4-21 帝国と王国
ある種の思い込みだろうか?
歴史上、何度も大規模な戦争をした相手。
両国の国境での小競り合いは毎年のように発生している。
大国同士でありながら、国境での往来は認められた商会だけという限定的なもの。
冒険者や傭兵は直接両国間を行き来することができない。
行き来するためには、わざわざ遠回りして他国を経由する必要があるのだ。
それくらい、両国の外交は極寒のように冷え切っている。
両国はかろうじて断絶していないが、お互いを不俱戴天の敵と認識しているというのが、この世界の常識だ。
そう、両国は仮想敵国で仲が悪いはずなんだけど、目の前の銀髪の眉目秀麗な王子であるハイラムは、皇帝と仲がいいと口にした。
意味がわからない。
それが、私の率直な感想だ。
「ある種の茶番だな」
ハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「茶番ですか?」
「千年以上前に王国は帝国に対して、反逆するために建国された」
「なのに、茶番?」
私には、千年前の歴史と茶番という言葉が上手く結びつかない。
「ああ、そもそも、その反逆もドゥール王国の初代国王と、当時のリザルピオン帝国の皇帝による自作自演だ」
「はあ? 自作自演?」
ますます、意味がわからない。
思考がまったく追いつけない。
けど、
「当時の帝国は、大陸の覇者で今よりも強大だった。だが、強大すぎるせいで、至る所に綻びが生まれていた」
ハイラムは淡々と説明を続ける。
「綻びですか?」
理解はできる。
前世でも、超大国となった国が、ささいな綻びから崩壊する歴史は何度もあった。
巨大になった弊害で、組織の新陳代謝が滞り、国家の細部が見えなくなり、些細な違いやズレが許容されなくなり崩壊する。
珍しくもない。
国じゃなくて、企業でも大きくなると、人材を制御しきれなくなり、傲慢な経営や発言を当然として、最後には消費者を敵に回して倒産することもよくあった。
「当時の帝国は亜人に、今よりも寛容だったが、そのせいで種族間のトラブルが頻発していた。それに、人族に関しても帝国は多民族国家で、各民族の文化の違いによるトラブルも後を絶たなかった」
ハイラムの語る当時の帝国のトラブルの種は理解したけど、それが王国の建国にどうつながるのかわからず応じる私は困惑している。
「……それと、王国建国にどのような関係が?」
「種族と民族のトラブルを同時に解決するための茶番だ」
「はあ?」
「わからないか?」
「まったく、わからな…………現在の帝国に亜人はいません」
王国の建国は、帝国が種族と民族解決のための茶番だという。
そして、現在、帝国に亜人がいないという事実を並べると、ハイラムの言う茶番の輪郭が見えてきた気がする。
「そうだな」
「王国には亜人がいる。そして、各亜人の国とも仲がいい」
「その通りだ」
「……多民族をまとめるために、亜人を共通の敵として差別する構造を作った?」
……確かに、茶番だ。
酷い茶番だ。
茶番の詳細を私は知らない。
でも、打算的で効率的な茶番だとわかる。
わかってしまう。
当時のリザルピオン帝国は……いや、当時の皇帝は、種族と民族という二つの問題を解決するために、亜人の差別か、排斥のようなことをした。
そうすることで、差別と排斥が亜人たちを団結させて王国建国という流れになる。
当時の皇帝と、初代国王の思惑通りに。
そして、一方の帝国の内の多民族を、亜人という共通の敵を作ることでこちらも団結させて、国内を安定させた。
為政者としては正しい合理的な政策なのだろう。
けど、私には嫌悪感を抑えることができない。
「お見事」
ハイラムが手を叩いて、皮肉気な冷めた笑みを浮かべる。
まるで、それに思い至る私も同類だと言われているみたいだ。
「それに、よく考えればエルフの国、獣人の国、ドワーフの国の国境は王国と接していても、帝国と直接接してはいない、偶然ですか?」
「いや、ある意味で、その三つの国を帝国から守るためにドゥール王国を建国したことになっているからな」
ハイラムの言葉に、嫌な気分になる。
ハイラムの罪じゃない。
でも、国家の都合で、亜人が意図的に差別され、それを助けるような形で王国が亜人たちの防波堤として建国される。
醜悪なマッチポンプで、笑えない茶番だ。
「つまり、両国のトップは、昔からつながりが?」
「まあ、時々、険悪になる例外はあるが、基本的に良好な関係を築けている」
ハイラムの言葉に、それはそうだろうと納得する。
先人の理念や歴史など知ったことかと、相手の国を滅ぼそうとする新世代のトップが出てくることも十分にありえるだろう。
もっとも、運がいいことに、どちらかの国が亡ぶという事態はなっていない。
………運だろうか?
ある種の安全装置としての機関や組織が、両国の滅びを回避させていた……とか?
……飛躍した陰謀論だな。
「それは、私が聞いても?」
「国家機密というほどではない。知っている者は知っている公然の秘密だな」
「なるほど。それでも、帝国と王国のトップには、現在までつながりがあると?」
「ああ、現国王と皇帝の仲は悪くない。それに、現皇帝は亜人に対して差別意識がない」
「それなのに、帝国内の亜人への排斥は継続するんですか?」
「あえて停止する理由がないからな。現状で、亜人への扱いを変えると皇帝が宣言したら、帝国国内は大混乱だ。王国にまで波及するだろう。それならば、無難な現状維持でいい」
ハイラムは恥じることなく淡々と告げる。
正しいことなのだろう。
感覚的に、腹のなかが沸き立つようで気持ち悪いし、胸のなかがゾワゾワと安定しないけど、そんなものは私個人の感情だ。
私にはハイラムを糾弾する意味も、資格もない。
この件に関して、私は無力で無責任な一介の村長でしかない。
「帝国というか、皇帝との関係はわかりました。けど、なぜ、その皇帝が、私に貴族の娘を結婚させようとするのです?」
「まあ、興味と牽制だろうな?」
「興味と牽制ですか?」
リザルピオン帝国の皇帝から、私は興味を持たれている。
嬉しくない事実だ。
権力者と関わるのは面倒でしかない。
特に、機嫌次第で相手を簡単に処分できるような圧倒的な権力者とは近づきたくないというのが、私の偽りなき本音だ。
「わからないか?」
「……えっと……ユグドラシル関連のことバレてます?」
帝国の皇帝から、余計なちょっかいをかけられたら面倒でしかない。
あからさまな工作はハイラムが防いでくれると思うけど、気づいたら村人の半分が皇帝の部下という事態もありえなくはないのだ。
二国間の駆け引きとか、暗闘なら私と無関係な領域でやって欲しいと思ってしまう。
「詳細までは把握しいないだろう。だが、ファイスが重要人物だと皇帝は理解しているのだろう」
「だから、貴族の娘と結婚の話で、ユグドラシル関連について把握しているということを匂わせて、王国に対して牽制しているのですか?」
「ああ、それに、この話は断られること前提だな」
「そうなんですか?」
断られるのに、提案するというのは無駄にしか思えない。
「本気なら、ファイスが結婚する候補の娘の名前や経歴くらい書くだろう。それがないということは、候補の選定すらしているか怪しいな」
「それは……なんとも凄まじい話です」
私は、感心と呆れが混ざった心で言葉を口にした。
候補者もいないのに、結婚を相手に打診とか意味がわからない。
「それに、ファイスは皇帝の話を断るということで、借りをつくった形になる」
「……それは借りの押し売りじゃないですか?」
心底とうんざりした気持ちになる。
断られることが前提の話をもちかけて、断ったら借りになるとか、あまりにも卑怯だ。
「相手は大国の皇帝だから、強引な押し売りくらいするさ。だが、ファイスは王子である俺に関係があるからな、無茶な要求はしないさ」
ハイラムの言葉に、私は少しだけ辟易とした気持ちになる。
無茶な要求はしない。
つまり、リザルピオン帝国の皇帝目線で無茶じゃない要求をしてくるということだ。
皇帝が、農奴生まれの私に対して配慮してくれるとありがたいけど、そんな配慮が期待できるなら、そもそも断られる前提の結婚の話とかもちかけてこないだろう。
憂鬱なこともあれば、予想外に良いこともあった。
知らなかった霊酒の能力の発見だ。
発見できたのはほとんど偶然だった。
モヤモヤする気持ちを晴らすために、全身の魔力を循環させていて気付いたのだ。
違和感があると。
といっても、悪いことじゃない。
肉体の魔力を高めると、身体能力が強化されるのだ。
最初はこのわけのわからない身体強化に首を傾げていたけど、ハイラムやチャルネトと話して、色々と試して理解した。
この身体能力の強化は、霊酒の効能だと。
元々、霊酒を飲むと身体能力強化のバフがかかる。
けど、それは一時的なものだった。
その効果は、間違いなく消えていたし、今も消えている。
分かりやすく言うと、霊酒による一時的な身体能力の強化バフは消えたけど、魔力を消費することで身体能力を強化することができるようになった。
この魔力を消費して身体を強化する能力は、回数制限などはないようで、完全に私の能力になっているようだ。
霊酒を飲むだけで、魔力を消費して身体を強化する能力が手にはいるのだから、かなり破格といえるだろう。
あの面倒な死霊樹を倒したのに、得られた霊酒の枝は少し地味な能力だと思ったけど、そんなことはなかった、
身体を強化するために消費する魔力もわずかで、日蝕の腕輪の魔力回復量より、少し多い程度。
これはかなり使い勝手がいい。
通常、身体強化の装備やアイテムを冒険者や傭兵が敬遠するのは、それが一時的なもので身体を制御する感覚が狂うからだ。
一時的な強化だと、上昇した力に振り回されて動きが直線的で雑になることが多い。
それは、この魔力を消費して身体能力を強化するのも同じだけど、意識的に制御できる能力なら、それなりの期間訓練することで慣れることも可能だろう。
身体強化の発動自体は物凄く簡単だ。
タメ切りや強撃よりも容易かもしれない。
しかも、この強化だけど、意外にも奥が深そうだ。
普通に発動させれば、全身の身体能力が強化される。
でも、やり方次第で、体の一部だけを強化するような調整ができた。
部分強化のメリットは全身を強化するよりも消費魔力を抑えられるというのもあるけど、それ以上に強化する部分を限定したら上昇する能力が通常よりも上がるのだ。
全身強化だと一の上昇だったのが、部分強化だと五の上昇になるような感じだといえる。
必要な時に、必要な部分だけを強化したほうが、理論上は効率的で有用だ、実行可能なら。
現状だと、流れるように遅滞なく必要な部分の身体を強化するのは難しい。
けど、これは訓練でものになる技術だ。
斧を極めるのに有効な技術だろう。
とはいえ、急いで覚えないといけない差し迫った理由もないから、焦らずに身に着ければいい。
………ここまでが朗報だ。
ハイラムと実際に手合わせて、身体強化を調べるのはなかなか面白かった。
手合わせで見えるハイラムの奥深い戦闘技術と、新たな身体強化の有用性。
半日が一瞬であるかのように、胸の躍る楽しい時間だった。
そう、満たされた一日が終わる……はずだった。
夜になり王都にあるハイラムの屋敷の私に割り当てられた部屋を開けると、凝縮した暗く冷たい気が満ちていたのだ。
そして、その気を放っていたのは、無表情でうつむく美しい思春期エルフのハルルフェント。
まあ、ハルルフェントは、昨日の行為を今日になって冷静に思い返して、恥ずかしさで死にたい気分なんだろうなとは、想像がつく。
……想像がつくけど、どうしろと?
……触れたくない。
できれば、スルーしたい。
……無理だな。
前世、無礼講だからと、飲み過ぎやらかした職場の新人を思い出す。
そいつも、次の日、今のハルルフェントと同じような状態だった。
「ハル、どうかしました?」
私はできるだけ気にしていないというふうに、ハルルフェントへ声をかけた。
「ファイス!」
ハルルフェントが叫びながら、私の服の襟をつかんでくる。
血走らせた狂気すら感じられる美女の顔を至近距離に迫ると色々な意味で威圧感を覚えてしまう。
「なんでしょう」
すでに、私は腰が引けて逃げ出したい心情だ。
「責任取って!」
ハルルフェントの叫び声が部屋に響く。
次回の投稿は7月3日金曜日1時を予定しています。




