ガンダム 政治中枢にいる人物がモビルスーツに乗る理由
ガンダムを見ていて、ずっと思っていることがある。
政治中枢にいる人物が、
モビルスーツに乗るわけがない。
これ、当たり前だ。
政治中枢にいるということは、
その人が「個人」ではなく、
「組織」や「象徴」になっているということだ。
そんな人間が前線に出て、
撃たれたり落とされたりしたら、
戦争そのものが壊れる。
だから、周りが止める。
当然だ。
強いとか弱いとかの話じゃない。
リスク管理の話だ。
ガンダムは、ここだけは異様にファンタジーだと思う。
逆襲のシャアの総帥シャアもそう。
ハマーン・カーンもそう。
パプテマス・シロッコもそう。
彼らは全員、
モビルスーツに「乗れる」し、
実際、強い。
でも、基本的には前線に出ない。
周囲が止める。
あんたは旗なんだ、出るな、と。
これ、すごく当たり前の光景だ。
じゃあ、なぜ彼らは最終的にモビルスーツに乗るのか。
理由は一つしかない。
政治が壊れたからだ。
言葉が効かなくなった。
命令が通らなくなった。
象徴としての立場が崩れた。
組織が言うことを聞かなくなった。
その瞬間、
彼らは政治家でいられなくなる。
だから最後に、
「兵士に戻る」。
これは勝負に出たわけじゃない。
英雄的な決断でもない。
政治的には、完全な敗北だ。
ガンダムでは、
政治中枢にいる人物が
モビルスーツに乗った瞬間、
物語は終盤に入る。
それは、
世界がその人を
政治家として扱えなくなった、
という合図でもある。
だから私は、
政治中枢の人物が
モビルスーツに乗らない話の方が、
よほどガンダム的だと思っている。
モビルスーツに乗らず、
言葉と立場と正統性だけで
戦争を動かそうとする人物。
その方が、
よほど怖いし、
よほどリアルだ。
ガンダムの美点でもあり、
欠点でもあるけれど、
この「当たり前」を
ちゃんと描いてきたからこそ、
ガンダムは
ロボットアニメなのに、
戦争の話として信用できる。
政治中枢にいる人物は、
モビルスーツに乗らねーよ。
これ、本当に当たり前の話だ。




