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「まず、説明する前にその瓶をこちらに渡してくれないか」
そうソルテに言われて、自分が部屋に現れた瓶を握ったままだったことに気づいた。
これをどうするつもり?
「大丈夫だ、何もしない。ここに置いてくれ」
ソルテは私の表情から言いたいことを読み取り、苦笑しながら向かい合った私達の真ん中を指し示した。
瓶から手を離すと、なんだか心細くなる。
「カオリはコージから瓶を託されたな?」
「うん」
何を言いたいのかわからなくて、首をかしげた。
「ここにある瓶には、何か入っているか?」
「入ってない」
見ればわかるでしょ、一体何を言い出すんだろう。私の返事を聞いて、目の前の二人は視線を交わした。
「落ち着いて聞いてほしいんだが・・・単刀直入に言うと、この小屋は世界を分ける門のようなものになっている。いや、トンネルに近いな」
「は?」
突拍子もないことを言われた。
「とりあえず、最後まで聞いてくれ」
私は口を開けたまま二人の顔を交互に見た。二人は真面目な顔でこちらを見ている。
え、冗談じゃない?
そのまま返事を出来ないでいると、わかったと勝手に解釈されて、話を続けられた。
「この小屋はコージが作らせた。それぞれの世界の間にあるんだが、そちらが入口」
と、ソルテは私が入ってきた扉を指差し、
「こちらが出入口になっている」
今度は二人の後ろにある壁を指差した。
「待って、入口と出入口って・・・」
なんとなく言いたいことがわかって、顔から血の気が引く。
「その通りだ。そちらは扉を閉めてしまったら、内側からは出ることが出来ない」
そういえば、さっき来たときは扉は開けたままだった。
「私が今開けようとしても開かないの?」
恐る恐る聞く。
「開けてごらん」
ソルテは困った顔で笑みを浮かべた。
冗談、冗談でしょ。まさかそんなファンタジーなことが現実に起こるわけないし。
て言うか、ありえない。そういう笑えないジョークが好きな人達なんだ、たぶん。
自分に言い聞かせながら扉をグッと押す。
扉の向こうは暗闇に包まれた家の庭・・・じゃなかった。
一度閉めて、深呼吸をして、もう一度開く。
そこは灰色の世界だった。
上も、下も、左も、右も灰色。
ただ灰色で何も見えない。
私は静かに扉を閉めて、二人に向き直り、
「何で最初に言ってくれなかったの?!」
(主にアルトに対して)叫んだ。
ソルテは尤もだ。という顔でアルトを睨んでいる。
「悪かったって」
アルトはそれまで縮こまっていた体をさらに小さくして呟いた。
「わ、私帰れないの?」
そう考えたら、急に涙が盛り上がる。流すまいと必死で瞬きを繰り返したけど、いくつかはこぼれてしまった。
扉の前で肩を震わせていると、見かねたソルテが近寄ってきた。
「大丈夫だ、帰れる」
私の頭をポンポンと撫でながら、しっかりした声で答えてくれた。
「ほ、本当に?」
「ああ、遠回りになるがこちらの出入口から入って向こうを通り抜ければ、別の門から帰られる」
「他にも門があるの?」
涙を袖口で拭いて、思いの外近くにあったソルテの顔を見上げた。
「ある。カオリが気づいてないだけでたくさんあるんだか、入口にしかなっていないのはここだけなんだ」
「何で?」
「入ったら出られなくなるように、コージがそう作ったからだ。そちらから入った物を、そちらに戻せなくしたんだ」
そう言ったソルテは周りにあった瓶を見回した。
つられて私も周りを見る。
「とにかく、申し訳ないがカオリが帰るには、向こうの世界を通り抜けないといけない。通り抜けて帰るか、それともずっとここにいるか」
「そうだよ、誰かが開けてくれるまで待てばいいんじゃない。お母さんが気づいて来てくれるかも・・・」
何でそんな簡単な事に気づかなかったんだろう。私がいないことに気づいてすぐに来てくれるかも。
笑顔になりかけた私に、二人は笑顔を向けてくれてはいなかった。
「その扉は、たとえ鍵を持っていたとしても担い手か、託されし者しか開けられない。他の門も同じだ。だから他の者が開けてくれる可能性は限りなく低い」
落胆の表情を隠そうともしない私の頭を、ソルテが励ますように撫でる。
「通り抜けて帰る」
「よし」
無理やり笑っても見せた私に彼は頷いた。
「そうと決まればカオリ、進みながら説明した方が早い」
「うん、そうしてもらった方がありがたいよ」
ぐずぐずしてたら、やっぱり通り抜けられないとでも言われそう。向こうがどんなところか全くわからないけど、そんなこと言ってる時間が無駄だ。
「では、カオリをこちらに入れるようにする」
「入れるように・・・?」
「ああ、どうやらカオリは中途半端に託されている。このままでは入れない」
私は何を言っているのかわからないと、首を横に振った。
「代替わりする場合、それまで託されていた者は担い手に対して誰に託すか指名し、指名された者は宣言しなければならない」
そういえば祖父に託すとはっきり言われた。
「それをしないと通り抜けられないし、帰れないんだよね?」
二人は神妙な顔で頷いた。
「担い手とか託されし者とか、絶対説明するって約束してくれる?」
「ああ、必ず」
正直なところ、何も説明されていないこの状況でなんて嫌。一体何が起きるかわからないし。
でもそれ以上に、帰れないという事の方が重大だ。
「で、どうしたらいいの?」
約束する、という言葉を信じることにしよう。私が入った扉からは帰れないのは確かなようだから。
「宣言すればいい」
そう言ったソルテは、私に彼が言った言葉を復唱させた。
「担い手ソルテ、アルト
我が名はカオリ
これを持って命を守り
これを持って陽に導かん
永久に紡ぐもの
託されし者」
宣言すると、ソルテは右手、アルトは左手を私の額に当てた。思わず目をつむる。
「託されし者カオリ、
其を持って守り
其を持って祝福を放て
我らは担う、永久に続くこの大地で」
どこからか一陣の風が起き、瓶が反響してキーンと鳴った。心なしか、触られていた額に熱を感じて目を開けた。すぐそばに二人がいた。
なんだか大変な事を言わされた気がするけど、考えない。
考えたら止まらなくなってしまうのが、目に見えている。後で説明させるリストに入れておこう。
「これだけ?」
「そうだ」
「特にこれといったことは起きないんだね」
私がキョトンとしていると、ソルテはニヤリと片方の口の端を上げた。
あ、その顔アルトそっくり。
「瓶の中には何か入ってるか?」
さっきと同じ質問をされて、不思議に思いながら周りにある瓶を見る。
「ええ?!さっきまで空だったのに!」
色も量も様々だけど、確かに何か液体が入っていた。
しかもそれぞれがぼんやり光っている。その光が部屋を明るく照らしていた。
「きれい・・・」
「カオリ」
ぼんやり眺めていると、ソルテは私が持ってきた夕焼け色の瓶を示した。
その瓶も例にもれず光っていた。瓶が発する光で、夕焼け色がさらに鮮やかに彩られている。
「これがカオリの瓶。これだけはカオリの意思で動かせる。いつも肌身離さず持っていなさい」
アルトが瓶を拾い上げ、ポケットから出したコルクのようなもので蓋をしてくれた。
中の液体は口の部分から10センチほど下まで入っていて、振ってみると何かがキラキラと光る。
液体自体もトロリとしていた。
「私の?」
「人は一人一本はそういう瓶を持っているんだ。ほとんどの人は気づいてないけどな」
「さあ説明は後で。来なさい」
瓶を握ったまま、ソルテとアルトに続く。さっきまではなかった扉がそこにあった。
「ねえ、向こうを通り抜けて一番家に近い門までどのくらい?」
50メートルとか言われたいところだけど、まあ無理なんだろうな。それならそうと最初から言うだろうし。
「早くて一週間」
「一週間・・・。しかも早くてね」
やっぱりね。期待してなかったよ。淡い望みでした。
でも一週間て!
「アルトのばか」
「ごめん」
私が盛大にため息をついて罵っているところをみたソルテは、アルトの向こう側に隠れて笑っているようだ。肩が震えている。さてはこの人笑い上戸か。
「開けるぞ」
ソルテ扉の取っ手に手をかけ、グッと引っ張った。ギイと重苦しい音を立てて、扉が開く。
見た目は私が入ってきた扉と同じなのに、こっちの扉はずいぶん重いようだ。
扉はゆっくりと開き、向こう側を見せた。夜のせいか、暗くてよくわからない。
「足元に気を付けろ」
そう注意して二人は先に入って行き、私は小屋の中、瓶を振り返り眺めてあと、
意を決して足を踏み出た。
ありがとうございました




