書き手を信じる『小説家になろう』
文章を書く場所には、いろいろな考え方がある。
親切に整えてくれる場所もあれば、
便利さを前面に出してくれる場所もある。
その中で、小説家になろうは少し変わっている。
装飾はほとんどない。
色も、サイズも、強調ボタンもない。
あるのは、文字と改行と、最低限のルールだけだ。
最初は不便に見える。
でも、少し使ってみると気づく。
これは不親切なのではなく、
最初から書き手を信じているのだ、と。
この文章は、
そんな場所で書いてみて感じたことを、
そのまま言葉にしたものだ。
小説家になろうって、改めてよくできたサイトだと思う。
装飾はない。
文字の大きさも変えられないし、色もつけられない。
太字も下線もない。
あるのは、ただの文字と改行だけ。
一見すると不親切だ。
今どき、もっと派手なUIはいくらでもあるし、
ボタンひとつで見た目を整えられる場所も多い。
でも、だからこそ気づく。
ここは最初から、
「言葉で勝負しろ」
としか言っていない。
誤魔化しが効かない。
勢いで太字にしてごまかすこともできない。
色を変えて重要そうに見せることもできない。
一文が弱ければ、そのまま沈む。
行間が下手なら、読みにくくなる。
全部、書き手の責任だ。
その代わり、最低限の救済がある。
ルビだ。
縦棒で「ここからだよ」と示して、
《》で読みを包む。
それだけ。
必要なところにだけ、
ほんの少し手を添えられる。
読みを補助するため。
意味をズラすため。
あるいは、作者の声を一瞬だけ差し込むため。
それ以上は、やりすぎだとすぐ分かる。
多用すると、逆に文章が軽くなる。
この「できなさ」と「少しだけできる」のバランスが、
実に気持ちいい。
編集のアイコンがない。
でも、仕様そのものが編集機能になっている。
改行が演出になる。
空行が間になる。
短い一文が強調になる。
理解した瞬間、
「あ、ここは遊べるな」
と思う。
派手な装飾で遊ぶんじゃない。
言葉の置き方で遊ぶ。
だから書いていて楽しい。
だから、うまくいったときに手応えがある。
小説家になろうは、
書き手を甘やかさない。
でも、信じてくれている。
余計なものを足さなくても、
言葉だけで届くと、最初から分かっている。
装飾がないから、文字が前に出る。
文字だけだから、考えがはっきりする。
静かだけど、
ちゃんと芯のある場所だ。
こういうサイトが、
今もちゃんと残っているのは、
少し嬉しい。
書き終えてみて思うのは、
この文章はサイトの機能について書いたようでいて、
実は「書く」という行為そのものについて書いていた、ということだ。
装飾ができないということは、
言葉に責任を持て、ということでもある。
誤魔化す場所がないからこそ、
考えがそのまま文章に出る。
それは少し怖い。
でも同時に、気持ちがいい。
小説家になろうは、
書き手に多くを与えない。
その代わり、余計なことも奪わない。
信じて、置いてある。
あとは好きに書け、と言っている。
その距離感が、
今の自分にはちょうどいい。
もしこの文章を読んで、
「書く」という行為そのものを
少しだけ面白いと思えたなら、
それで十分だと思っている。




