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空瓶  作者: 菜河
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「おまえキョロキョロしすぎ」

外に出た途端アルトが呆れた声を出した。

太陽はすっかり沈み、空は濃紺色をしている。

ソルテの髪みたい。


街は軒先にランプを吊るす店が数多くあるおかげで、明るい。

柔らかなオレンジ色の明かりの下、二人は石畳の道を足早にずんずん進み、1ブロック先の角にある店に入った。

半分小走りで二人について歩いていた私はというと、またもや外で待つように言われて大人しくしている。

店に入っていくアルトに、あまりキョロキョロすんな。とたしなめられた。


心外だ。

そんなつもりないのに。・・・全くとは言わないけど。


見習いは一体どんな顔をしてれば文句言われないんだろう。


入り口の邪魔にならない所に立つ。

その店は定食屋か何かで、店先にテラス席もあった。中の方はよくわからないけど、テラス席は満席だ。


「見習いかあ、久しぶりに見たな」

回りをぐるりと見回しても、自分と同じ格好をしている人はいないから、たぶん私のことを言っているんだろう。

正しい反応なのかわからないけど、少し考えた後、小さく会釈しておいた。そこにいたのは、50代くらいの日に焼けたおじさま方3人組だった。3人供ところどころほつれが見えるシャツと、土汚れがついているズボンを履いている。正直汚い。


「はは!まだ慣れてねえな」

「俺たちもあんな時があったなあ」

声をかけてきた人とは別のおじさんが呟いた。

「よう、がんばれよ」

「そうだ、酒飲みゃあ嫌なことなんか忘れっからよ」

「おめえの場合嫌なことどころか、全部忘れっちまうだろうがよ!!」

「違えねえ!」

ビール(らしき飲み物)を豪快に飲み干し3人ともガハハと笑いあう。

日本でこんな酔っぱらいに声をかけられたら、絶対に無視する。て言うか逃げる。

がさつで汚くてあまり良い印象は受けないのに、何だかグッときて、お礼を込めて大きく頷いた。

おじさんたちは私が頷いたのを見て、うんうんと頷いてくれた。

さらにビール(らしきもの)をあおってから、明日の現場がどうのこうのと仕事らしき話に話題が移っていく。


急に話しかけられた事への驚きと緊張に、今更気づいて、ホッと息を吐いた。特に変には思われなかったみたいだ。


通りの方を眺める。

日の入りからそんなに時間がたっていないせいか、通りにはまだ人が多い。私の前を人々が行き交っている。

ボロを出しても良くないと思って、できる限り視線を会わせないようにして下を見る。

そうすると、嫌でも人々の足元を見ることになった。皆革製のサンダルを履いていた。たまに親指から足首にかけて、細かい模様の刺青を入れている人が通る。宗教的な物なのか、そういう人は決まって左足にジャラジャラとアンクレットをたくさんつけていた。


「遅くなったな、悪い。持て」

気づけば二人がすぐそこに来ていた。布製の袋を渡されて、また歩き出した二人についていく。

さっきのおじさん方を振り返り、もう一度だけ小さく会釈した。

おじさんたちは二人を見て、口をあんぐりと開けていたけど、私の会釈に神妙な顔をして頷いていた。

「誰だ?」

アルトが彼らをちらりと見た。

「さっきがんばれって言ってくれたの。見習いが懐かしいって」

私の返答にそうか、と頷いたアルトも一度3人に会釈をした後、私の背中を押した。

「本当に担い手は珍しいんだね」

歩きながら3人の反応を思い出す。

鳩が豆鉄砲をくらった顔ってあんなかな。勉強になった。

「そうだな。でもあまり目立つことはすんな。面倒なことになる」

アルトのたしなめる言い方に多少カチンとしたけど、真面目な顔をして頷いておく。

ここは私にとって全く知らない世界で、自分の不用意な行動で何を起こしてしまうかわからないのは確かだから。

少し気を引き締めよう。

と、考え直したところで、



ぐう。



お腹がなった。

持たされた袋から、何やら美味しそうな香りが漂っていることは気づいていたけど、嗅いだだけでお腹がなるなんて初めてだ。

顔が熱い。

二人をこっそり盗み見ると、

「ぷ」

と吹き出すアルトの頭をソルテが叩いたところだった。

ソルテの肩も当然のように震えている。


耳まで熱くなった。

被り物をしていて良かったと心底思う。





「だってお昼に食べたサンドイッチから何も食べてなかったんだもん」


二人が買ってきた、ナンによく似たパンに香ばしく焼いたチキンと、見たことのない葉っぱを挟んだ物を手渡されて、思いっきりかぶりつく。

葉っぱはたぶん香草。爽やかな香りが鼻に抜けるけど、そこまで強くはないのでチキンによく合う。

それにナン!焼きたてで外側はパリッ中はモッチリフワフワ。やっぱり食べ物って重要だ。


あの後さらに街の中心地までしばらく歩き、宿屋に入った。

ずっと降り続いていた小雨は中心に向かうほど小降りになって、宿屋につく頃には星まで見えていた。

あと半日早く晴れてほしかった。

宿屋はレンガ造りで、かなり古い建物のようだ。掃除はそれなりにされているようで、汚いという印象はないけど、床がギシギシ言う。


「三人なんだが、部屋はあるか?」

カウンターの向こう側に座っていた髪の薄い主人は声をかけたソルテを上か下までジロジロ見た。続いてアルトのことも同じようにジロジロ見て、最後に私を見る。

「担い手様、我が宿屋にようこそお越しくださいました。と、言ってやりたいところなんだが、うちはこれでもさる高名な方々も泊まられる格式高い宿屋なんでさあ」


本当?


「1人は俺んとこにゃあ合わない奴のような気がするんですがね」

ため息を吐きながら、ちらと私に目を向ける。


あ、見習いってそういう風にも見られるのね。まあ一人前じゃないのは確かだもんなあ。


「それは重々承知している。二部屋続きでこれではどうか」

チャリンという音で、ソルテが値段を提示したのがわかった。

「いや、別に嫌だとは言ってませんがね。気を悪くしないでくださいよ。あと、出来ればそいつは他の客には見せんでください。ほら、こっちにも外聞ってものがあるんですわ。ははは」


この人私が見習いじゃなかったとしても、何かしら理由をつけて同じことをしてただろうな。何だか腹がたつ。

一体客を何だと思ってるんだろう。


「まあ宿屋なんてどこでもそんなもんさ。そうしねえと食っていけねえんだよ」

割り当てられた部屋のある3階に上がりながら、アルトが呟いた。




「さっきの入州局って何?」

二つ目のナンを手に取りながら聞く。

部屋にはバルコニーがついていて、窓を開けると心地良い風が入ってきた。

アルトが部屋にあった椅子を持ち出して、通りに行き交う人々を眺めている。

「州を跨ぐときは通行税を払うんだ」

ソルテは話ながらさっき持たされた袋からポットのような物を取り出すと、一緒に入っていたカップに注いだ。

渡されたのは熱々のポタージュ。

これもすごく美味しい。思わずニコニコしてしまう。

「大した金額じゃないが払わない者も多くいる。ただ払っていなかった場合、万が一何かがあったときにばれると罰金を払わされる。それが法外な金額なんだ」

「ふーん。私の世界とはずいぶん違うんだね。日本には県を跨ぐのに通行税なんて多分ないな。他の国は知らないけど。

そういえばあそこは電気が通ってたの?」


この部屋もかなり明るい。光源はどこかとナンを持ったまま部屋を見回す。

ない。

て言うか 、壁が光っているようにしか見えない。

おかしいな。


「電気はこっちの世界にはねえな」

振り返るとアルトが面白そうにこっちを見ていた。

「電気ないんだ。じゃあ何でこんなに明るいの?ランプにしては明るすぎない?」

「部屋の角だ」

ソルテもナンに噛みつきながら指差した。そばに寄ってみる。

四角い部屋の四角には、それぞれソファーとか観葉植物とかチェストが置いてあった。だからその向こう側には何があるのか見えない。

一番近い角、ソファーの向こう側の壁との隙間には瓶が置いてあった。

瓶は口の部分を残して黒い布で覆われていて、口からは天井に向かって 強い光を放っていた。

同じものが部屋の角4箇所全てにあった。

強い光は壁を照らし、壁に反射した光が部屋を照らしている。


「何これ、瓶の中身が燃料ってこういうこと?」

壁に反射材か何かを塗っているんだろう。壁が光っているようにしか見えない。

「いや、瓶の中身が自ら光っているのは担い手と託されし者しか見えない。それはただの薬品だ。だから他の者にも見える」

「照明器具として開発された、便利な物でしかねえな」

いつのまにかアルトがすぐ後ろに来ていた。

「お前が持っている物とは全くの別物だ」

そう言ったアルトの目は、私を通り越してどこか違う場所を見ていた。



「じゃ、じゃあ私のこの瓶は一体何なの?」




ありがとうございました


サンドイッチはツナマヨがあればご機嫌。(私が)

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