さくらももこさんというエッセイスト
さくらももこさんは、漫画家として語られることが多い。
国民的アニメの原作者。
日本を代表するキャラクターの生みの親。
だが、私はずっと違和感があった。
この人、本当に「漫画家」だろうか。
絵は、正直うまくない。
構図も洗練されているとは言い難い。
表現技法も、漫画的に見ればかなり粗い。
それでも、圧倒的に面白い。
なぜか。
答えは単純で、
さくらももこはエッセイストだからだ。
さくらももこさんの漫画は、物語を描いていない。
伏線もない。
成長もない。
感動を狙ってもいない。
あるのは、
「そうなった」という事実と、
それを見つめる視線だけだ。
これは完全にエッセイの文法である。
決定的だったのは、
もものかんづめを読んだときだ。
あれは漫画の延長ではない。
最初から最後まで、文章の力で押し切っている。
・どうでもいい出来事
・しょうもない誤解
・自分自身への冷たいツッコミ
それらを、淡々と、しかし正確に言葉にする。
感動させようとしない。
教訓もない。
オチすら、投げる。
それなのに、笑ってしまう。
これはもう、
漫画家の文章ではなく、
文章を書く人の文章だ。
考えてみれば、漫画の中の絵も同じだ。
絵で感情を説明しない。
絵で盛り上げない。
絵は、ただそこに置かれているだけ。
まるで、文章における句読点のように。
だから漫画として見ると「下手」に見える。
だが、エッセイとして読むと、途端に腑に落ちる。
さくらももこさんは、
「見せる人」ではない。
「思い出させる人」だ。
読者の中にある、
どうでもいい過去、
言葉にできなかった違和感、
その感触をそっと引き出す。
それができるのは、
エッセイストだけだ。
漫画家として評価しようとすると、
評価がズレる。
だが、エッセイストとして見ると、
すべてが正しい位置に収まる。
さくらももこさんは、
漫画という形式を借りて、
ずっとエッセイを書いていた。
そう考えると、
この人の輪郭が、
ようやく理解できる。




