魔王は人間を恐れてる
「魔王は人間を恐れている」と言うと、多くの人は首をかしげるだろう。
人類の敵であり、勇者に討たれるべき存在が、なぜ人間を恐れるのか、と。
だが、この世界を少し引いた視点で眺めると、その関係はまったく逆に見えてくる。
魔王は、人間を「弱い存在」だとは思っていない。
むしろ、人間をきわめて危険な生物として認識している。
理由は単純だ。
人間は、暴力に特化した生物だからだ。
ここでいう暴力とは、腕力や剣の強さだけを指さない。
人間は、知恵を暴力に変換する。
技術を暴力に転換する。
組織を作り、制度を整え、倫理や正義という言葉すら暴力の補助輪として使う。
「守るため」「正義のため」「悪を倒すため」
そう言いながら、人間は殺すことをためらわない。
しかもそれを、集団で、効率よく、次世代に継承しながら行う。
魔物は違う。
魔物は生きるために戦う。
縄張りのため、餌のため、種の存続のために争う。
そこに物語はないし、正当化もない。
人間だけが、殺す理由を物語として語り、
その物語を信じたまま、さらに多くを殺す。
魔王から見れば、人間とはそういう存在だ。
暴力を正当化し、洗練させ、拡張し続ける生物。
だから魔王は、人間を「敵」として単純に滅ぼそうとはしない。
むしろ、恐れている。
魔王の本来の役割は何か。
それは、魔物を束ねることだ。
魔王は、魔物の生存権を守るために存在している。
無秩序に狩られ、滅ぼされ、資源として消費されるのを防ぐために、
魔物たちを統率し、領域を定め、衝突を最小限に抑える。
魔王は政治をしている。
戦争を望んでいるわけではない。
交渉ができるなら、話し合いを選ぶ。
だが、人間は違う。
人間は、魔物を「倒す対象」としてしか見ない。
魔石が手に入るから。
経験値になるから。
脅威だから。
その行為を疑わない。
魔王を倒しても、何も解決しない。
次の統率者が現れるだけだ。
むしろ統率が失われれば、衝突は増え、犠牲は拡大する。
それでも人間は剣を振るう。
剣を振るう理由を、自ら作り出して。
だから魔王は理解している。
人間とは、暴力に特化し、暴力を進化させる存在だと。
恐れているのは、力ではない。
恐れているのは、人間が自分たちを「正しい」と信じたまま、
どこまでも破壊できてしまうことだ。
魔王は悪ではない。
少なくとも、単純な悪ではない。
人間がそうであるように、
魔王もまた、生き延びるために判断している存在にすぎない。
この視点に立ったとき、
「魔王は人間を恐れている」という言葉は、
決して比喩でも逆説でもなく、
きわめて冷静な事実として立ち上がってくる。




