4-19 霊酒の枝
「これが死霊樹のドロップアイテムか」
不気味な赤い彼岸花の花園で、白銀の全身鎧を装備したハイラムが、死霊樹のいた場所から二十センチくらいの長さの枝を拾って見せてくれた。
「どのようなアイテムなんですか?」
私はハイラムの拾った枝を見ながら首を傾げる。
見た目は、特徴のない普通の枝だ。
死霊樹のように不気味に黒かったりもしない。
「おそらく霊酒の枝だな」
ハイラムの言葉に、首を傾げながら応じた。
「霊酒の枝?」
「そうだな、ファイス。口を開けてみてくれ」
「はい? 口を?」
私が口を開けると、ハイラムが霊酒の枝の先端を向ける。
次の瞬間、枝の先端から透明な液体が飛び出し、口内を満たした。
「これは?」
間違いなく、口のなかに広がったのお酒の味だ。
それも、樹木と果実の複雑で芳醇な香りでスッキリとした爽やかな後味で飲みやすい、好みにもよるけど美味しいお酒だろう。
「どうだ?」
「お酒です」
「それだけか?」
「えっ?」
自分の体の状態を確認。
戦闘の後だというのに、疲労感がない。
もちろん、常時微回復効果のある日蝕の腕輪を装備しているということもあるけど、わずかな疲労すら感じられないということはないだろう。
それに、妙に体が軽い気がするのだ。
…………身体強化系のバフ効果だろうか?
「回復と身体強化バフですか?」
「ついでに状態異常回復効果もある」
「凄いですね」
それだけの効果があるなら、このお酒は回復アイテムとしても優秀だ。
「だから、いくら飲んでも酔わない……らしい」
言い切らないハイラムに、私は首を傾げながら応じた。
「らしい、ですか?」
「俺も霊酒の枝の現物を見たのは初めてだからな」
ハイラムの言葉に、私は驚きながら応じた。
「レアなんですか?」
エンドレスインフィニットクロニクルというゲームにプレイ経験のある転生者で、優秀な王子という立場のハイラムでも霊酒の枝を見たことがないというのは、なかなか凄いことだ。
それだけ、貴重で入手困難なのかもしれない。
「国宝級とは言わないが、かなりレアなのは間違いないな」
「そのアイテムが欲しかったんですか?」
私の言葉に、ハイラムが応じるまで一瞬の間があった。
「……いや?」
「えっ? 違うんですか?」
霊酒の枝が目的じゃなければ、なぜわざわざ死霊樹と戦ったのかわからない。
もちろん、一番の目的は妻のミエルサと色々とあったハイラムの気晴らしだ。
けど、単純な気晴らしなら、相手は死霊樹じゃなくてもよかった気がする。
「それは、死霊樹を倒したことがないから、倒してみたかっただけだ」
「それだけ?」
「ああ、そうだ」
ハイラムがはっきりと言い切った。
うん、嘘偽りなく、倒したことのない魔物の死霊樹を倒したかったのだろう。
それに、収穫は霊酒の枝だけじゃない。
ハイラムのレベルが上がった。
ついでに、ハイラムの装備している聖剣巡礼者の導きという名の青い大剣も成長したらしい。
ハイラムが愛用している青い刀身の大剣は巡礼者の導きという名の聖剣で、一定の条件を満たすと成長するそうだ。
ちなみに、聖剣と普通の剣は明確に違うらしい。
聖剣は竜族や神の眷属の存在に対して有効なのだそうだ。
ハイラムが巡礼者の導きを愛剣に選んだのにはいくつか理由がある。
成長すれば最終的にトップクラスの剣の性能になるからというのもあるけど、それ以上にエンドレスインフィニットクロニクルにおいて巡礼者の導きは不壊の特性、つまり壊れなかった。
この不壊の特性は、巡礼者の導きのデフォルトの能力で、現実において武器が壊れないというのは、特に戦場でかなり重要になる。
とはいえ、ゲームと違いここは現実だ。
ゲームでシステム的に壊れないからといって、今の現実で壊れないわけがない。
実際、ハイラムが実験してみたら、いつくかの方法で巡礼者の導きを破壊できたそうだ。
そして、ハイラムが巡礼者の導きを愛用している理由の一つに比較的入手しやすく、複数個を入手可能なこともある。
ゲームと違い現実だと、入手困難な珍しい武器なんてトラブルの原因でしかない。
現状でも巡礼者の導きはかなり成長していて、破魔鋼の大斧クラスより二ランクくらい上まで成長しているそうだ。
それに未確定な情報だけど、ハイラムの感覚だと巡礼者の導きはゲームの物と違って、成長に限界がないらしい。
つまり、理論上は世界最強の武器にまで成長できる。
ただし、巡礼者の導きを成長させるためには、アンデッド系の魔物を倒す必要があるのだけど、成長すれば成長するほどゲームにおける経験値のような値は大きくなり、次に成長させるためには死霊樹クラスのアンデッドを大量に倒さないといけないらしい。
そして、そんな聖剣でもある巡礼者の導きの力を十全に引き出すには、特定のジョブについている必要があり、そのジョブの一つがハイラムのジョブでもある聖剣士だったりする。
ハイラムによれば聖剣士はかなりレアなジョブらしい。
やり方を知らなければほぼ聖剣士になれないそうだ。
けど、話を聞けば納得する。
そもそも、聖剣士のジョブになるための条件が聖騎士のジョブであることだ。
意味不明すぎる。
私の常識だと、ジョブは人生に一度だけ決めるもののはずで、気に入らないからとかで選択をやり直すということはできないはずだ。
でも、聖剣士のジョブは数少ない例外らしい。
とはいえ、ハイラムもよくやったと思う。
やり直しができないのに、ハイラムは前世のこの世界によく似たエンドレスインフィニットクロニクルというゲームの知識に従って、聖剣士になるために聖騎士を目指した。
もしも、ゲームと違いこの世界に聖剣士というジョブがない、あったとしてもなるための条件がエンドレスインフィニットクロニクルと違かったらどうするつもりだったのだろう。
まあ、実際に、ハイラムは聖剣士になれたんだから凄い。
それで、この珍しい聖剣士というジョブだけど、かなり汎用性が低いというか、ある種の能力に特化している。
なにしろ、聖剣を使うことに特化したジョブだ。
聖剣士は聖剣スキルという珍しいスキルを習得できる代わりに、それまで習得していた剣スキルを失ってしまう。
一応、聖剣スキルでも、剣を使用したときに補正はあるらしいけど、剣スキルよりは低く、逆に聖剣を使うときの補正が剣スキルに比べて聖剣スキルは大きい。
だから、聖剣を装備して戦うなら聖剣士のジョブがベストなのだろう。
知識があっても普通は、そんなリスクを背負って聖剣士のジョブを目指さない。
それでも、ハイラムが聖剣士のジョブを求めたのには理由がある。
聖剣が邪神の使徒に対して有効で、その力を最大限引き出せるジョブが聖剣士だったから。
本当に、徹頭徹尾、ハイラムは邪神の使徒を倒すことに重点を置いている。
「さて、戻るか」
「もう、よろしいのですか?」
「あれと、戦いたいか?」
青い刀身の聖剣巡礼者の導きの切先でハイラムが示した光景は、赤い彼岸花の絨毯の奥の方に広がる無数のしだれ桜。
あの見えるしだれ桜のすべてが死霊樹?
現状のメンバーだと厳しいだろう。
というか、美しい思春期エルフのハルルフェントが回復していない。
肉体的なダメージはないけど、桜霊兵のグロテスクで冒涜的な形状はハルルフェントの精神を削っている。
まあ、仕方がない。
私としても、好んで戦いたい相手じゃない。
……死霊樹はアンデッド系で植物系の魔物だけど、珍しいことに私はトレントと違って積極的に戦いたいという思いにならないのだ。
「できれば二度と戦いたくないです」
「なら、ここに用はないな」
そういって、ハイラムはあっさりと常闇の城塞都市の出口に足を向ける。
「殿下は、ブレませんね」
「なにがだ?」
「邪神の使徒に対する姿勢です」
私の言葉に、珍しくハイラムは少しだけ言い淀んでから応じた。
「……そうでもない」
「そうなんですか? 邪神の使徒をなにがなんでも倒すという気概を感じますが?」
国や世界を滅ぼすかもしれない邪神の使徒の脅威を考えれば当然なのかもしれないけど、それでもハイラムの邪神の使徒への対応は度をこしているように感じるときがある。
「ああ、それは間違っていないな、俺は邪神の使徒という脅威を排除するために動いている。だが、最近は手段と目的を混同しているような気がする」
「混同?」
「ミエルサを妻にしたのも政略結婚で、邪神の使徒への対策の一環ともいえるだろう」
「有効な手段なのでは?」
前世の知識があり、善良で努力家で、亜人たちからも信頼されている王族が、国内の有力な貴族の娘と結婚する。
合理的で有効なはずだ。
「だがな、俺は邪神の使徒を倒すことが一番の目的ではない」
ハイラムがさらっと口にした言葉に、私は驚愕してしまう。
「えっ?」
邪神の使徒を倒すことに憑りつかれているように見えるハイラムの一番の目的が、邪神の使徒じゃないなんて私には信じられない。
けど、
「俺の目的は、愛する家族と、家族が愛するこのドゥール王国を守ることだ。だから、家族と王国の脅威になる邪神の使徒は倒す」
ハイラムの言葉を聞いて納得する。
ハイラムは、ただ闇雲に邪神の使徒を倒したいわけじゃない。
大切な者の脅威になるから、邪神の使徒は倒す必要がある。
「なるほど、間違っていないんじゃないですか?」
「そう思うか?」
「……はい」
「妻のミエルサをないがしろにしたのにか?」
自己嫌悪の色すら感じられるハイラムの言葉に、私は首を傾げながら応じた。
「しかし、それは、政略結婚の……」
正直、ハイラムがなにを問題にしているのかわからない。
「それが言い訳になるか! 確かに、ミエルサとは愛による結婚ではなかった。打算と必然による結婚だった。だが、それが言い訳になるか? 政略結婚であろうとも、ミエルサは俺の妻で、愛すべき家族のはずなんだ。なのに、俺はミエルサの物分かりの良さに甘えて、彼女自身に向き合うということをおざなりにしてしまった。ミエルサが、ファイスに関する文句や相談を俺にしなかったのも当然だな」
ハイラムの後悔の感じられる言葉に、私にとっても耳が痛い。
そして、自分が情けなくなる。
結婚して妻になったミエルサを愛すべき家族とみなさなかったことで、落ち込むハイラムに慰めの言葉すら自分は思いつかないのだ。
前世を含めればそれなりに人生を経験したというのに、家族や他人との接し方について私は理解できていない。
「殿下……」
兜で表情はわからなけど肩を落として明らかに気分が沈んでいるハイラムに、私は同情の眼差しを向けながら決意する。
村に帰ったら、すぐに家族への手紙を書こうと。
というか、家族への手紙は一通だけ出して、そのままだ。
故郷の家族や友人たちが、どうでもいいというわけじゃないけど、私の生活が忙しくてある程度満たされていたから、忘却の彼方に追いやっていた。
一応、私にはユグドラシルや聖域などの機密もあったけど、ハイラムに家族へ一切の連絡を禁止されていたわけでもない。
確かに、公的に仲の悪い王国から帝国に直通で手紙を届けるのは難しかったりする。
けど、他の国を経由するように遠回りすることになるけど、王国から帝国に手紙は届く。
手紙を出さなかったのは、私のただの怠慢。
……自分のことだけど、かなり薄情だ。
目の前の優先して処理すべき事項が立て込んでいたというのはある。
家族から逃げていたり、嫌っているわけじゃないけど、家族にとっての自分の重要性を低く見積もってしまっているのかもしれない。
両親にはリューベとフーリアという双子の弟妹がいるから、私という息子がいなくても困らないだろうと思ってしまう。
普通に考えれば、そんなわけがない。
弟妹がいたら、両親の兄への愛がなくなるなんて理屈は成立しないだろう。
どうにも私は根源的に、家族というか人を愛するということが苦手なようだ。
嫌っているわけでも、愛がないわけでもないけど、相手に伝えて確認するという観点が抜けている。
王国の王子の指示で、魔境のなかに作られた村の村長に私はなっているのに、それを故郷の村の両親に伝えていない。
薄情すぎるな。
以前の手紙も、私が戦場で死ななかったことくらいしか伝えていないし、両親には私の状況がわからないで心配だっただろう。
それに、故郷の村の友人たちにも、個別で手紙を書いた方がいいかもしれないな。
次回の投稿は6月5日金曜日の一時を予定しています。




