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戻ってきたアルトはソルテに何か目配せした。
何、今の。
ソルテはひとしきり考え込んだあと、肩を竦めた。
「出発しよう、大丈夫か?」
「大丈夫。私そんなに疲れてそうかなあ。何かあったの?」
「ここらも春だからな。冬眠から覚めた奴らがいるんだよ」
アルトに肩をポンと叩かれながら立ち上がり、また歩き始める。
正直なことを言うと、こんなに歩くのは初めてで疲れていた。でも駄々をこねて解決するわけでもないし、それによって帰るのが遅くなるくらいならがんばる。
冬眠する動物といえば・・・
「熊?」
前にテレビで観た、北海道のヒグマを思い出す。
あれ?冬眠明けの熊ってお腹すいてるから危ないんじゃなかったっけ。
「クマ?そっちの獣の名前か?」
わー、熊が通じないのか。
「そう。本物は見たことないけどね、大きくて毛むくじゃらで、ガオーって」
我ながら表現力が無さすぎて泣ける。大体の獣はそんな感じでしょ、自分。
「ごめん、よくわからないね」
肩をガックリ落とした私に二人は肩を震わせていた。
「いや、間違ってない。確かに獣はそんな感じだな!」
アルトが真面目にフォローする向こうでソルテはまだ肩を震わせている。
「同じ獣かわからねえけどな、こっちではカーマって呼ばれてる獣がこの辺りをうろついてるみてえなんだ。体長3メートルくらいで、全身黒い毛で覆われていて、犬歯が2本牙みたいに飛び出してる。で、肉食だな。今の時期あいつらに見つかったら、人じゃあ太刀打ち出来ねえから、さっさと逃げた方がいい」
「熊には飛び出るような牙はないと思うなあ」
「じゃあカオリが考えてるやつより数倍ヤバいやつだから、見つかる前にずらかろう」
熊よりヤバいのが出る。というアルトの脅しがすっかり頭から離れなくなった私は、物音に異様に反応してしまうようになった。
鳥(だと思われる生き物)が飛び立とうものなら、ビクッと体を震わせるし、茂みから何か音がすればハッとそちらを振り返る。
そのたびにアルトに頭をポンポンされながら道を進んだ。
おかげで、ソルテの
「もうすぐ森を出る」
という言葉を聞いたときには、ヘトヘトになっていた。なんでもいいからとりあえず早く休みたい。
ノロノロと腰帯にくくりつけていた被り物を被る。
「もう少しだからがんばれ」
目に見えて疲れている私をアルトが励ましてくれた。
森はいきなりブツンと途切れていきなり視界が晴れた。
まるでここまで森林伐採しました。
と、線引きしたかのように直線で途切れている。
しかしそれよりも、途切れた森から50メートル程離れたところに、とてつもなく高い壁が左右に見える限り続いていることに度肝を抜かされた。一体どこまで続いてるのか見える気がしない。
「すごい壁」
「そうだなあ。まあまあってとこだな。こんなんこれからいくらでも目にするさ。おい、そんなに上見て歩いて転んでも知らねえぞ」
「これ何メートルぐらいあるの?」
「さあ?20メートルぐらいはありそうだな。行くぞ」
首を大きく反らして、口をポカンと開けたまま立ちつくしていた私の背中をアルトが押し、ようやく歩き出す。どれだけ大きな街なのか、どんな風に栄えているのか、(今度こそ)初めての街に興味がわく。左右を見ると、ちらほら歩く人が見えた。
いや、はっきり言って人かどうかはわからない。なにしろ米粒のように小さく見える物が遠くを動くのが見えただけだから。だけど、皆同じところを目指しているようで、同じ方向に進んでいる。もちろん私たちも。
「いいかカオリ。もうすぐこの街の入口が見えてくる。ここは人口10万人を超える比較的大きいと言われる部類の街だ。名をコルネリアという。
大きいだけあっていろんな者がいる。お前のその格好は、昨日簡単に説明したが、どんな職業につく者でも一度はする”見習い”という格好だ。もしかしたら、年輩の人間の中には懐かしがって声をかけてくる者もいるかもしれないが、適当に流せば特に問題ないから安心してくれ。
被り物は”外界からの誘惑を避け、自分の仕事に心血を注ぐ”という誓いの意味があるから、他の者と会話をしなくても、極端に言うと目すら合わせなくても特に変に思う者はいないだろう。そこも安心して良い」
見習いという身分についての説明を長々とされながら、スタスタと歩いて行く。
日が落ちると門が閉まって翌朝の日の出まで開かないらしいので、必死に二人について行った。
見習いは余程のことがない限り師以外に顔を見せない。
師の命令は絶対。
意見を言うのは良いが口答えはしない。
等々、その他にも言っていたけど、最初のいくつかで私は聞く気が失せた。
だってアルトがニヤニヤしながら、
「よろしく、見習い」
とか言ってきたから。
うるっさいな!元はと言えばアルトのせいだし。
あ、これ意見?え、口答えですか。そうですか。
ギリギリ閉門に間に合った。
さっきの村とは比にならないような大きな門だ。
高さ3メートルはある観音開き型の扉を大柄な男性5人がかりで、かけ声を上げながら閉める様はかなりの迫力だ。
閉門を知らせる鐘を聞いて駆け込んできた人々は(米粒はやっぱり人だった)、一様にホッとした顔をしている。
この辺りは夜になると、森から獲物を探して肉食の獣が姿を見せることがあるらしい。なんとか門の内側に入ろうとするのは皆同じだ。
ホッとしたのも束の間、今度は門のすぐ横にある、入州局なる場所へ連れていかれた。
閉門ギリギリに入ってきた私たちと、その他に5人を門の内側で待ち構えていたのはなんともやる気の無さそうな、若いお兄さん。
金髪に腰パン。襟のないワイシャツのような服を着ているけど、ボタンはしてないし、中に着てるシャツも丸見えでかなりだらけた着方をしている。
さらにガムか何かをクチャクチャとずっと噛んでいて・・・お前はどこのヤンキーだ。
思わず突っ込みをいれたくなった。
どの世界でもこういう人っているんだなあ。しみじみそんなことを考えた。
私が外からは目の周りしか見えないのをいいことに、吹き出しそうな顔を隠しもしなかったら、前を行く2人が咎めるようにチラリと私と目を合わせた。
目ざとい。
先頭を歩くヤンキーさんは、ソルテとアルトが担い手だと気づいたのか、チラチラ振り返っていた。2人が言うように担い手は珍しいらしい。
「どうぞこちらへ」
ヤンキーは思いの外、言葉遣いは丁寧でハキハキと喋った。
促されて入った部屋は奥行きがあった。細長く、中ほどをガラスのような透き通った物で横に仕切られていて、手前が旅人、仕切りの向こう側は忙しく働く人達で溢れかえっていた。
仕切りには人の座高辺りに頭一つ分くらいの穴が開いてる。穴の前には椅子が1脚ずつ。それが1メートル程の間隔を開けて7箇所。
すでに4箇所に人が座って向こう側にいる人と話している。
椅子の手前のスペースには革張りのソファーがずらりと並んでいて、順番待ちをしなければいけないみたいだ。
この部屋には窓はないけど、ランプが灯っているにしてはかなり明るい。でも電灯があるようには見えない。どういう仕組みなのか、あとで聞こう。
あまりキョロキョロしていても良くないかと思って、ぐるりと部屋を見回すだけにとどめた。今更かもしれないけど。
二人はヤンキーさんに案内されて、一番奥にある椅子に行ってしまった。
ちなみに私はソルテに
「ここで待て」
と言われて、大人しく隅に立ったまま待っている。
見習いって勝手に椅子に座っていいのかな。
しばらくしてヤンキーさんだけが戻ってきたけど、彼は期待を裏切らなかった。
そのまま他の旅人に席を案内し始めた姿は、世に言うヤンキーそのままだ。
豹変した彼に他の旅人は唖然としながらも席に近づいていく。
ああ、ヤンキーさんはどこでもヤンキーさんなのね。
一人面白がって被り物の下でニヤニヤしていたら二人が戻ってきた。
「行こう」
歩き出した二人に頷いてついていく。
ちなみに私たちがヤンキーさんの前を通りすぎた時にはヤンキーさんはしっかりしたヤンキーさん(?)になって、二人に腰を直角に曲げて挨拶をしたことは言うまでもない。
極端にもほどがあるでしょ。
ありがとうございました
全国のヤンキーさんスミマセン。
私の勝手なイメージです。




