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転生者は斧を極めます  作者: アーマナイト


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4-20 霊酒とハルルフェントと、帝国からの

 意外な一面というのは魅力的だったりする。


 しかし、それも長く続けば慣れてしまう。


 つまり、私がなにを言いたいのかというと。


 早く、この状況から解放されたい。


 静かな夜のベッドの上で絶世の美女と二人きり。


 蠱惑的な光景になるはずなのに、現実は非情だ。


 私はベッドの上でハルルフェントにつかまっている。


 もっとも、ハルルフェントがつかんでいるのは、霊酒の枝を手にした私の腕だ。


 始まりは少し前、日が沈んで寝るまでの時間で起こる。


 王都にあるハイラムの屋敷で、死霊樹のドロップアイテムの霊酒の枝の検証をしていた。


 まあ、実態は霊酒の味見をするための飲み会である。


 そうすると、この霊酒の枝が、なかなか面白い。


 魔力を流すと様々な回復とバフ効果のある酒を生み出すアイテムなんだけど、魔力を流す人物によって生み出される酒の味が変わる。


 ハイラムだと、辛口で渋味と酸味がアクセントになったさっぱりとしたお酒。


 猫族の獣人のチャルネトだと、見た目が黒くなり甘味が強く、芳醇で優しい果実の香りが印象に残る余韻の楽しいお酒。


 思春期エルフのハルルフェントだと、熟成の浅い蒸留酒という感じで、ほぼアルコールという感じで正直美味しいお酒じゃない。


 そうやって、四人で雑談しながら、霊酒の枝の味や効能を調べていた。


 ただ、霊酒の枝で生み出されるお酒には、状態異常回復効果があるので、どれだけ飲んでもほろ酔いにすらならない。


 だから、早々に、ハイラムとチャルネトは自分の部屋に帰ったのに、ハルルフェントはなぜか帰らなかった。


 夜中に、美女とお酒を飲みながら二人きり。


 それなのに、この場の雰囲気が色っぽくないのはなんだろう。


 ハルルフェントから、


「部屋に帰りたくない」


 といわれたときは、正直なところ私はかなりドキドキしたんだけど、すぐにそれは色っぽい誘いじゃないとわかった。


 なにしろ、ハルルフェントが青い顔をしているのだ。


「ハル、どうかしました?」


「はっ? 別に、なんでもない」


 そう、なにかに耐えるような表情のハルルフェントは、私の腕をつかんで離さない。


 明らかに、なにかある。


 いくつか、仮説を考えてみた。


 唐突に、私に対してハルルフェントがハニートラップを実行しようとしている可能性。


 ……ないな。


 ハルルフェントは、容姿の整った美女だけど、そういった手法ができるとは思えない。


 そもそも、エルフの国が私にハルルフェントを使ってハニートラップを仕掛ける理由が…………バロメッツの肉関連とか、なくもないけど、現状だと可能性は低いだろう。


 そうなると、なんらかの理由により、ハルルフェントは私といる必要がある可能性はどうだろう?


 でも、ハルルフェントに夜のベッドで私と一緒にいる必要とは?


 そこで、改めて、ハルルフェントを観察する。


 ……怯えている?


 ……けど、ハルルフェントが怯える理由なんてあるだろうか?


 強力なベルセルクの群れを単独で蹂躙できるハルルフェントが怯えるような脅威?


 そもそも、特定のなにかに怯えているという感じゃない。


 漠然と、正体不明のなにかに怯えているような…………あれ?


 もう一度、怯えるハルルフェントに視線を向ける。


「なに?」


 明らかに、怯えているのにハルルフェントは虚勢を張っている感じがする。


 ……既視感がある。


 前世、学校でクラスメイトたちが怪談で盛り上がっているときに、明らかに怖がっているのに強がって平気なフリをしている奴がいた。


 今のハルルフェントの表情は、そのときの強がっていた奴に似ている。


 つまり、ハルルフェントは怯えているということ。


 けど、結局、同じ疑問に戻ってしまう。


 ハルルフェントは、なぜ怯えている?


 ハルルフェントがいつも怖がっているなら平常運転ということになるけど、普段の彼女は責任感があり勇敢で怯えたりしない。


 なら、恐怖の原因は直近ということだろう。


 …………もしかして桜霊兵か?


 でも、確かに、桜霊兵は視覚的、聴覚的、嗅覚的に冒涜的で嫌悪感と恐怖を覚えてしまう。


 それは、事実だけど、桜霊兵は死霊樹の呼び出す魔物だ。


 死霊樹がいなければ出現しない。


 どう考えても、王都で魔物の桜霊兵と出会う可能性は皆無だ。


 ハルルフェントが王都にいる限り、桜霊兵は彼女にとって現実的な脅威じゃない。


 ということを、気づかって説明したら、


「……バカ」


 涙に目を潤ませるハルルフェントに睨みつけられてしまった。


 …………なるほど、ハルルフェントは桜霊兵がトラウマになったとか、現実的な脅威として怖がっているわけじゃないようだ。


 どちらかといえば、怖いホラー映画をみて夜中に、一人でお風呂に入ったり寝たりするのに怯える感覚に近いのかもしれない。


 そう考えると、ハルルフェントの怯える姿も微笑ましいような気がする。


 どちらにしろ、ハルルフェントは怖いから一人になりたくないのであって、私と一緒にいたいわけじゃないから、そこを勘違いしちゃいけないだろう。


 だから、ハルルフェントは永遠に、霊酒の枝から霊酒を生み出すことを要求する。


 なにしろ、この霊酒には、状態異常回復効果があるのだ。


 そして、この世界だと恐怖も状態異常に分類されることもある。


 つまり、ハルルフェントは霊酒を飲んでいる限り怯えることはない。


 まあ、飲むのを止めて数分経ったら再び恐怖が復活するので、ハルルフェントは恐怖から逃れるためには飲み続ける必要がある。


 さっさと寝てしまえばいいと思うんだけど、ハルルフェントとしてはそれは嫌らしい。


 なかなかわがままだけど、私には特に今日も明日も急ぎの予定もないでのハルルフェントの奇行に付き合ってもいいだろう。


 ……ただ、懸念もある。


 ハルルフェントは気づいてないようだけど、彼女は霊酒を飲み続けているのだ。


 まあ、ようするに、あと少しでハルルフェントの膀胱は限界になるだろうと予想される。


 それは、普通の生理現象だ。


 奇跡のような美しさをしていてもエルフも生き物なわけで、当然だけど排泄はする。


 普段なら問題じゃないことだ。


 でも、ここに一つのことを付け足すとどうなるだろうか?


 現状のハルルフェントは怖がっている。


 それも、一人になりたくないと醜態をさらしてしまうくらい恐怖を感じて冷静さを失っているのだ。


 …………さて、怖いから一人で寝ることを拒否して、私と霊酒を飲み続けているハルルフェントは夜中に一人でトイレに行けるだろうか?


 ハルルフェントの恐怖はそこまでじゃないと思いたいけど、否定する要因がない。


 とはいえ、女性のトイレに同行するというのはどうなんだろう?


 ………いや、どうもこうもないな。


 普通に、ダメだろう。


 問題は、だ。


 私がトイレに同行することを拒否するという常識的な意見を、今の状態のハルルフェントが受け入れるかということ。


 結果は……ダメだった。


「ファイス、いる?」


 トイレの扉越しにハルルフェントが、私に声をかけてくる。


「いますよ」


 と、返事をしながら、聴覚と嗅覚が捉える感覚を即座に忘却していく。


 ある種の性癖の者には、嬉しいシチュエーションかもしれないけど、私にとっては苦行でしかない。


 ……そもそも、ハルルフェントは一人でいるのが怖いというけど、それなら一緒にいる相手は私である必要はないはずだ。


 むしろ、同性のチャルネトのほうがよかったんじゃないかと思ってしまう。


 とはいえ、今さら寝ているチャルネトを起こすのも悪い。


 それに、なにより、理由や状況に不満や困惑はあるけど、怖がっているハルルフェントは私にいて欲しいと願ったのだ。


 悪い気はしないし、嬉しくもある。


 しかし、桜霊兵とはそこまで怖いものだろうか?


 …………うーん、否定できない。


 前世のホラー作品なら、桜霊兵よりも不気味だったりグロかったり、怖いものはいくらでもあった。


 けど、怪談やお化け屋敷のような娯楽をほとんど見かけないこの世界だと、桜霊兵はトラウマレベルの恐怖の対象なのかもしれない。


 その後、夜の闇が朝の光で消えると、ハルルフェントはなにごともなかったように、軽やかな足取りで自分の部屋に戻っていった。


 トレントの伐採で数日の徹夜に慣れている私は、そのままベッドで眠ることなくハイラムと朝食を食べている。


 ハイラムの顔の暗い色が薄くなったから、常闇の城塞都市での気晴らしも無意味じゃなかったようだ。


「ファイス」


 ハイラムの軽い調子の言葉に、ハルルフェントの状態でも聞かれるのかと考えながら私は応じる。


「なんでしょうか?」


「帝国から、貴族の娘を紹介する用意があると打診があった」


 ハイラムが淡々と告げた言葉の意味が理解できずに、応じるのに一瞬だけ間ができてしまった。


「……はい? 帝国の貴族? リザルピオン帝国ですか?」


 リザルピオン帝国は私の生まれた国だ。


 とはいえ、それだけでしかない。


 会ったこともないし、肖像画すら見たこともないし、声を聞いたこともない、リザルピオン帝国の皇帝に忠誠心なんて私のなかにはない。


 当然だけど、リザルピオン帝国への愛国心もないと断言できる。


 別に、帝国や皇帝に恨みもないけど、義務以上のなにかをしようとは思わないのは確かだ。


 その帝国から、貴族の娘を紹介するという打診?


 ……意味がわからない。


 なぜだろう。


「他に帝国はないだろう」


「なぜ、私と?」


「ファイスは俺と面白ことをやっているから、帝国はつながりが欲しいのだろう」


 ハイラムの言っていることも間違いじゃない。


 王国の王子の側でなにかをやっている帝国出身の村長。


 帝国が私に興味を持つという理屈はわかる。


 貴族の娘を紹介するということまでするだろうか?


「私は元々帝国の農奴ですよ? 身分違いじゃないですか?」


 現状、私は王国の平民で村長だけど、元は帝国の農奴だ。


 帝国の貴族だって、わざわざ私を相手に自分の娘を差し出したいとは思わない。


 でも、ハイラムが話すということは、そういう話があるのは事実なのだろう。


 もしかしたら、純粋な貴族の娘じゃなくて、前世の中世でもあった適当な娘を教育して養子にして貴族の娘にする手法かもしれない。


「爵位か、子爵までならすぐに用意するが?」


「……遠慮します。そもそも、帝国の意図がわかりません」


 元帝国の農奴が、王国で爵位をもらう。


 どう考えても、トラブルにしかならないだろう。


「深い意味はない。現状、お前は独身だから、つながりを持って将来的に役に立てばいいくらいのものだろう」


「えっと、それって、相手の女性が不憫に思えるんですけど?」


 帝国の貴族としては深い意味はないけど、私のしていることが少し気になったから、娘との婚姻相手に考えるとか、貴族の思考が理解できない。


 合理的というか、深謀遠慮なのか、情を感じられないと私は思ってしまう。


「……そうだな、当人のことなどまるで考えていない、国の思惑による強要だな。……ああ、そうだ、俺はミエルサになんてことを……」


 ハイラムが両手を顔で覆って嘆く。


 せっかく、立ち直りかけていたのに。


 私は慌てて口を開く。


「……殿下、大丈夫ですか?」


「……ああ、大丈夫だ。帝国には俺から断りの連絡をしておく。ファイス、お前はちゃんと愛した者とむすばれろ」


 ハイラムが色々な感情のこもった瞳で見つめてくる。


「えっと、了解しました」


 とはいえ、私は人を愛するというのが苦手な気がする。


 友情はなんとか理解できるけど、家族への親愛と異性への恋愛を理解しているか怪しい。


 もちろん、私のなかにそれらの感情が存在しないというわけじゃない。


 けど、斧を極めるためのなにかがあれば、私は恋人や家族よりも無意識にそちらを優先してしまう気がする。


「しかし、殿下、リザルピオン帝国と王国は、仲が悪いんじゃないのですか?」


 最近、大きな戦争はしていないけど、二国間の国境での小競り合いは何回もしている。


 友好国というより。お互いに仮想敵国のはずだ。


「国と国という意味なら、険悪で間違いない」


 あっさりと肯定するハイラムに、私は疑問の言葉を口にする。


「なら、帝国の貴族の娘と私が結婚というのは、そもそも成立しないんじゃないですか?」


 仮想敵国に娘を送るということは、事実上人質のようなものだろう。


 結婚の相手がハイラムのような王族ならともかく、元農奴の私を相手に結婚を打診するというのが理解できない。


 あるいは、断られることを前提とした外交戦術として狙ってるのか?


「一応、王国と帝国は外交的な付き合いはしている。だが、ファイスは勘違いしているな」


「勘違いですか?」


「ああ、今回の話を言い出しているのは帝国の皇帝だ」


「はい? 皇帝陛下ですか?」


 なぜ、仮想敵国の親玉ともいえる皇帝が、わざわざ王国のハイラムの下で働いている私に関心を持つ?


 意味がわからない。

次回の投稿は6月19日金曜日1時を予定しております。

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