16
門は開いていた。
まだ日の入り前で、夕方とは言い難い時間帯なのに門のまわりには人気がない。てっきりまた入州局に行くのかと思っていたら、誰にも咎められずアルトはスタスタと中に入っていく。
「お金払ったりしなくていいの?」
「ああ。ロラーザはコルネリアと同じ州だからな。必要ないんだ。こっちだ」
立ち止まっていた私を彼がおいでと手招きした。おずおずと一歩踏み出す。
門を通りすぎた内側にもやっぱり守衛さんみたいな人はいなくて、この街の防犯は大丈夫なのか、と少し心配になった。
悪い人入り放題だなここ。
門自体は厚みもあって重そうだから、閉めてしまえば割りと役立つかもしれない。でも、コルネリアの門を見た後ではいかにも強固とは言い難い代物だ。
「ここまで来て立ち止まんのかよ。足動かせって」
門を見上げて足が止まっていた私をアルトが急かした。少し離れた場所にいるアルトのところまで駆け寄る。
「ごめんなさい、コルネリアと違いすぎて・・・」
「はは、じゃあこれから行く殆どの街が貧相に見えるぞ。コルネリアのことは忘れた方がいい」
アルトの歩いていく方向にやっぱり迷いはない。どうやらどこかを目指しているみたいだ。
門の内側には石畳みで舗装された大きな通りが延びていた。
その両側を建物が密集して建っている。時間帯のせいで今はもう殆どの店が閉まっているけど、明け方から昼過ぎまでは毎日市がたつこの街一番の通りなんだ。と、歩きながらアルトが教えてくれた。
何店舗かちらほらと食べ物を扱う屋台は今でも営業していて、屋台の外に簡易式のテーブルセットを出している。そこで早めの夕食をとっている人も見られた。
通り沿いにずっと並んでいる建物はどれも2階建てで、どの建物も赤い煉瓦造り。通りに面した2階には白い窓枠の腰高窓をつけている。
花を飾っている窓もあって、ここに住む人々の余裕を感じさせた。
赤みを帯びた煉瓦と窓枠と花のコントラストが可愛い。
屋台と建物の間には人が行き交うためのスペースがとられていて、私たちはそこを歩いている。門を入ってすぐのところには人はいなかったけど、中心に向かうにつれて多くなってきているようだ。
「アルト!」
どこからか声をかけられてアルトは後ろを振り向いた。
注意されつつキョロキョロしていた私もつられてそちらを向く。
大通りは人が歩く通路に向かって両側を屋台が陣取っているけど、背を向けあっている屋台と屋台の間は車がすれ違えそうな道になっている。声はそちらからしていた。
それを見た私の足は完全に止まった。
開いた口が塞がらないって多文こんなことを言うんだと思う。
「リオ!」
アルトに声をかけた少女は乗っていたモノから飛び降りて、こちらに駆けてきた。
茶色いくるくるとした髪が肩のあたりでフワフワしている。
「何何何何でロラーザにいるの?リオに会いに来たの?おみやげ!おみやげは?!」
彼女はアルトの腰くらいまでしかない体を精一杯伸ばして、アルトにぎゅうと抱きついた。
見るからにアルトに会えたのがうれしい、と言わんばかりに目をキラキラさせている。
いつもなら、少女がそんな状態になっているのを目撃したら、微笑んでしまうところだけど、今日の私は違った。
いくらリオが美少女で、髪フワフワで羨ましくてもそんなことはどうでも良いと思えてしまう。
リオが乗ってきたモノに目が釘付けだったから。
犬。
どう見ても犬だと思う。
トイプードルとかダックスフンドのように毛は長くないし、小さくてちょこまかもしてない。
どちらかというと、柴犬とか日本犬よりの顔立ちだ。
焦げ茶色の短毛で耳はピンと尖っているし、尻尾はくるんと丸まって上を向いている。
ハッハッと吐く息は犬らしく早いし、鼻も濡れている。黒目がちの目を大きく開いて、ちょこんとお座りしたままリオとアルトをじっと見つめている。
これが普通の大きさだったら、私の目も釘付けになんかならなかったと思う。
犬らしき動物は私より背が高かった。
少し離れたところにいるからはっきりしないけど、普通に立っている私の頭と、お座りしている犬の鼻先が多分同じくらいの高さ。いきなり目の前に現れたら悲鳴を上げて逃げ出しそうなことは容易に想像できる。
「アルト、この人だあれ?ソルテ様は?」
いつのまにかアルトに抱き上げられていたリオが私を指差す。それを彼はやんわりと下ろさせながら答えた。
「カオリだよ。ソルテは後から来る。待ち合わせしてるんだ」
「カオリ?コージは?」
自分の名前が聞こえてなんとか犬もどきから二人に視線を移した。
「カオリはコージの孫だ」
「孫?」
「カオリのじいさんがコージだ」
10才に満たない顔をハッとさせた後、被り物を被ったままの私を上から下まで眺め、リオはアルトにもう一度ぎゅうと抱きついた。
「コージは砕けちゃったの?」
震える声を出したリオの顔はアルトの体に埋もれてて見えない。
「そうだな」
アルトはしばらくリオの頭を撫でてから私の方を向いた。
「カオリ、こいつはリオ。俺たちと同じ一族で妹みたいなもんだ。リオ、挨拶しろ」
目尻を少し赤くしたリオはアルトの腕からするりと降りて、私を見上げた。美少女の上目使いがかわいい。
「リオです。はじめまして」
少しかがんで彼女と目線を合わせて微笑む。
「カオリです、よろしくね。祖父を覚えていてくれてありがとう」
被り物のせいで多分私の表情までは見えてないだろうけど、私の言葉に彼女は微笑んだ。
「ところで、あの、あなたが乗ってきたあれは・・・大丈夫なの?」
ちらりと二人の後ろでおとなしくお座りしている犬もどきに視線を移すと、二人もそれにならって振り返った。
「ララのこと?」
「ララ?」
「ララはヌイよ。ヌイ、知らない?」
自分が呼ばれたと思ったのだろう、ララはのそりと立ち上がるとゆっくりこちらに歩いてきた。近くで見ると本当に大きく感じる。頭なんかリオより一回りは大きい。一口で食べられそう。
リオの横で立ち止まったララは私とリオの顔を交互に見つめた後、お座りのポーズをしてガフッと小さく吠えた。尻尾を右に左にバサバサと揺らしている。
うん、犬だわ。
「ヌイ・・・初めて見た」
「よろしくって言ってる」
きゅーん
「撫でろだって」
「言ってることがわかるの?!」
ピンと立ち上がった耳をして、尻尾をバサリバサリと左右に振ってじっと私を見るヌイのララ。
「見ればわかるでしょ?」
何言ってるの、とでも言いたげにリオが私を見る。
いや普通動物の言いたいことってわからないんじゃないの?
でも、でもどう見ても期待に満ちた目で見つめられて、思わず手を伸ばした。
頭をそっと撫でるとララは気持ち良さそうに目を細めて、手に擦り寄ってきた。
うん、やっぱり犬だわ。
「ララ」
今にも甘えた声を出しそうにしていたララだけど、リオに呼ばれてサッと立ち上がった。リオが背に上りやすいよう、伏せのポーズをする。後ろ足を踏み台のようにリオに踏みつけられても、全く意に返さないところを見ると、すごくよく訓練されている印象を受ける。
「私、先に行っておばあさまに伝えるね!」
そう、リオが声を上げるやいなや、ララは一声ワフッと吠えるとさっさと歩いていった。
「おばあさま?」
再び歩き出したアルトについて行きながら、さっきのリオの言葉を思い出す。
「これから会いに行こうとしてるお方の事だ」
「お方?!」
言葉使いがきれいとは言い難いアルトから、人を敬うような単語が出て思わず目を丸くした。
どれだけ偉い人なの?!
「はは、ただの元気なばあさんだから緊張すんな」
私があんまり驚いた顔をしたせいか、言い直された。
いや、それ追い討ちにしか聞こえません。
ありがとうございました




