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「見せたらどうなるの?」
「うーん、とりあえず運が良ければさらっと殺されるかな」
更なる私の質問に、一瞬躊躇う様子を見せたアルトが答えた。
ちょっとまて。
「カオリ、その瓶の中の液体は、簡単に言うとある機械の動力となる云わば燃料だ。それはなんと言うか、とても自然的なもので、人工的に造ることも出来るには出来るが、手間と時間がかかる。さらに言うと、人工的に造られた燃料は本来の力をほとんど発揮できず、それを使った時の10パーセントに満たない。だから国が欲しがる」
私はとんでもないところに来てしまったのかもしれない。
国に追われるって!
何そのファンタジーは。あ、もうすでにファンタジーか。
食欲がすっかり失せて、座っていることすら出来ず部屋を行ったり来たりする。
運が良ければってどういうこと?!どちらにしても殺される事にはかわりない。
「ちなみに、瓶を自ら渡しても殺されるからな」
私が名案だ、と思い声をあげる寸前にアルトがしれっと否定した。
二人は熱々のスープを二杯たいらげ、私が行ったり来たりしているのをのんびり(!)と眺めている。
「コージもこんな感じだったなあ」
アルトが呑気に呟いた。
「コージはもっと落ち着いていなかったか?」
そんなアルトにソルテものんびりと答える。
「二人とも追われてるってさっき言ってなかった?のんびりしてていいの?」
「ああ、言ったな」
「言ったなあ。でもだから何が出来るわけでもねえし、とりあえずこの辺りで一番安全なところにいるしな」
アルトの言葉にソルテが頷いた。
あまりにも普通というか、のんびりしていて拍子抜けしてしまう。
「俺たちは追われるのに慣れてるしな。こういう風に助けてくれるありがたい仲間もいる。でも、そうだな、カオリはあちらの世界でのんびり暮らしていたから、しばらくは気を張っちまうかもしれねえ。俺たちがそばにいれば守ってやれる。無事に帰れるから、心配すんな。ほら、コージは何回もこっちに来たっつったけど、ちゃんと帰ってるだろ」
アルトに頭をポンポンされながら、口を尖らせる。わかってる。どう抗っても、私一人だけじゃどうにもならない。今の自分の状況を受け入れて、前に進まなきゃ。
そうしないと帰れない。
「ほら、ピリピリしていてもしょうがねえから、もう今日は休んだ方がいい」
ため息が止まらない。
寝室は奥。と案内されたのは、キッチンから伸びている廊下の突き当たり。
十畳ほどの広さにシングルベッドと、お風呂がついた角部屋だ。
ベッドに腰掛けて、斜め掛けしていた袋を外す。瓶は袋にちゃんと収まっている。チラリと中を見ると、ぼんやり光って夕焼け色が鮮やかに見えた。
部屋を明るくしているランプと相まって本当にきれい。瓶をぎゅっと抱いて、私はベッドに寝転んだ。
早く帰りたい。
何でこんなに帰りたいんだろう。全く違うところにいきなり放り込まれたから?
たぶん、そう。不安を感じてるだけなんだ。そうでもなければ、あちらに帰りたいなんて思わない。
両親に何の断りもしないでいなくなってるし、その負い目もあるかな。
それからどのくらい時間がたったのかわからない。不意に部屋の扉をノックする音で目が覚めた。コンコンと極控えめ。でも私にあてがわれた部屋の扉をはっきりと。
少しビクビクしながら
「誰?」
とこたえる。
「私だ」
ソルテだった。急いで扉を開ける。
「着替えないで寝るとは、なかなかわかっているじゃないか」
シワだらけの服で顔を出した私に、彼はニヤリと笑った。
「だって疲れてたし」
「いや、何が起きるかわからないから、その方が良いという意味で言ったんだ」
恥ずかしくなって、しどろもどろになっている私の頭を彼が撫でる。
私はいったい何歳だと思われているんだろう。アジア人は若く見られるみたいだけど、なんだかショックを受けそうなので、聞きたくない。
「な、何か用?」
「ああ、これを渡そうと思って」
気を取り直した私にソルテは服を渡してきた。綿のような素材で色はベージュ、ゆったりとした踝丈のパンツと同じ素材の上着。上着はフードつきで開く形、それを前で交差して上から帯で縛って止める仕組みらしい。おしりを隠すほどの丈で、柔道着にフードをつけたらこんな感じなんだろうなと思った。
動きやすそう。
さらに極薄い生地で作られた被り物もあった。被ると腰のあたりまですっぽりと覆われて、目の部分だけ横に長方形の穴が開いている。ちなみに体の横にスリットが入っているので、腕は自由に動かせた。被る前は息苦しそうな印象を受けたけど、生地が薄いせいか息苦しさは全く感じない。目の穴もなくても普通に周りが見える。
靴はブーツ。でも履いてみると思いの外足にフィットして、長時間歩いても疲れなそう。
渡されたもの全部身に付けると、目以外全部隠している、イスラム女性を思い出させる出で立ちになった。
「その服はこの国の一般的な見習いの服だ」
私が頷きつつ、首を傾げたのを見て、彼は続ける。
「私とアルトは見た目のせいで、担い手だということを隠せない。カオリは肌の色でこの国の者でないのがばれて目立ってしまう。見習いの格好をしていれば、しないよりまだ安全だ」
「カモフラージュだね。わかった」
「ああ、誰か他の者がそばにいる時だけでいいから、そのふりをしてもらうことになるだろう」
私が大きく頷いたのを見た彼はにっこりと微笑んで、また頭を撫でながら
「いいこだ」
そう言って部屋を去った。
本当に私は何歳だと思われているんだ。
「ごめんなさい、寝坊した」
あれからすっかり目が覚めてしまった私は、部屋に備え付けられていたお風呂に入った。
どうやって温度を保っているのかわからないけど、湯船に溜めれていたお湯はちょうどいい湯加減。知らない家で裸、という無防備な状態でいるのに堪えられなくなって、すぐに出てしまったけど体が暖まって緊張していた体が解れた気がする。冷えないうちに今度は布団にくるまった。
次に目が覚めたのは、日がもう高くなってからで、慌てて支度を済ませてダイニングに顔を出した。
ソルテが夜中に起こすからだ。なんて人のせいにしてみる。
昨夜もらった服は思った通り着心地は良く、この被り物さえなければ完璧だ。正直鬱陶しい。他の人に会うまではできるだけ被らないでいよう。
二人とも私が寝坊したことは特に気にしていないようで、マグカップに入った飲み物を渡された。
甘いミルクティーのような味がした。
そういえば、昨日のスープも美味しかった。もしかしたら食べ物はあちらの世界と変わらないのかもしれない。
気休めだけどうれしい。食べ物は重要だ。
「瓶は?」
「ここ」
聞かれてすぐに背中を見せた。昨日斜め掛けにしていて歩きづらかったので、背負うように紐を調節した。
我ながら快適に出来たけど、これだと背中に何かぶつかったら割れてしまうだろう。
イスの背もたれにも寄っ掛かれない。
「長がさっき持ってきたんだけど、これを使うといいぞ。俺たちは外にいるから」
アルトに手渡されたのは、袋部分が動物の皮で出来た細長いバッグだった。背中に当たる面はクッション材が入っているのか弾力があって、外側の面は板か何か入っているのか、固い。袋の内側は瓶が受ける衝撃を極力下げるように、ぐるりとシリコンみたいなもので覆われている。
背負っていた袋を下ろして、瓶を入れ替える。バッグの口はボタンで止められるようになっていた。バッグ自体を体に固定するためのベルトがバッグの上下に着いていて、体の前で斜めに止める。ベルトの差し金をさす穴もいくつか空いているから長さの調節も可能だ。ベルトの幅も十分あるし、肩が痛くなりにくそう。さっき私が着けていたものより、断然良い。
「やあ、良い具合ですな」
私が着け心地を堪能している間に、長さんが部屋に入ってきたらしい。
彼は私の見習い姿を見て、うんうんと頷いた。
「これ、長さんが用意してくれたと聞きました。とっても良いです。ありがとうございます」
腰を折ってお礼を言うと彼はうれしそうに目を細めた。
「いえいえ、お役に立てたなら幸いです。門までは少し距離がありますから、どうぞお気を付けて。さあどうぞ、担い手様もお待ちです」
外に出ると、Tシャツにジーンズというラフな服装から着替えた二人が小雨の中出迎えてくれた。
二人とも私の服によく似ているけど、たぶん生地がもっと上質。光沢を放っている。被り物のかわりに、色がついてる頭半分を隠すように布を巻いていた。頭を隠しても、眉毛とか睫毛が目立っているけど、遠くからぱっと見ただけでは気づかれないだろう。
村人(と言っても5人だけど)が見送りに出てきてくれたので、一人一人にお礼を言って頭を下げると、皆一様に慌てて私よりさらに深く腰を折られた。なんとかなだめて顔を上げてもらうと皆うれしそうにしていたので、ホッと胸を撫で下ろす。一部始終を見ていたソルテには頭を撫でられるし、アルトにはポンポンされるし、私は何か変なことをしたのかな?
「二人はあの村の人から比べたら、何か地位的なものが高かったりするの?」
今朝のやり取りを思い出しながら聞いた。名前に様なんて普通つけないし、私みたいな若い女性が頭を下げてもあんなに慌てない。
「地位というか、単に担い手と託されし者が少ない、というだけだな」
ソルテが首を傾げながら答えた。普段あまり気にしていないようだ。
「長さんたちは同じ民族って言ってたけど、色は分かれてないんだね」
5人皆一色だった。
「元々私たちも黒一色だったんだ」
「ええ?!それ生まれつきじゃないの?」
思わず立ち止まる。
「ああ、担い手になると決められた時に半分白くなって、経験を積むとどんどん色が変わっていく。明るい色から暗い色へ。だから、担い手に出会ったら色を見ればなんとなく相手の経験値がわかる。しかも、この色はどんな染料を使ってもなぜか染まらない。そこは牽制にもなるし、便利だと思う。カオリ、とりあえず歩いてくれないか。少しでも早く先に進もう」
話ながら先に進んでいたソルテが振り返り、呆れた顔で促してくる。
人の髪色が変化するなんて!何それ楽しい!
目の前を倒木が立ちはだかっていたけど、軽快に乗り越えた。
「じゃあソルテはわりとこの仕事が長いんだね。で、アルトはそうでもない」
アルトをニヤリと笑って見た。一瞬目を丸くしたアルトは苦笑しながら首を縦に振る。
「まあな」
そんな風にのんびり話ながら、それでも出来る限り早く歩いている私たちは未だに森の中にいる。
見渡す限り木。道が一応あるけど、獣道とさしてかわらない。よく迷わないなあとさっきから感心しっぱなしだ。
私たちが進む道は、大きな岩がゴロゴロしている上倒木もあったりする。しかもずっと小雨が降り続いているので、体力をすごく使うし、湿度が高いせいかジットリ濡れて気持ち悪い。何で二人は涼しい顔をして歩けるのか理解できない。
少し休憩しよう。と私の足が遅くなって、目が座ってきたのを見かねたアルトが大きな切り株に腰かけた。促されて私も座る。
村を出てからずっと歩き通しで疲れた。座れてほっと息を吐き出す。
「大丈夫か?」
顔を上げるとアルトが覗きこんでいた。
近いってば。
「だ、大丈夫。普段あんまり歩かないから」
「もう少し行ったら森をぬける。まだ日が高いから、今日中に次の街に着けるだろ。て言うか今日中に着きたいから死ぬ気でがんばれ」
何だか意味深で怖い。
「この森何か危ない獣でもいるの?」
「獣はいるが、まあどこに行っても大体獣はいる」
ソルテが食べ物らしき包みを寄越しながら、頷いた。
「この森は国が管理しているから、長居して気づかれる前に通り抜けたい」
渡された包みに入っていたのは、サンドイッチだった。口の中をハムとチーズで一杯にしながら考える。
でも、村を出てから今まで誰にも会ってないし、向こうに気づかれようがないんじゃない?
「まあそうだけどな。念には念を入れるってやつだ。ちょっとこの先見てくるわ」
モグモグしながら疑問の顔をした私にアルトは答え、自分のサンドイッチの残りを豪快に口に入れるとさっさと立ち上がって歩いて行った。
元気だなあ。
ありがとうございました




