5-1 フレースヴェルグ
8月1日から別のロボットモノの作品を投稿する予定です。
前世、私は怪獣映画が好きだった。
それも、自宅じゃなくて、巨大なスクリーンと臨場感のある音響の映画館で楽しむのだ。
その映画はストーリーも意外に凝ってて社会風刺がアクセントで見え隠れして、ちゃんと見ると結構面白い。
でも、そんなことよりも、巨大な怪獣が巨大なスクリーンで暴れるのは、単純にロマンがある。
とくに、私は怪獣対人よりも、怪獣同士のド派手な展開が好きだった。
……なぜ、私は前世の怪獣映画のことを思い出しているのだろうか?
まあ、わかってはいいるのだ。
要するに、現実逃避でしかない。
しかし、どう頑張っても現実から逃げることはできないのだ。
……直視、したくないなぁ。
そもそも、なぜ、私が?
まあ、私が村の責任者の村長だからか。
……なら、仕方がない。
責任者が責任を放棄するわけにはいかないのだ。
とはいえ、確信できることがある。
怪獣映画とは、フィクションだから楽しめるのだ。
実際に目の前で、巨大な怪獣同士の戦いを見たいとは思わないだろう。
ただ、悲しむべきことに、私は現実から逃げるわけにはいかないし、逃げる場所なんてないという方が正しいだろう。
縦横無尽に天空を舞う黒いドラゴンとオオワシの戦い。
ワシがドラゴンと戦いになるのかと思いそうだけど、戦っているのは体長三十メートル以上の黒いドラゴンよりも一回り大きい体長四十メートル以上のオオワシだ。
どちらかといえば、むしろオオワシの方が戦いを優勢に進めているように見える。
二体は村からそれなりに離れた上空で戦っているのに、方向転換の度に音速の壁を超えているようで、こちらまで超音速の爆音を何度も不吉に奏でる。
はっきり言って、どちらも災害級だ。
討伐という選択肢は検討すらされない。
こちらのレベルとか、スキルレベルの問題じゃない。
どうやっても、人類が挑むべき対象じゃないのだ。
けど、頭を抱えて祈るわけにはいかない。
私はこの村の村長だから。
なんらかの対策は考えないといけない。
とはいえ、まだ、時間はあるはずだ。
黒いドラゴンとオオワシは、毎日数時間戦って、勝負がつかないで黒いドラゴンが引き上げるということを繰り返している。
そして、オオワシはユグドラシルへと悠然と戻っていく。
そう、バカデカい怪獣のようなオオワシは、あの成長途中のユグドラシルに関係している。
というか、オオワシはユグドラシルの上の方に住んでいるようだ。
ただ、いつからオオワシがいるのか不明。
元からいたのか、ユグドラシルの魔境に変化が起こりオオワシが出現したのかもわからない。
一応、ハイラムが、北欧神話からユグドラシルに住むオオワシという共通でフレースヴェルグという名前をつけた。
フレースヴェルグは基本的にユグドラシルから動かないから、こちらから手を出さなければなにもされないと思われる。
そもそも、フレースヴェルグはビルのように育ったユグドラシルの樹上に住んでいるから、通常なら交戦することすらレアだ。
でも、村の近くの竜心鉄が採掘できるダンジョンがある山の頂上付近に、もう一方の黒いドラゴンが住み着いているから困る。
この黒いドラゴンもフレースヴェルグと同じように、村や人には興味がないようで、毎日フレースヴェルグに挑んで追い帰されるということを繰り返しているのだ。
現状、二体とも討伐は不可能だけど、この村を放棄することもできない。
だから、いざという時の避難先と、手順などをまとめて村人たちに周知した。
実際、どれだけ意味があるかわらないけど、なにもしないで助けられたかもしれない命を死なせるよりはいい。
とはいえ、村からの避難も容易じゃないから困る。
ユグドラシルの魔境からハイオーガがいなくなり、ベルセルクとウールヴヘジンにヴァルキリー、そしてヴァルキリーの上位種のブリュンヒルデが出現するようになったからだ。
あとは、トレントイーターも見かける。
ヴァルキリーの上位種の名前には、他にも色々候補があったけど、なんとなくしっくりくるということでブリュンヒルデになった。
まあ、前世で固有名詞のブリュンヒルデを、何体もいる魔物の種族の名前にするのは、どうなんだといい気持ちもなくはないけど、それは前世の話だし、気にしても仕方がない。
それよりも、現実的な対処が重要だ。
うちの村だと、単独でブリュンヒルデに勝てる者がいないのが問題だったりする。
私も一対一だとブリュンヒルデに勝てない。
ということで、いざという時の避難計画を作りながら、村人たちの実力を地道に上げていく。
一応、変事ということで、ハイラムがしばらく村に駐留してくれるのはありがたい。
なんとなく、ハイラムは雑務から逃れているだけのような気もするけど、村にとってはありがたいから気にしないことにしている。
それと非常時ということで、霊酒の枝がこの村に一時的に貸与された。
まあ、これは霊酒の枝の効能の人体実験という側面は否定できないけど、身体強化の能力を得られるなら村にとって悪くない。
各自が身体強化に慣れつつ山の麓のダンジョンに挑み、竜心鉄の採掘を行いレベルと装備を良くなっている。
この好循環のおかげで、村のトップ数十人の武器は破魔鋼の大斧や戦斧になった。
それでも、ヴァルキリーやブリュンヒルデが村人たちにとって脅威であることに違いはないけど、数人のエルフによる弓の援護があればなんとかなっている。
それだけ、前世の機関砲のようなエルフの弓が凄いんだけど。
とはいえ、現状のユグドラシルの魔境は安全と呼べる状態じゃない。
学者でもあるヨウレプたちが地脈を調べて、ブリュンヒルデやフレースヴェルグが出現した理由に関しては、どうにもユグドラシルが少し成長した影響のようだ。
けど、わかったのはそれだけ。
なぜ、ユグドラシルが成長したのかわからない。
仮説すら思い浮かばない状態だ。
でも、ヨウレプたちによればユグドラシルの魔境の地脈は安定しているから、ユグドラシルの成長には外的要因が考えられる。
ユグドラシルを成長させる外的要因って、なんだろう。
ユグドラシルは、ある意味で燃費が悪い。
生きているだけで際限なく魔境の魔力を消費する。
だから、中途半端な状態で、ユグドラシルは成長を止めていた。
そんなユグドラシルを少しとはいえ成長させるなんて……あの黒いドラゴンの影響とか?
……違うな。
ブリュンヒルデが出現するようになってしばらくしてから、黒いドラゴンはきた。
つまり、黒いドラゴンとは無関係に、ユグドラシルは成長した?
……だとしても理由はあるはずだ。
けど、そのための調査ができない。
フレースヴェルグや黒いドラゴンもだけど、ブリュンヒルデがうろつくせいで村の収入源であるトレントを安定して伐採できないのがなかなか問題だ。
しかも、ヴァルキリーがいるとベルセルクやウールヴヘジンが強化されるから面倒になる。
だから、村の当面の目標は、村人たちがブリュンヒルデを安定して倒せるようになることだ。
ある意味で皮肉なことに、強い敵が村の周囲にいることで、村人たちのレベル上げが容易であるともいえる。
だから、困難な局面だけど、絶望というほどじゃない。
ただ、それとは別の問題がある。
美しき思春期エルフのハルルフェントからの裏切り者という発言だ。
しかも、なぜか、ハルルフェントと話したドワーフの少女プアエンから白い目で、
「村長、最低です」
と言われてしまったのだ。
いつもは尊敬と信頼の眼差しを向けてくれるプアエンから、言われるとなかなか心にくるものがある。
私がなにをしたと言いたいけど、プアエンたちの話を要約するとハルルフェントといい雰囲気になったのに、ブリュンヒルデに対して夢中になったことがダメらしい。
…………異議しかない。
ブリュンヒルデに惹かれたのは事実だ。
潔く認めよう。
けど、それは斧の扱いに関してだ。
恋愛的な話じゃない。
そもそも、ブリュンヒルデは魔物だし。
……ああ、そういえば、ハイラムが珍しく余計なことを笑顔で提案してきたな。
なんでも、貴重な魔道具を使えば、専用のジョブやスキルがなくてもテイムは不可能じゃないらしい。
不可能じゃないとは、微妙な言葉だ。
理屈の上で確率としては可能だけど、現実には不可能と同義だ。
はあ、なにが愛するブリュンヒルデをテイムするか、だ。
面白がって提案するとか、ハイラムはヒマなのか?
……いや、もしかしたら、ハイラムは私をからかうことで、彼の妻のミエルサのしたことを一時的に忘れているのかもしれない。
まあ、ハイラムはまだいい。
問題なのは、ハルルフェントだ。
自分の意識した相手が、他のものに夢中になったから、嫉妬して怒って裏切り者と叫ぶ。
…………思春期の子供かと、頭を抱えたくなる。
……ああ、ハルルフェントは思春期の子供なんだった。
エルフやドワーフは、外見で脳がバグりそうになる。
意識しないと忘れてしまう。
とはいえ、思春期の多感な若者との正しい接し方なんて、私にはわからない。
……あれだ、随時、臨機応変に対処するだけだ。
場当たり的とか、その場しのぎとかの言葉が脳裏に浮かんだ気がするけど、きっと気のせいだろう。
「そもそも、あの黒いドラゴンはなにをしにきたんでしょう」
今日の怪獣同士の戦いが終わった後の空をなめながらつぶやくと、ハイラムが平然と応じた。
「出産ではないか? あの山の頂上はドラゴンの巣だからな」
「あそこが、ドラゴンの巣? 今まであの黒いドラゴン以外見かけなかったけど?」
というか、そんな情報を私はいままでハイラムから聞かされていない。
そんな情報を知っているなら、早めに共有して欲しかった。
「あくまでも、あそこはドラゴンが卵を産む場所で、定住場所ではないから。ドラゴンの出産周期によっては、十年以上ドラゴンがいないことも珍しくない」
「それなのに、あの黒いドラゴンは卵を産みにきたのですか? 珍しい経験ができたと喜ぶべきかな?」
嬉しくないレアな体験だ。
そそれはともかく、
「しかし、あの黒いドラゴンは卵を産みにきたのに、どうして連日フレースヴェルグと戦っているのでしょう?」
私は疑問を口にした。
「ああ、それは簡単だな」
「なんです?」
「交配するためだろう」
なんでもないことのように口にしたハイラムの言葉に、私は意味がわからず頭が真っ白になって首を傾げながら応じた。
「…………はい?」
「交配だ。あるいは交尾といえばわかるか?」
ハイラムはなぜわからないというように、首を傾げている。
けど、違う。
私は言葉の意味が分からないわけじゃない。
「……あの、交配の意味は分かっています。いえ、ある意味でわかりません。黒いドラゴンがフレースヴェルグと戦うことが交配とはどういうことです?」
「……ああ、ファイスは黒いドラゴンが異種族で交配できるのか不思議なのか?」
「それもあります」
前世でも、ウマとロバが交配してラバが生まれたりするから理屈はわかるけど、あれは近縁種だから可能なことで、ドラゴンとフレースヴェルグはどう見ても種族が近くはない。
まあ、相手は魔物だから前世の常識は関係ないのかもしれないけど、私のなかの常識が悲鳴をあげている気がする。
「思考が前世的だな。この世界は、理不尽で意味不明な法則が働いている。魔物同士なら異種族の交配も不思議ではあるまい」
「ファンタジーだから可能だと? あまりにも暴論じゃないですか?」
どう考えても不思議だし、意味不明だ。
叫びそうになるのを、相手が王子だと思い出してなんとか耐える。
「まあ、正確には、ドラゴンは捕食して交配することが可能というだけだ」
「つまり、黒いドラゴンは卵を産むために、フレースヴェルグを捕食して遺伝子のようなものを取り込むつもりだと?」
黒いドラゴンは強い遺伝子を欲しているのだろうか?
どちらにしろ、村にとっては迷惑な話だ。
「あるいは本命はユグドラシルの根元のニーズヘッグかもしれないがな」
ハイラムの言葉に、禍々しい大蛇ニーズヘッグの姿が脳裏に浮かぶ。
私としては、あの大蛇と当分関わりたくない。
「どちらにしろ、あの黒いドラゴンは、フレースヴェルグを倒せるとは思えません」
現状でフレースヴェルグを倒せない黒いドラゴンがニーズヘッグを倒せるとは思えない。
つまり、ある意味で黒いドラゴンの行為は無謀で無意味だ。
「そうだな。だが、ドラゴンという種族はある意味で、執念深く気長だ」
ハイラムの説明で、私は納得してしまう。
「つまり、諦めないと?」
だから、黒いドラゴンは毎日飽きずにフレースヴェルグに挑むのだろう。
なんとも一途でしつこいストーカーのようなドラゴンだ。
「ある意味で、あの黒いドラゴンはフレースヴェルグに惹かれて、フレースヴェルグの因子を継いだ卵を産みたいのだろう」
「ドラゴンが交配相手を諦めることは?」
「聞いたことがないな」
ハイラムの告げた言葉に、私はほとんど諦めの境地で応じた。
「……もう、怪獣同士の対決は受け入れて、ユグドラシルの魔境の変化の調査を考えた方が良さそうですね」
投げやり?
現実と妥協して折り合いをつけるのは大切なことだ。
次回の投稿は8月14日金曜日一時を予定しています。




