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空瓶  作者: 菜河
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6

「まず、説明する前にその瓶をこちらに渡してくれないか」


そうソルテに言われて、自分が部屋に現れた瓶を握ったままだったことに気づいた。


これをどうするつもり?


「大丈夫だ、何もしない。ここに置いてくれ」

ソルテは私の表情から言いたいことを読み取り、苦笑しながら向かい合った私達の真ん中を指し示した。


瓶から手を離すと、なんだか心細くなる。


「カオリはコージから瓶を託されたな?」

「うん」

何を言いたいのかわからなくて、首をかしげた。

「ここにある瓶には、何か入っているか?」

「入ってない」

見ればわかるでしょ、一体何を言い出すんだろう。私の返事を聞いて、目の前の二人は視線を交わした。


「落ち着いて聞いてほしいんだが・・・単刀直入に言うと、この小屋は世界を分ける門のようなものになっている。いや、トンネルに近いな」

「は?」

突拍子もないことを言われた。

「とりあえず、最後まで聞いてくれ」

私は口を開けたまま二人の顔を交互に見た。二人は真面目な顔でこちらを見ている。


え、冗談じゃない?


そのまま返事を出来ないでいると、わかったと勝手に解釈されて、話を続けられた。


「この小屋はコージが作らせた。それぞれの世界の間にあるんだが、そちらが入口」

と、ソルテは私が入ってきた扉を指差し、

「こちらが出入口になっている」

今度は二人の後ろにある壁を指差した。


「待って、入口と出入口って・・・」


なんとなく言いたいことがわかって、顔から血の気が引く。

「その通りだ。そちらは扉を閉めてしまったら、内側からは出ることが出来ない」

そういえば、さっき来たときは扉は開けたままだった。

「私が今開けようとしても開かないの?」

恐る恐る聞く。

「開けてごらん」

ソルテは困った顔で笑みを浮かべた。


冗談、冗談でしょ。まさかそんなファンタジーなことが現実に起こるわけないし。

て言うか、ありえない。そういう笑えないジョークが好きな人達なんだ、たぶん。

自分に言い聞かせながら扉をグッと押す。


扉の向こうは暗闇に包まれた家の庭・・・じゃなかった。

一度閉めて、深呼吸をして、もう一度開く。

そこは灰色の世界だった。

上も、下も、左も、右も灰色。

ただ灰色で何も見えない。



私は静かに扉を閉めて、二人に向き直り、


「何で最初に言ってくれなかったの?!」




(主にアルトに対して)叫んだ。




ソルテは尤もだ。という顔でアルトを睨んでいる。

「悪かったって」

アルトはそれまで縮こまっていた体をさらに小さくして呟いた。

「わ、私帰れないの?」

そう考えたら、急に涙が盛り上がる。流すまいと必死で瞬きを繰り返したけど、いくつかはこぼれてしまった。

扉の前で肩を震わせていると、見かねたソルテが近寄ってきた。


「大丈夫だ、帰れる」

私の頭をポンポンと撫でながら、しっかりした声で答えてくれた。

「ほ、本当に?」

「ああ、遠回りになるがこちらの出入口から入って向こうを通り抜ければ、別の門から帰られる」

「他にも門があるの?」

涙を袖口で拭いて、思いの外近くにあったソルテの顔を見上げた。

「ある。カオリが気づいてないだけでたくさんあるんだか、入口にしかなっていないのはここだけなんだ」

「何で?」

「入ったら出られなくなるように、コージがそう作ったからだ。そちらから入った物を、そちらに戻せなくしたんだ」


そう言ったソルテは周りにあった瓶を見回した。

つられて私も周りを見る。


「とにかく、申し訳ないがカオリが帰るには、向こうの世界を通り抜けないといけない。通り抜けて帰るか、それともずっとここにいるか」

「そうだよ、誰かが開けてくれるまで待てばいいんじゃない。お母さんが気づいて来てくれるかも・・・」


何でそんな簡単な事に気づかなかったんだろう。私がいないことに気づいてすぐに来てくれるかも。


笑顔になりかけた私に、二人は笑顔を向けてくれてはいなかった。

「その扉は、たとえ鍵を持っていたとしても担い手か、託されし者しか開けられない。他の門も同じだ。だから他の者が開けてくれる可能性は限りなく低い」


 落胆の表情を隠そうともしない私の頭を、ソルテが励ますように撫でる。

「通り抜けて帰る」

「よし」

無理やり笑っても見せた私に彼は頷いた。

「そうと決まればカオリ、進みながら説明した方が早い」

「うん、そうしてもらった方がありがたいよ」

ぐずぐずしてたら、やっぱり通り抜けられないとでも言われそう。向こうがどんなところか全くわからないけど、そんなこと言ってる時間が無駄だ。


「では、カオリをこちらに入れるようにする」

「入れるように・・・?」

「ああ、どうやらカオリは中途半端に託されている。このままでは入れない」

私は何を言っているのかわからないと、首を横に振った。

「代替わりする場合、それまで託されていた者は担い手に対して誰に託すか指名し、指名された者は宣言しなければならない」

そういえば祖父に託すとはっきり言われた。

「それをしないと通り抜けられないし、帰れないんだよね?」

二人は神妙な顔で頷いた。

「担い手とか託されし者とか、絶対説明するって約束してくれる?」

「ああ、必ず」

正直なところ、何も説明されていないこの状況でなんて嫌。一体何が起きるかわからないし。

 でもそれ以上に、帰れないという事の方が重大だ。

「で、どうしたらいいの?」

約束する、という言葉を信じることにしよう。私が入った扉からは帰れないのは確かなようだから。



「宣言すればいい」

そう言ったソルテは、私に彼が言った言葉を復唱させた。




「担い手ソルテ、アルト

我が名はカオリ

これを持って命を守り

これを持って陽に導かん

永久とわに紡ぐもの

託されし者」




宣言すると、ソルテは右手、アルトは左手を私の額に当てた。思わず目をつむる。




「託されし者カオリ、

其を持って守り

其を持って祝福を放て

我らは担う、永久とわに続くこの大地で」




どこからか一陣の風が起き、瓶が反響してキーンと鳴った。心なしか、触られていた額に熱を感じて目を開けた。すぐそばに二人がいた。


なんだか大変な事を言わされた気がするけど、考えない。

考えたら止まらなくなってしまうのが、目に見えている。後で説明させるリストに入れておこう。

「これだけ?」

「そうだ」

「特にこれといったことは起きないんだね」

私がキョトンとしていると、ソルテはニヤリと片方の口の端を上げた。


あ、その顔アルトそっくり。


「瓶の中には何か入ってるか?」

さっきと同じ質問をされて、不思議に思いながら周りにある瓶を見る。

「ええ?!さっきまで空だったのに!」


色も量も様々だけど、確かに何か液体が入っていた。

しかもそれぞれがぼんやり光っている。その光が部屋を明るく照らしていた。

「きれい・・・」

「カオリ」

ぼんやり眺めていると、ソルテは私が持ってきた夕焼け色の瓶を示した。

その瓶も例にもれず光っていた。瓶が発する光で、夕焼け色がさらに鮮やかに彩られている。


「これがカオリの瓶。これだけはカオリの意思で動かせる。いつも肌身離さず持っていなさい」


アルトが瓶を拾い上げ、ポケットから出したコルクのようなもので蓋をしてくれた。

中の液体は口の部分から10センチほど下まで入っていて、振ってみると何かがキラキラと光る。

液体自体もトロリとしていた。


「私の?」

「人は一人一本はそういう瓶を持っているんだ。ほとんどの人は気づいてないけどな」

「さあ説明は後で。来なさい」


瓶を握ったまま、ソルテとアルトに続く。さっきまではなかった扉がそこにあった。

「ねえ、向こうを通り抜けて一番家に近い門までどのくらい?」

50メートルとか言われたいところだけど、まあ無理なんだろうな。それならそうと最初から言うだろうし。


「早くて一週間」

「一週間・・・。しかも早くてね」

やっぱりね。期待してなかったよ。淡い望みでした。

でも一週間て!


「アルトのばか」

「ごめん」

私が盛大にため息をついて罵っているところをみたソルテは、アルトの向こう側に隠れて笑っているようだ。肩が震えている。さてはこの人笑い上戸か。


「開けるぞ」


ソルテ扉の取っ手に手をかけ、グッと引っ張った。ギイと重苦しい音を立てて、扉が開く。

見た目は私が入ってきた扉と同じなのに、こっちの扉はずいぶん重いようだ。


扉はゆっくりと開き、向こう側を見せた。夜のせいか、暗くてよくわからない。

「足元に気を付けろ」

そう注意して二人は先に入って行き、私は小屋の中、瓶を振り返り眺めてあと、


意を決して足を踏み出た。





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