外国人労働者は「労働力」ではない
外国人労働者は「労働力」ではない
日本では、
よく「労働力不足だから外国人を受け入れるべきだ」という話が出る。
だが私は、
この議論には大きな違和感がある。
外国人を、
まるで不足した部品を補充するように語っているからだ。
しかし、
来るのは労働力ではない。
人だ。
生活だ。
食事をし、
眠り、
病気になり、
歳を取り、
将来に不安を抱えながら生きる、
一人の人間だ。
そしてその人たちは、
日本という環境の中で生活する。
つまり、
日本人の単純労働者と、
同じ労働市場、
同じ物価、
同じ生活コストの中で生きるということだ。
だから、
日本人の低賃金労働者が苦しいなら、
外国人労働者も苦しい。
むしろ、
言葉の壁や、
文化の違い、
頼れる人の少なさを考えれば、
さらに厳しい場合もある。
私は、
日本政府は外国人受け入れを勘違いしているのではないかと思う。
長年、
非正規雇用を増やし、
派遣労働を拡大し、
賃金が上がりにくい構造を作ってきた。
そこへさらに、
外国人労働者を入れる。
しかし、
賃金が低いままなら、
生活できない人が増えるだけだ。
そして、
困窮した人たちは、
簡単には帰っていかない。
帰国するにもお金がいる。
生活基盤を失えば、
日本社会の中で困窮していく。
その時になって、
日本はその人たちを支える覚悟があるのだろうか。
私は、
外国人受け入れそのものを否定したいわけではない。
だが、
「人手不足だから」
「労働力だから」
という発想だけで語るのは、
あまりにも危ういと思う。
人を受け入れるということは、
その人の人生を、
生活を、
将来を、
日本社会の中へ受け入れるということなのだから。
そして今、
日本は文化的には豊かになった。
街は綺麗で、
サービスも丁寧で、
安全で、
便利だ。
だがその一方で、
「生活できない」と感じる人は増えている。
それは日本人だけではない。
外国人の中にも、
「こんなはずじゃなかった」
と思っている人は、
きっといるのではないか。
文化レベルは高い。
だが、
普通に生きることが苦しい。
私はそこに、
今の日本社会の大きな問題を感じている。




