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雑談三昧  作者: カトーSOS


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104/121

ガンダムの後始末

フラウ・ボウが、

ハヤト・コバヤシと結婚して、

カツ・レツ・キッカを養子に迎えている。


この設定を初めて知ったとき、

感動より先に出てきた感想は、

「後始末だな」だった。


でも、それが妙にいい。


ガンダムは、

恋愛を成就させる物語じゃない。

英雄に家庭を与える物語でもない。

世界を救ったあと、

幸せなエピローグを用意する作品でもない。


代わりにガンダムがやるのは、

生き残った人間に、

後始末をさせることだ。


フラウ・ボウは、

ヒロインになり損ねた少女だ。

幼なじみで、

気遣いもできて、

感情もまっとうなのに、

物語は彼女を選ばなかった。


ハヤト・コバヤシも同じだ。

勇敢ではあったが、

伝説にはならなかった。

主役にもなれなかった。


だからこの二人が結ばれるのは、

運命でもロマンスでもない。

「残ったから一緒にいる」

それだけだ。


そして、

カツ・レツ・キッカを引き取る。


ここが決定的にガンダムらしい。


特別な血筋でもない子どもたち。

英雄の物語を継ぐ存在でもない。

ただ戦争に巻き込まれて、

親を失った子ども。


それを、

世界を変えられなかった大人たちが、

引き受ける。


これは美談じゃない。

現実だ。


戦争のあとに必要なのは、

新しい神話じゃない。

残された人間が、

残された責任を引き受けること。


フラウとハヤトは、

世界を救っていない。

でも、

世界の後始末をしている。


ガンダムは、

ここを絶対に逃がさない。


英雄は去る。

物語は終わる。

それでも生活は続く。


その続きにいるのが、

フラウ・ボウであり、

ハヤト・コバヤシだ。


ヒロインになれなかった少女と、

英雄になれなかった男が、

家庭を持つ。


それは救いでもあり、

同時に現実の重さでもある。


派手じゃない。

泣かせにも来ない。

でも、

異様に納得できる。


ガンダムが最後に残すのは、

夢じゃない。

後始末だ。


だから、

この結末は、

笑っていいし、

「いい」と言っていい。

余談だが、フラウ・ボウという名前については、

どうしても一つ言っておきたい。


どう考えても、

「ボウフラ」から取ってるだろ、これ。笑


もちろん公式にそんな説明はないし、

たぶん深い意味はない。

語感だとか、響きだとか、

その程度の理由かもしれない。


でも、もし仮に、

あの名前がボウフラ由来だったとしたら、

ここまで皮肉の効いたネーミングはない。


ボウフラは、

目立たない。

飛ばない。

成虫になる前の存在だ。


まさにフラウ・ボウ。


ヒロインになりかけて、

ならなかった。

物語の中心に行きそうで、

最後まで行かなかった。


でも、いなくなると困る。

いちばん地味なところで、

環境を支えている。


ガンダムという巨大な物語の中で、

英雄でも、象徴でも、神話でもない存在。


それがフラウ・ボウだ。


もし名前にそんな冗談が込められていたなら、

ガンダムはやっぱり相当意地が悪い。

そして、相当うまい。


物語にならなかった人間に、

物語にならない名前を与える。


最後まで、

後始末の役割から逃がさない。


……そう考えると、

ボウフラ説、

案外ガンダムらしいオチなのかもしれない。


笑っていい。

でも、ちょっとだけ、

胸に引っかかる。


それでこそ、

フラウ・ボウだ。

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