4-22 手紙
責任。
色々な意味で嫌な言葉だ。
けど、責任を放棄して無責任になりたくもない。
背負うべき責任から逃げるつもりはない。
……とはいえ、これはどうしたらいい?
私のとるべき責任とは?
王都にあるハイラムの屋敷に用意された私の部屋に、前世だと見たこともないような美女がいる。
静かな夜を存在だけで輝かせるような美の化身。
その名はハルルフェント。
昨夜、色々とやらかした思春期エルフの女性。
そんな彼女が涙を浮かべて、私に寄りかかっっている。
シチュエーションだけなら、ある種の恋の駆け引きでも始まるのかとドキドキするけど、実際は違う。
前日の醜態を謝罪しようと私の部屋を訪ねて色々考えていたハルルフェントは、考えすぎた結果私に責任とってとプロポーズにも聞こえることを言ってしまったらしい。
彼女が真剣なら、この場で結婚を承諾する選択肢もあり得るけど、現状だとなしだ。
というよりも、醜態の責任という形での結婚だと、ハルルフェントも後ろめたい気分を抱えることになる。
相手の弱みや失敗に付け込むような婚姻は、将来的に破綻するだろう。
とはいえ、前日の醜態を謝罪するつもりだったのに、さらに醜態を重ねて、私の胸で泣くハルルフェントをどうしたらいい?
同情はするけど、かける言葉が見つからない。
「……忘れて」
しばらくして、冷静になったハルルフェントは顔を赤くして頭を抱えて小さくつぶやき、私は気まずい気持ちで応じた。
「えっと……はい」
正直、気まずくて慰めの言葉すら思い浮かばない。
「ファイス」
ハルルフェントが私を射抜くように見つめる。
「なんですか?」
私はハルルフェントの変化が理解できず、困惑しながら首を傾げる。
「……私に惚れているか?」
ハルルフェントの予想外の問いに、私はなかなか応じることができなかった。
「……えっと」
私はハルルフェントのことが嫌いじゃない。
美しいと思っている。
公私において、尊敬しているといえるだろう。
……けど、だ。
惚れているかといわれると、素直に「はい」と口にできない自分がいる。
「……はあ、わかった。負けないから」
ハルルフェントは不満そうにため息をして部屋を出て行った。
「わかりました」
でも、私にはよくわからない。
ハルルフェントはなんの勝負をしているのだろう。
手紙を書く。
単純なのに、なかなかこれが難しい。
いや、仕事上の手紙は苦手じゃないのだ。
むしろ、慣れている。
だから、村長としての手紙なら、悩むこともない。
けど、これが、ファイスという個人の手紙なると、手が石のように硬く重くなる。
とはいえ、停滞して時間を浪費するわけにはいかない。
なにしろ、王都にはあと数日しか滞在しないのだから。
もちろん、村に帰ってからでも手紙は出せるけど、王都で出した方が向こうに早く届くだろう。
そして、まずは、書くべきことと、書けないことを明確にしていく。
これは、わりと簡単だった。
次に考えるべきは誰に出すかだ。
事実を伝えるだけなら、前回のような私の近況を書いた物を一通用意すればいい。
でも、一通だけでいいのだろうか?
手紙とは情報伝達手段だ。
これが報告、連絡、相談の一環なら一通でいいだろう。
けど、手紙はそれだけじゃない。
人とのコミュニケーションでもあるはずだ。
多少、手間で内容が似たようなものになろうとも、手紙を送るということが、その人との関係の構築でもあるだろう。
そう考えると、親しい者たちに手紙を出すのは重要だ。
……さて、そこで重大な問題が立ちはだかる。
私にとって親しい者とは?
当然だけど、私の生まれた村の村人全員に、手紙を出す必要はない。
……なら、出す出さないのラインは?
……はあ、わからない。
普通の人はこんなことで悩まないのだろう。
でも、本気で、私にはわからないから、簡単に決めることができない。
例えば、親友のシャードには間違いなく手紙を出すけど、シャードの両親には?
それなりに、面識があり交流もあった。
けど、こういうときに手紙を出す相手かといわれると、素直にうなずけない。
人付き合いを区分して仕分けするのが難しいと思ってしまう。
家族、友人、村長、あとは数人。
……友人?
フォールは?
友人だ。
一緒に戦争を体験した戦友でもある。
でも、他の一緒に戦争に徴兵されたメンバーには書くべきだろうか?
……はあ、優先度の高い人たちの手紙を書いて、余った時間で他の人たちへの手紙を書くとしよう。
次の日、私はひたすら手紙を書き続けた。
こういった作業は、普段の村長としての業務で慣れているから苦じゃない。
その次の日も、手紙を書き続けようと思ったけど、魔境の村から伝令があった。
ユグドラシルの魔境に異変あり、と。
仕方ないので、手紙はそれまでに書けた三十通ぐらいにして、私の生まれた村に送ることにした。
送るといっても、前世のような郵便システムはないので、手紙の配達は冒険者や行商人が担うことが多い。
でも、王都から、帝国内の私が生まれた村に行くのには、別の国を経由する必要があるので、届くまで数か月はかかるだろう。
当然だけど、依頼料は数人組の冒険者のパーティーを数か月手紙の配達に拘束するから高額になる。
ケチって、能力の低い冒険者に依頼すると、途中で魔物や盗賊にやられて届かないときもあるから、中堅以上の冒険者に依頼することになるのだ。
さらに、手紙の返事が欲しいときは、それを私のところまで運んでもらうための費用も最初に支払う必要がある。
これは、手紙を受け取った相手が、返事を書かなくても返金はされない。
もちろん、冒険者によるお金の持ち逃げとかは普通にあるから、素性のよくわからない冒険者に依頼することはない。
ただ、身元のしっかりした実績と実力あるの冒険者パーティーへの伝手なんて、私にはないのでハイラムに紹介してもらい手紙の配達を依頼した。
依頼の総額は、普通の国民の年収数年分。
安くはないけど、高すぎるということはない。
そして、私には十分な支払い能力がある。
自覚があまりないけど、属性トレントどころか、普通のトレントの木材でも、かなりの値段で買い取られるから、私の資産は辺境の村長として大きい方だろう。
なんとか、書いた手紙の束をハイラムに紹介してもらった冒険者のパーティーに託して、私は魔境の村に向かって出発する。
しかし、ハイラムに紹介してもらった冒険者のパーティー。
当然だけど、帝国に向かうからパーティーに亜人のメンバーはいない。
冒険者たちの実力に疑問はないけど、ハイラムとのやり取りが気になる。
別に、冒険者たちに不自然な点はなかった。
ただ、気配がどうにも、冒険者というよりも、軍人に近い気がする。
規律や規則で自分を律して、命令に従う職業軍人。
あの冒険者たちは、本当に優秀な冒険者としての実績はあるのだろう。
ただ、それとは別に、王家や王子の命令を実行する組織の要員なんじゃないかと、少しだけ考えたりもした。
けど、すぐに、それらは意識の外に追いやる。
なにしろ、今はユグドラシルの魔境に異変が起こったのだ。
村長として、そちらに全力で集中する。
そして、ユグドラシルの魔境で起きた異変だけど、具体的にはヴァルキリーを何度か見かけたらしい。
ヴァルキリーは、ベルセルクやウールヴヘジンよりも強力な魔物だ。
でも、これまでユグドラシルの魔境に出現するヴァルキリーは、陰湿なリスの魔物であるラタトスクに召喚されたケースが大半で、ヴァルキリーがラタトスクと無関係に出現するケースはあまりなかった。
だから、異変なのだ。
ただ、今回、偶発的に出会ったケースのヴァルキリーは単体だったので、なんとか狩ることに成功したらしい。
村長として、村人たちがヴァルキリーを狩れるほど成長していることは嬉しい。
でも、単純に村人が成長したと喜べる話じゃないのだ。
一見すると私たちには理解できない状況でも、魔境に出現する魔物の変化には、魔境の活性化などの理由がある。
まあ、ユグドラシルの魔境に脈絡なく出現したトレンドイーターのような例もあるから、一概には言えない。
つまり、ユグドラシルの魔境のどこかでヴァルキリーの出現を誘発するようなことが起きている可能性があるのだ。
推測でしかないけど、下手をしたらユグドラシルが成長した可能性もありえる。
ユグドラシルの魔境の変化に村長として悩みながら、私、ハイラム、ハルルフェント、チャルネトの四人でユグドラシルの魔境のなかにある村を目指して駆け続ける。
そして、ユグドラシルの魔境に到着しても休むことなく、さらに村への足は緩めない。
なにしろ、足を踏み入れた瞬間からユグドラシルの魔境の雰囲気が違うのだ。
どうにも、重く拒絶するような威圧感がする。
私は、自然と収納袋から破魔鋼の大斧を装備して、駆ける速度をわずかに落として、段々と呼吸を整え、視野を広くして警戒を強めた。
その効果はすぐに出る。
不意打ちの高速で飛んできた魔力で生み出された光の槍を、破魔鋼の大斧で切り伏せた。
出現したのは、五体の羽根飾りの付いた兜に輝く白銀の鎧を身に纏った身長二メートル以上の美女たち。
ヴァルキリーだ。
けど、一体だけ、雰囲気が明らかに違う。
多分、あいつはヴァルキリーの上位種。
感覚的に、私よりも強い。
経験を積んで成長した今の私なら通常のヴァルキリーなら、一対一で負けることはないだろう。
でも、複数のヴァルキリーを同時に相手にするのは難しい。
なかなか難しい状況だ。
上位種のヴァルキリーの対処を誰がするか?
実力的に一対一で勝てるのは、ハイラムだけ。
けど、そうなると、残りの私たち三人で四体のヴァルキリーを相手にすることになる。
それは、私、ハルルフェント、チャルネトの三人が上手く連携できてもかなり厳しい結果になるだろう。
正直、ハイラムがヴァルキリーの上位種を倒すまで、生存できるかも怪しい。
なら、どうするか?
答えは一つだけ。
私がヴァルキリーの上位種の相手をする。
構図的には、以前ヴァルキリーと初めて戦ったときに、似ているだろう。
一度だけ、素早く深呼吸をして、気持ちが切り替わったと思い込み、意識を眼前の相手に集中。
でも、常に視野は広く維持。
内からわき上がり私の動きを縛ろうとする恐怖を、状況の分析と生存への道理と結び付けて制御。
全身の魔力を淀みなく循環させる。
「ファイス、任せた」
ハイラムの淡々と告げた言葉に、私は自然と笑みを浮かべた。
ハイラムも、状況的にあのヴァルキリーの上位種は、私が相手にすべきだと判断したのだ。
相手は明らかに強敵なのに、ハイラムは不安や疑いの混じらない声で言った。
これほどの信頼、奮起しない理由がない。
それに、目の前の上位種が相手なら、いい勝負ができる可能性はあるのだ。
なぜ、なら、上位種の手にしている武器が、槍と斧を混ぜたような長柄の武器ハルバードだから。
つまり、槍のように刺突できる斧とみなすこともできる。
斧の部分による攻撃限定だけど、私の斧スキルで相手の動きを読めるかもしれない。
私にとって、それは勝機と呼べるほど確実じゃないけど、上位種が槍や剣を装備していた場合よりは戦えるだろう。
上位種に向かって踏み出す私に、二体のヴァルキリーが間合いを詰めてくるけど、私の意識は上位種を見据えたままだ。
なぜなら、すぐに、無数のベルセルク鋼の矢と闇属性の魔力の刃が、二体のヴァルキリーを襲って私への攻撃を許さない。
私は破魔鋼の大斧を振り被り、上位種を見つめる。
距離は十メートル。
一歩だと、少し遠い。
通常なら。
強撃を利用しても、まだ足りない。
けど、新しい力がある。
まだ、まったく使いこせていないけど、最速最強の一撃を振るだけなら、活用は可能。
身体能力を強化して、強撃で破魔鋼の大斧を大きく踏み込みながら振るう。
私の一撃の威力が予想外だったのか、ハルバードで受け止めた上位種は五メートルほど後退した。
今の一撃から、いくつかのことが分かる。
まず、上位種が手にしているハルバードの素材は、ベルセルク鋼じゃない。
もし、ベルセルク鋼なら、トレントイーターの角も素材にしている破魔鋼の大斧の一撃を受け止められるわけがないのだ。
上位種のハルバードは、柄まで金属製で青緑色をしている。
おそらく、フレイヤ鋼か、それに近いなにか。
相手の武器がアップグレードされているのは、頭の痛い問題だ。
でも、それ以上に、上位種となんとか戦えそうだと感じた。
勝機とはいえない。
私は身体能力、斧を扱う技術で上位種より劣っている。
けど、上位種はハルバードを美しく扱うのに、戦い方が雑なのだ。
常闇の城塞都市で戦ったデュラハンのほうが、弱かったけど戦うための体の使い方は美しかった。
「君は動きが雑だね」
私が素直な感想を口にすると、上位種からの殺気が膨れ上がった気がした。
次回の投稿は7月17日金曜日1時を予定しています。




