5-3 よくわからない啓示と調査
女神ヨーナフィルロからの啓示。
それをハイラムは端正な顔を歪ませながら言った。
個人的には、ハイラムの反応をみると神とつながるのは、そんなに嫌なのかと思ってしまう。
人知を超えた超常の存在と接触できるというのは、それなりに好奇心を刺激される。
けど、ハイラムから警告されているから、過度に信仰しようとは思わない。
祈りというか、回復魔法は便利なんだけど、ハイラムはデメリットが大きいと考えている。
そしてなにより、神とつながったらクーリングオフは適用されない。
余程、信仰に反する行為でもしない限りは、一度つながるとそれは一生続く。
容易に神との絆は切れない。
プラスのように思えるけど、ハイラムは女神ヨーナフィルロとつながったことを後悔している。
祈り、あるいは回復魔法を使うたびに女神とつながると、自分の根幹に触れられて魂から変質していくように感じるらしい。
それなのに、理性で警戒しながらも、魂は全力で女神を敬愛して信仰してしまう。
そのことがどうしよもなく恐ろしいから、ハイラムは私が神と接触することを推奨していない。
でも、これはハイラムの感覚で、知識の神ヴェルデヴェッラを信仰している狐族の獣人ヨウレプは、神とつながることに躊躇うどころか楽しんでいる。
ヨウレプいわく、理解不能な存在で、我々に理解可能な人格があるのかも不明なほど異質らしい。
ただ、我々よりも圧倒的な存在であることだけは確かだ。
そして、そんなハイラムが信仰する女神ヨーナフィルロから啓示があった。
これはかなり珍しい。
通常、信者と神の関係は、信者が願い神がそれに反応するというもの。
神から信者に接触することはあまりないらしい。
つまり、それだけレアで、異常な事態が起こったということだろう。
少なくとも明日の天気を告げにきたというわけじゃないようだ。
「どうにも、このユグドラシルの魔境というか、成長途中のユグドラシルに邪神が干渉したようだ」
ハイラムが忌々しそうに口にした。
「邪神の干渉? そのせいで、ブリュンヒルデやヴァルキリーが出現するように?」
邪神からの干渉が一時的じゃないなら、これからユグドラシルの魔境にさらなる変化があることを意味する。
「そのようだな」
「曖昧ですね」
「神とは超常の人格のない現象のようなものだ。そんなものからの啓示だぞ。容量一キロバイトのところに無理矢理千キロバイトの情報を流し込んでくるから、こちらからしたら断片的で欠けた部分は推測するしかない」
ため息交じりに口にするハイラムは、少しだけ嬉しそうな気もする。
母親に対して素直になれない反抗期の息子というハイラムのイメージが私の脳裏に浮かんだけど、絶対に口にはしない。
ハイラムが女神ヨーナフィルロに対して理性で警戒して嫌悪しているのは事実。
ハイラムの魂と心がヨーナフィルロを敬愛しているのだとしても、そこに理性が拒絶していることに違いはない。
微笑ましい光景か、不気味な光景かは見る者によって変わるだろう。
「じゃあ、あの発情ドラゴンも邪神が原因?」
「いや、アレと邪神は無関係だな」
「……無関係なんだ」
本当に、このタイミングで災害級のドラゴンが発情するとか、村にとって運が悪すぎる。
「どうも邪神は成長途中のユグドラシルに干渉して邪神の使徒にしようとしたらしい」
ハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「……へ? そんなことできるんですか? エンドレスインフィニットクロニクルでもそのような展開があったんですか?」
「ないな。かなりイレギュラーだ。予想外の展開すぎる。……いや、理解不能な神の一柱である邪神が、ゲームと同じ行動すると思い込んでいた俺のミスだな。この世界はゲームではないと思いながら、ゲームの展開や知識から、思考が脱却しきれていなかった」
ハイラムが悔しそうにうつむく。
「……あれ? ユグドラシルは邪神の使徒になったんじゃない?」
「多分違うな。邪神は干渉したが、失敗した」
あっさりと告げるハイラムの言葉に、私は困惑しながら応じた。
「つまり、これ以上の変化はない?」
干渉に失敗する神とはなんなんだろう。
成功の見込みがあったから邪神は、ユグドラシルに干渉したわけじゃないようだ。
…………どうにも、衝動的で小者の雰囲気がある。
……いや、神とは現象に近いというから、魔境のユグドラシルが邪神の使徒になる条件を偶然にも満たしてしまったということだろうか?
どちらにしろ、よくわからない邪神という存在を人の尺度で測るのは危険だろう。
「そうでもない。ヨーナフィルロのあの感じだと、邪神のユグドラシルの魔境への干渉は続きそうだ」
「魔境への干渉? ユグドラシルじゃなくて?」
「ああ、邪神はユグドラシルそのものにはこれ以上干渉できないが、ここの魔境に別の形で干渉する可能性がある。ただし……」
そこで、ハイラムが言葉を切り渋い表情をする。
「ただし?」
そんなに恐ろしいことが語られるのかと、私は言いながら身構える。
「間違えている可能性もある」
「……はい? 女神ヨーナフィルロが間違いの啓示をしたと?」
私の確認するように告げた言葉に、ハイラムは首を横に振りながら応じた。
「違う、ヨーナフィルロの間違いではなく、俺がヨーナフィルロの意図を読み間違えている可能性は否定できない」
まあ、確かに、それはそうかと納得する。
理解不能な超常の存在が、明確な声や文字じゃなくて曖昧なインスピレーションで伝えてくるのだ。
異質すぎる女神ヨーナフィルロの意図を正確にハイラムが読み解くのは難しいだろう。
とはいえ、邪神がこの魔境になんらかの形で干渉するのは確定のようだ。
村長である私としては全力で叫んで頭を抱えたくなる。
面倒ごとというか、変化が一気に発生しすぎだ。
魔境の変化に対して、調査や対応をするためにも、村人たちの実力をさらに引き上げる必要がある。
というか、私の実力を引き上げないと、簡単に死んでしまいそうで怖い。
まあ、現状でも十分に危ういか。
「それで、どうしますか?」
私と同じように渋い顔のハイラムに声をかける。
「……計画の見直しが必要だ」
「しかし、ある意味で、誰かが邪神の使徒にならないというのなら、それは良いことじゃないですか?」
それはつまり、誰かを疑い警戒する必要がないということだ。
「問題は、そこだ」
ハイラムの疲れたように口にした言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「問題?」
「ああ、女神ヨーナフィルロの啓示は、ここの魔境に邪神が干渉して、使徒のようなものを生み出そうとしていることを示唆している」
「はい、そうですね」
ある意味で魔境の魔物が邪神の使徒になるということだ。
おかげで、こちらの自身と村人たちが成長するためのロードマップが無意味なものとなってしまった。
「だが、それは、ここに邪神の使徒のようなものが誕生をする可能性があるということであって、元々の邪神が使徒にする予定だった人物が使徒にならなくなったというわけではない」
ハイラムの言葉をゆっくと咀嚼して納得できた。
「…………ああ、まあ、確かにそうですね」
魔境の魔物が邪神の使徒のようになるかもしれないことは確定だけど、邪神が従来の誰かを使徒にする計画を中止や破棄したという保証はないのだ。
「つまり、以前から対策していた邪神の使徒候補への動きを解除するわけにもいかず、こちらの魔境への対処も必要となる?」
ハイラムが沈んでいる理由が理解できた。
従来の使徒候補への警戒は継続して、ユグドラシルの魔境への対処と調査も必要となるのだから、計画の中心にいるであろうハイラムの負担と責任は想像もしたくない。
「えっと、女神は啓示で、なにか教えてくれないのですか?」
「啓示はそんなに都合のいいものではない。一方的に、女神ヨーナフィルロから情報の洪水を押し付けられるだけで、追加で詳細な説明など期待するだけ無駄だ」
ハイラムが少しだけ投げやりに吐き捨てる。
やっぱり、ハイラムが反抗期の子供に見えてしまう。
「対策に関するアドバイスとかは?」
「まったく、ないな」
ハイラムがきっぱりと断言する。
これだけでも、女神ヨーナフィルロという存在の意図が理解できない。
女神ヨーナフィルロがハイラムや人類を助けたいなら詳細をしっかりと教えてもらいたいものだ。
現状だと中途半端すぎる。
でも、この世界の神々とはそういう存在らしい。
女神ヨーナフィルロの助けるという感覚が、百年後に百分の一の人口になっても残っていれば助けたことになるかもしれないそうだ。
「なら、ブリュンヒルデやヴァルキリーと戦いながら我々の地力を上げて、少しずつ調査するしかないですね」
「そうだな。それが迂遠なようで一番の近道かもな」
それから、一か月後。
私、ハイラム、ハルルフェント、チャルネトの四人でユグドラシルの魔境の調査をしていたときに、それを目撃することになる。
ちなみに、プアエンは私が不在の間の村の全権を預けているからいない。
それはどうにもグロテスクでショッキングな光景だった。
この世界でいくつもの修羅場を潜り抜けてきたけど、それでも衝撃を禁じ得ない。
簡単に言うなら、魔物が魔物を捕食している。
実のところ、これは別に珍しくもない。
魔物の種類によっては、他種族どころか、同種を襲うこともある。
けど、だからといって、その光景を平然と受け入れられるかは別だ。
それが魔物とはいえ人の女性とよく似たヴァルキリーが、他の魔物に食いちぎられる様は、なかなかくるものがある。
なにしろ、明らかに死んでいるヴァルキリーの左半身を捕食する魔物の口からは、ヴァルキリーのちぎれた腸が垂れ下がっているのだから。
でも、問題なのはヴァルキリーを捕食している魔物が、このユグドラシルの魔境で一度も見たこともないということ。
そいつは全高七メートルくらいの緑色の肌の粗末な腰巻だけをした巨人。
ただ、頭が特徴的で、ドラゴンのような顔に牛の角を左右の側頭部から生やし、ライオンのような鬣を備えている。
かなり特徴的な外見だけど、私にはこの魔物の心当たりがない。
なにか知らないかとハイラムに視線を向ければ、なぜか慌てたように周囲を見渡す。
「周囲の木が全部、杉? ……まさか、フンババか?」
ハイラムの言葉に、私は訝しみながら応じた。
「殿下? あの魔物を知っているのですか?」
確かに、気づけば周囲に生えている木々は杉だけだ。
でも、だから、どうしたのか私にはかわからない。
「周辺の状況と奴の外見の特徴を合わせるとフンババだろう」
全身鎧を装備しているからハイラムの表情はわからないけど、焦っているのはよくわかる。
しかし、フンババ?
今世でも前世でも私は聞いたことがない。
「有名な魔物なんですか? それともエンドレスインフィニットクロニクルで重要な役割を果たす魔物ですか?」
「どちらも違う。この世界にいるとは知らなかったし、エンドレスインフィニットクロニクルにフンババは出現しない」
「……なら、フンババとは?」
「ギルガメシュ叙事詩に出てくる怪物だ」
「ギルガメシュ叙事詩の怪物? なぜ、そんな奴が?」
ギルガメシュ叙事詩の名前は知っているが詳細は知らない。
なぜ、前世の世界の叙事詩の怪物が?
訳が分からないけど、問題は仮称フンババが強いということだろう。
なにしろ、フンババは片手でヴァルキリーを食べながら、平然とブリュンヒルデを中心とした十体以上のヴァルキリーと交戦しているのだ。
しかも、フンババはバリアでも持っているのか、ブリュンヒルデたちが攻撃するたびに、半透明の光の障壁で攻撃を防いでしまう。
「クソっ、七層の光輝メラムもあるのか」
ハイラムが苛立たし気に言う。
「メラム? あのバリアですか?」
ただでさえ頑丈なバリアが七層。
ある意味で悪夢だろう。
私たちで、フンババにダメージが与えられるかも怪しい。
「ああ、ギルガメシュ叙事詩そのままの能力ではないかもしれないがな」
「強力な防御が七つだけでも厳しいですよ。幸い、ブリュンヒルデたちも、フンババもこちらには興味がないようですが?」
現状、ブリュンヒルデとヴァルキリーたち対フンババという構図で、双方ともに私たちには気づいているけど、あまり意識を割いていない。
魔物同士の戦が優先なようだ。
ブリュンヒルデが先陣を切り、他のヴァルキリーたちがそれを援護する形。
フンババは巨体の割には素早いが、直線的な動きが多くヴァルキリーたちをなかなか捉えられない。
これはチャンスか、罠か。
ブリュンヒルデを囮に、フンババを死角から襲撃することは可能だけど、それで強力な七層のメラムとかいうバリアを突破できるとは思えない。
なら、ブリュンヒルデたちが死ぬのを傍観するのか?
最善は、ブリュンヒルデたちとフンババの双方が共倒れすることだけど、無理ならフンババを倒すのが優先だ。
なにしろ、フンババの方がブリュンヒルデたちよりも脅威だから。
「あまり欲張るなよ。まずは、フンババを倒すことに集中しろ」
ハイラムから釘を刺される。
確かに、よくわからない状況で自分に都合のいい展開など、期待するべきじゃない。
次回の投稿は9月11日金曜日1時を予定しております。




