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雑談三昧  作者: カトーSOS


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だんじり祭りの死亡事故は自己責任で済むのか?

挿絵(By みてみん)



だんじり祭りの死亡事故は自己責任で済むのか?


大阪府の泉佐野市と泉大津市で行われただんじり祭りで、相次いで死亡事故が発生した。


2人が死亡し、16人が負傷したという。


この事故について、実業家のひろゆき氏がXで次のような趣旨の発言をしていた。


ボクサーが試合で死ぬのも、だんじり祭りの参加者が死ぬのも、本人が危険を承知で参加した結果であり、その人が決めた人生だという。


私は、この考え方には賛同できない。


そもそも、プロボクシングとだんじり祭りを同列に扱うこと自体、おかしいと思う。


ボクシングは殴り合いをするスポーツである。


当然ながら危険だ。


だからこそ、厳しいルールが存在する。


プロボクサーになるには試験があり、専門のジムでトレーニングを受ける。


試合にはレフェリーがいて、選手の状態を確認し、危険だと判断すれば試合を止めることができる。


セコンドもタオルを投入して棄権の意思を示すことができる。


リングドクターも配置されている。


つまり、危険なスポーツだからこそ、事故を防ぐための仕組みが用意されているわけだ。


ボクサーは死ぬためにリングに上がるわけではない。


試合に勝つためにリングに上がるのである。


そして、選手本人が戦いたいと思っていても、周囲が止める仕組みになっている。


では、だんじり祭りはどうだろうか。


私は以前から、この祭りの運営方法に疑問を持っている。


巨大なだんじりを大勢で引き、かなりの速度で走る。


そして、交差点では直角に曲がる。


いわゆる「やりまわし」である。


当然、危険だ。


あれほど重量のあるものを高速で動かし、急激に方向を変えようとすれば、横転する可能性があることなど、物理の知識がなくても分かる。


では、なぜ全力で走る必要があるのだろうか。


例えば、曲がり角では十分に速度を落とす。


たったそれだけのことではないか。


速度が半分になれば、運動エネルギーは4分の1になる。


同じ半径で曲がるなら、横方向に必要な力も4分の1になる。


安全性を高めるためには、非常に合理的な方法である。


しかし、だんじり祭りでは、その危険な曲がり方自体が見せ場になっている。


迫力があるからだ。


では、速度を落としたら、本当に祭りが盛り下がるのだろうか。


本当に観光客が減るのだろうか。


私は、まずやってみればいいと思う。


だんじり祭りには、巨大な山車や美しい彫刻、祭り囃子など、ほかにも見どころがある。


全力で直角に曲がらなければ、祭りとして成立しないのだろうか。


仮に観光客が減るとしても、人命を危険にさらしてまで維持する必要があるのだろうか。


もう一つ疑問がある。


この祭りの責任者はいったい誰なのだろうか。


もちろん、地域ごとに運営団体や曳行責任者は存在する。


しかし、事故が起きた場合、誰がどこまで責任を負うのか。


例えば、だんじりが横転して参加者が死亡した場合、その遺族に対する損害賠償は誰が支払うのだろうか。


人間一人の生涯年収を考えてみてほしい。


億単位になることだって珍しくない。


もちろん、法律上の損害賠償額は生涯年収そのものではない。生活費の控除などもある。


それでも、死亡事故や重い後遺障害による損害賠償が億単位になることはあり得る。


祭りの運営団体には、それだけの賠償能力があるのだろうか。


保険はどうなっているのだろうか。


実際、一般的な自治会活動保険やイベント保険の中には、だんじりの曳行を補償対象から除外しているものもある。


それだけ危険性の高い行事だと考えられているわけだ。


もちろん、専用の保険に加入している団体もあるかもしれない。


だが、保険に入っていれば、それでよいという話でもない。


そもそも事故を起こさないための対策が必要なのである。


私は、だんじり祭りを廃止しろと言っているわけではない。


伝統文化を守ること自体には何の異論もない。


ただし、伝統文化だからといって、危険な運営方法まで守り続ける必要があるのだろうか。


数年に一度、死亡事故が起きるような祭りであれば、いっそのこと廃止した方がいいという意見が出ても不思議ではない。


実際に、だんじりに関連する死亡事故は過去にも発生している。


それなのに、危険な場所での高速旋回を続ける必要があるのだろうか。


「危険なのは承知の上で参加している」


そんな理屈で済ませてよい問題ではないと思う。


本人が決めたのは、祭りに参加することだ。


事故で死ぬことを選んだわけではない。


ましてや、運営側の安全管理に問題があった場合、その責任まで本人に押し付けることはできない。


そもそも、危険を承知していることと、運営者が安全対策をしなくてもよいことは、まったく別の話なのである。


今回の事故で、具体的にどのような安全対策が講じられていたのか、私には分からない。


だから、何もしていなかったと断定するつもりはない。


しかし、同じ日に別々の場所でだんじりが横転し、2人が亡くなったという事実は重い。


安全対策が十分に機能していたのか、検証する必要があるだろう。


まずは、曲がり角で全力疾走するのをやめる。


それほど難しい要求だろうか。


伝統を守るために人命を危険にさらすのではなく、人命を守りながら伝統を続ける方法を考えればいい。


**祭りは、人を楽しませるためのものだ。**


**人が死ぬことまで、祭りの一部にしてはいけない。**

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