5-2 プアエンと身体強化の訓練
心地よい青空の下、村の広場で私は自身の体に魔力を流すと同時に、身体強化を発動。
ようやく身体強化による効果を違和感なく扱えるようになってきた。
もっとも、使いこなせているとは言い難いのが現状だ。
身体強化の最適解は、全身を均一に強化するんじゃなくて、体の一部分を流動的に強化すること。
けど、部分強化は難しすぎて、現状だと机上の空論でしかない。
だから、今は通常の身体強化を極めることにしている。
そして、身体強化された肉体の制御をより深く理解するために、あえて斧スキルは起動させていない。
自分が手にしている片刃の破魔鋼の大斧を確かめる。
気のせいかもしれないけど、斧スキルを起動していないから、よりクリアに破魔鋼の大斧の存在を感じられる気がするのだ。
ゆっくりと破魔鋼の大斧を振りかぶる。
脳裏でデュラハンの動きを思い出す。
足さばき、体重移動、体の軸と重心の制御。
同時に、ブリュンヒルデがみせたハルバードを扱う術理も強く意識する。
自身とブリュンヒルデの体格と身体能力の差、フレイヤ鋼のハルバードと破魔鋼の大斧の違いも考慮。
身体強化しながら、デュラハンとブリュンヒルデの動きを自分用に修正して、修正して、修正して、最適化させていく。
極限の一撃とは呼べない。
でも、動きに違和感はない。
私の一撃を、ドワーフ特有の小柄な体形のプアエンが両刃の破魔鋼の大斧で迎撃する。
結果は、拮抗。
単純な威力と速度だと斧スキルありのプアエンが勝るけど、位置やタイミングなどで私が一枚上手だったから互角となった。
以前に比べてプアエンの動きは見違えるほど洗練されてよくなっている。
けど、それだけに動きの粗が見えてしまった。
ちょっとした足さばき、位置取り、重心や軸の制御が雑に見える。
それが不満点。
でも、問題はない。
粗が見えるということは成長するのびしろがあるということだ。
実に、喜ばしい。
私のような凡人なら難しいかもしれないけど、天才と呼べるようなプアエンなら私と斧を交えていればすぐに成長できるだろう。
他者の成長とはある意味で娯楽だ。
なかなか楽しい。
自身の修練をしながら、そんなことを楽しめるのだからとても充実している。
まあ、プアエンもドワーフ鋼の大斧から、破魔鋼の大斧に装備を換えたから、まだ慣れ切っていないようだ。
プアエンの破魔鋼の大斧は、両刃なこと以外にも柄まで破魔鋼という差異がある。
柄まで破魔鋼だと、その分重くなるけど、耐久性と威力は上だろう。
そこら辺は、使用者の好みだ。
斧スキルで強引に理解できると勘違いしていたデュラハンとブリュンヒルデの術理を再解釈して自分のなかに落とし込み馴染ませる。
……しかし、身体強化は素晴らしい。
前世のゲームなら、身体強化なんて攻撃力が上がるだけという認識だろう。
でも、この世界だと、使いこなせれば、本来の自分にはできない動きが可能になる。
それだけで攻撃と回避の動きの選択肢が一気に増えるのだ。
身体強化は思っていたよりも奥深い。
だから、身体強化をより深く習熟するために、プアエンに向かって大斧を振るう。
プアエンの嫌がる位置とタイミングを、プアエンの重心と軸から割り出す。
「クソ!」
プアエンが顔を歪ませて迎撃する。
でも、手は緩めない。
通常のプアエンなら、修正できるはずなのに、今はなかなか修正できない。
理由は簡単だ。
まだ、プアエンは身体強化に慣れていない。
だから、彼女は感覚の違和感により、動きの細部が雑になる。
どうも、斧に関してプアエンは天才だけど、身体強化の習熟に関しては並み。
けど、そんなものは慣れだ。
死ぬ気で、死なない程度に斧を交えれば、すぐにプアエンも慣れるだろう。
つまり、私に悪意などない。
徹頭徹尾、プアエンへのリスペクトと善意による行動だ。
プアエンの動き、視線、重心、軸の制御、それらの綻びが見えたら、容赦なく付け込む。
コンマレベルの対応が遅れたら、プアエンは死ぬ。
でも、大丈夫。
私はプアエンを信じているから、悪辣かつ陰湿な動きと攻撃を繰り返す。
何度か、プアエンが泣きそうな顔で暴言を吐いたような気もするけど、気のせいだろう。
それに、実際、プアエンの動きは良くなっている。
一撃ごとに改善され、隙が減りミスもなくなっているのだ。
彼女の動きの改善は、私にとっても学びとなっている。
だから、私も自身を限界まで集中させて、蓄積してきた経験と、参考にしている術理を、自身に最適化させて、さらなる境地を挑む。
指先の触れた境地に、斧スキルの補助なく、到達しようという試み。
無謀で、無茶だけど、楽しい。
心はどこまでも充実している。
プアエンに向かって破魔鋼の大斧を振るう回数が二百を超えた、その瞬間。
破魔鋼の大斧の重さが消え、自身の体がそう動くべきだった思えてしまうほど、すべてが自然だった。
斧を交えたプアエンが、驚愕の表情を浮かべて後方に吹き飛ぶ。
「これだ!」
私は歓喜をしながら小走りで、倒れたプアエンに近づく。
「……村長が成長できたのなら良かったです」
プアエンが上半身だけを起こして、肩で息をしている。
私は自然と笑みを浮かべながら、手をプアエンに差し伸べて、
「そうだな。だから、訓練を続けよう」
「…………えっ?」
なぜだろう、私を見上げるプアエンの表情が絶望に染まったような気がする。
「えっ? どうかした?」
「まだ、やるんですか?」
「……時間はあるし、双方に深刻なダメージもない。訓練を止める理由がありますか?」
私は訳が分からず首を傾げる。
むしろ、時間を惜しんで、訓練を望むはずだ。
「……そうですね、村長に並みの感覚を期待したアタシが間違いでした」
どうにもプアエンは不満そうだけど、私にはなにが不満なのか分からず戸惑いながら応じた。
「まだ、プアエンの心身に余裕はあるだろう?」
「……そうですけど。アタシはそこまで、斧を極めることに前のめりになれないというか」
言いにくそうに告げたプアエンの言葉を、自分のなかで染み込むようにゆっくりと咀嚼してから口を開く。
「うーん、じゃあ、今日の訓練はここまでにしますか?」
モチベーションが下がっているのに、危険な訓練をしたら事故につながる。
だから、私としては、気づかって提案したんだけど、
「……いえ、まだ、やります」
プアエンはさっきよりも不満そうに破魔鋼の大斧を手に立ち上がる。
「えっ? やるの? 無理しなくても」
「無理じゃないです! ええ、こうなったら、限界まで付き合いますよ」
プアエンが顔を赤くして、私を睨みつけてくる。
どうにも、彼女のプライドを傷つけてしまったようだ。
とはいえ、
「そうか、良かった」
プアエンがやる気になったというのはいいことだ。
遠慮なく訓練を続けられる。
しかし、少しだけ思考を巡らせた。
プアエンのモチベーションが下がった理由。
要するに、なかなか成長が実感できなかったからだろう。
成長の手ごたえがないと、不安になってモチベーションが下がるというのも理解はできる。
けど、手取り足取り細部にいたるまで丁寧に言葉で説明するべきだろうか?
答えはノーだ。
もちろん、規格化されたマニュアルや作業手順など、言葉にして伝えたほうがいいものもある。
でも、初心者に助言を求められたなら答えるべきだけど、プアエンのような才ある者に最初から答えを教えるのは違う気がする。
わからないで足掻いて、試行錯誤することも十分に重要だ。
そうやって、自分でつかんだコツは、自身で完全に使いこなし、応用することもできるようになる。
だから、直接言葉にはしないけど、プアエンがコツをつかみやすいように追い込む。
具体的には、プアエンの身体強化への慣れだ。
プアエンが身体強化に振り回されている理由は、身体強化で上限が引き上げられていると誤解しているから。
感覚的には、身体強化で引き上げられるのは下限ごとだ。
そこを誤解しているから、プアエンは身体強化になれないで力に振り回されている。
私自身の訓練でもあるから、動きに一切の手抜きはない。
プアエンに身体強化のコツを最優先に自覚させるための立ち回りと自身の動きを思考して、思考して、思考する。
一度、素早く呼吸して、自身の動きと、その後の展開をイメージ。
突進しながら、一切の手加減なく破魔鋼の大斧を振るう。
とはいえ、私は斧スキルを起動していないから、斧スキルを起動しているプアエンなら死ぬことはないと信頼している。
一撃で、わずかにプアエンが姿勢を崩す。
完璧な連撃だと殺してしまうので、コンマレベルのプアエンがギリギリ反応できるタイミングに調整する。
はたから見たら、情け容赦なく年下の少女に大斧を叩きつける構図だろう。
でも、実際には、ドワーフのプアエンは私よりも年上だ。
さらに、プアエンと五十合大斧を交えて、私の口元が緩んでしまうのを自覚した。
劇的に、プアエンの動きが良くなっているのだ。
どうにも、プアエンの表情をみるに、無自覚に身体強化を理解して、私の見せていたデュラハンの足さばきなども自身の動きに反映させ始めている。
プアエンが成長したから、ここで終わる?
まさか、ありえない。
せっかく、無自覚に彼女がコツをつかみかけたのなら、しっかりと自身に定着させるべきだ。
さらに、私は破魔鋼の大斧を振るい、徐々にプアエンの攻めの難易度を釣り上げていく。
それから、わずか十合で、プアエンの動きが劇的によくなる。
「……ああ、実に素晴らしい」
あふれ出る情熱のままに見つめて、笑いながら大斧を振るう。
プアエンは身体強化した肉体を制御して、私の攻撃に対して拮抗する。
「村長!」
プアエンの叫びに、私は笑顔で大斧を振るいながら応じる。
「どうしました?」
「バカでしょう!」
プアエンからの身に覚えがない罵倒に、私は首を傾げながら応じた。
「……はい? バカ? なぜです?」
「離れたところから、ハルが泣きそうな顔でこっちを見てます」
プアエンの言葉を受けて、訓練を中断して周囲に視線をやると、視界に泣きそうな美しい思春期エルフのハルルフェントがいた。
「……なぜ?」
私がハルルフェントの心情を理解できずに困惑していると、プアエンがあきれながら口を開く。
「やっぱりバカでしょう!」
「…………ああ、嫉妬か?」
なんとか、数分間ハルルフェントの心情を考えてようやく私が言葉にすると、プアエンは驚愕の表情で応じた。
「今、気づいたんですか?」
「……しかし、私はプアエンと斧の訓練をしていただけなのですよ?」
私とプアエンが、斧の訓練をするとハルルフェントが嫉妬する。
ハルルフェントが嫉妬する理屈がよくわからない。
「まあ、村長の主観だとそうなんでしょうね」
なぜか、プアエンから哀れみの視線を向けられている。
「……ふむ、しかし、プアエンとの訓練をおろそかにはできないでしょう」
ハルルフェントが嫉妬するからと、私はプアエンとの訓練を控えるわにはいかない。
「それはそうですけど、ハルだって、わかっているけど割り切れないんですよ」
「そういうものか?」
少しだけ寂しくなる。
ハルルフェントに対して私は尊敬し、敬意もあるのに、適切に気づかい寄り添うことができない。
私に恋愛の感情がないわけじゃないけど、優先度が高くないから、いくらでも後回しにできる。
それもあって、他者の恋愛感情を察して対処することができない。
どうしたものかと悩んでいると、
「ファイス、啓示だ」
深刻な顔をしたハイラムが言った。
「……はい? 啓示?」
啓示とは?
まったく意味がわからない。
ただ、大事だということはわかる。
次回の投稿は8月28日金曜日1時を予定しております。




