を計算し、国に納めるのは当店の役割です。」
本来は、この一文で足りる話なのだ。
言葉は、現実を歪めもするし、整えもする。「消費税」という名前は、制度の本質から少しずれたまま定着してしまった。そのズレが、誤解と対立とモヤモヤを長年生み続けている。
だからせめて、頭の中だけでも、こう呼び替えてみたい。
消費税ではなく、販売税と。
それだけで、税金の話が少しだけまっすぐ見えてくる気がしている。
長く続いてきた呼び名は、便利なぶん、いつの間にか問いを止めてしまいます。
消費税という言葉も、そのひとつかもしれません。
「消費者が税を払っている」という思い込みは、名前から始まっているのでは――
そう考えたとき、呼称を変えるという提案が自分の中に生まれました。
もちろん名前を変えたから制度が変わるわけではありません。
けれど、名前が現実を見る角度を変えることはある。
その小さな差が、理解や議論の行き先を変えることもある。
今回書いたのは、そんな可能性に触れてみたいという気持ちです。
言葉は人を縛りもしますし、ほどきもします。
ならば、ほどきたい方へ少し歩いてみるのも悪くない――
いまは、そう思っています。




