14
憂いの門から出たら、そこは平原だった。
小雨のせいで遠くの方は霞んで良く見えないけど、平原がずっと続いてるように見える。
コルネリアの20メートルの壁もずっと遠くまで続いていた。
森のときもそうだったけど、道のない場所を悩みもせずに二人は歩く。
しばらく無言で歩いていると、どこからか川が蛇行して現れた。これもどこからか来て、どこに続いているのか全く見えない。
コルネリアの壁はもうだいぶ小さくなっていた。
「この川沿いに行こう」
ソルテが文句言うな、という顔でこっちを向いた。
別に文句なんか言わないのに。
「ねえ、さっきの人が言ってたクトルフォスって何?」
緩やかな流れを描く川を右手にスタスタと歩いていく。川のまわりはさっきまで歩いていた平原に比べて石が多いけど、歩きにくいというほどでもない。川の回りにだけ苔のような草が生えていて、青々としている。もっとこう、花とか咲いていたら素敵な場所に見えたかもしれないのに、ジメジメしていて残念。
「クトルフォスは、カオリの世界では龍と呼ばれるものだな」
「は?」
犬だ。みたいなノリで返したアルトは、聞き返した私を不思議そうに見た。
「りゅりゅりゅ龍って、え、ここにはそんなものがいるの?!」
「あ?龍いるだろ?そっちで絵見たことあるぞ」
「いないよ!私の世界では空想上の生物だもん」
まさかそんな生物の名前を出されるとは思わなかった。
ん?空想上なの?伝説上だっけ?ってそんなこと関係ない!
「何それ、大丈夫なの?」
「アルトが見た絵は、こっちに迷いこんだ人間があっちで描いたんじゃないか?たまたま迷いこんでクトルフォスに遭遇なんて不運な奴だな」
「そうか、そうかもな。なんだよ、向こうのクトルフォスどんなか楽しみだったのに」
「残念だったな」
思わず周りを見回して、変な物がいないか確認している私を横目に二人はのんびり話している。
なんでそんなに落ち着いていられるのか理解できない。
平原は小雨が降っているだけで、さっきと何らかわりない。ずっと向こうまで平らな地面。所々に草が生えているから、荒野とかそういう印象はない。
後ろを振り返ると遠くにコルネリアの壁が小さく見える。
「まあ遭遇したらあんまり大丈夫ではないな」
ソルテがそんな私に向かって苦笑した。
「大丈夫じゃないって・・・」
「カオリ、遭遇してもいない内からその時のことを考えても意味がない。無駄に体力を使うだけだから、頭の片隅に置いておくだけでいい。それに遭遇しないように歩くさ」
「でも・・・」
大丈夫だ。と、また頭を撫でられた。
「もし遭遇しても俺たち強えから心配すんな」
まだキョロキョロしていた私にアルトは微笑んだ。
「まあでも、クトルフォスだけじゃねえけどヤバそうなやつに会ったら逃げる、って思うぐらいはした方がいいな」
いやいやいやそれでいいのか。
確かに遭遇してない内から考えてもしょうがないけど、体力も使うんだろうけど、なんだかこの二人政府のあの空色の人たち以外には結構無頓着みたいだ。他にもっと危険そうなのたくさんいるだろうに。
複雑な顔をしている私のことを気にもせず、ソルテは川の流れを覗き混んで手を浸けている。
何かを確かめるように、一頻り水の中で手をバシャバシャと動かしてから立ち上がった。
アルトと意味ありげに視線を交わす。
あ、昨日森の中でもやってたやつ。
「いるの?いるんでしょ?」
「そうだな、いないとは言わない」
言いながら、目の前の二人は持っていた荷物を改め始めた。
ソルテの持っている物の大部分をアルトの荷物に移して、そのうちの一部を私も持たされる。腰に巻いている帯にそれを着けて、ずり落ちないよう調整させられた。ずっしりと重い皮製の袋に入ったそれは多分水だ。中でチャポチャポ音がしている。
さらに背負っている瓶の袋を開けられて隙間に何か詰め込まれる。
「これは非常食な。非常食だからつまみ食いすんなよ。日持ちするから、カオリが向こうに着くまで食わなくても腐ることはねえから安心しろ」
「よし、こんなものか」
しばらくの間無言で荷物の交換をしていた二人は空を仰いで頷いた。
「カオリ、ここから二手に別れる。私がクトルフォスの相手をするから、その隙にお前たち二人はロラーザに向かうんだ」
「相手って・・・」
「クトルフォスは好戦的な生物だ。しかも単に力ある者と戦いたがる。私一人とお前たち二人だったら、確実に私の方に来るだろう」
「何それ意味もなく戦うの?」
明らかに不安げな顔をしている私にソルテはやっぱり苦笑して頭を撫でてくる。
「獣の考えることは人にはわからない。奴等からすれば、戦うというよりじゃれているとか、そういう風に言った方がいいのかもしれない。単にプライドが高いだけかもしれないし、極端に臆病で派手に身を守っているだけかもしれない」
「じゃあ刺激しないように、通り抜けれぱいいんじゃないの?」
「いや、既に縄張りに入ってしまっている。さっき川に手を浸けただろう。川の流れに感じた、あれはそばにいなければ気づけないものだ。私は大丈夫だから二人で行け。ロラーザで落ち合おう。アルト、森を通って行け」
いつになく真剣な顔で頷いたアルトは大丈夫と私の肩を叩き、歩き出した。私もその後につく。
何度も振り返りながら、半ば小走りで川から離れていった。
「クトルフォスは川の中にいるの?」
「そうだ」
途中ほとんど会話らしい会話もしないで、必死にアルトについて走っておよそ1時間。
いきなりズーンと地に響く大きな音がした。ハッとして後ろを振り返ったけど、もう小雨にけぶっていて遠くは見えなかった。
それまで無言で早歩きをしていたアルトも後ろを確認していたけど、無表情で何を考えているのか全くわからない。
「クトルフォスには今まで何度も遭遇してる、だから大丈夫だ」
まるで自分に言い聞かせるかのように遠くを見つめながら話した。
「それよりカオリ、森が見えるだろ。そこまで行ったら少し休もう」
そう言われて前を見たけど、全く見えない。と言うか、遠くに黒い点なら見える。
「え、どこ?まさかあの黒い点?」
「そう、あの黒い点」
遠い。今までそれほど疲労感を感じていなかったのに、目標を見せられた途端どっと疲れが押し寄せた。
げんなり。
という顔をしていたらアルトがやれやれ、と肩を竦めて歩き出した。
それからさらに2時間程歩いてやっと森の端に到着した。
それまでずっと平原にいたせいか、正直森が異様に見える。
「あとどれくらいで街につく?」
森に入ったところに転がっていた岩に座り込んで、ため息をついた。
疲れた。
いくら歩きやすいからと言っても、長距離歩けば披露はたまる。
「そうだなあ、3時間くらいかな。かるく見て」
持っていたカバンをおろしてガサゴソと手を中に差し込んでいたアルトが、首を捻りながら言った。
「3時間・・・」
「まあまあここまで歩けたんなら、あと10分も3時間もたいして変わらねえって。足出してみろ」
疲れてなんの抵抗もする気がしなくて足を出すと、カバンの中から小さな器に塗りつけられた軟膏の様な物を出して手渡された。
思わず匂いを嗅いだけど、無臭だ。
「ふくらはぎに塗るんだ」
言われるがまま指で少し掬い取ってふくらはぎに塗りつけて、手のひらで広げる。ミントか何かのハーブが入っているのか、塗ったところからヒンヤリしていく。
火照った足が冷まされて、すごく気持ちが良い。続けてもう片方の足も塗って安堵のため息をついてから、器をアルトに返した。
「ありがとう、歩けそう」
腰帯にくくりつけていた布で手を拭いて森の中に目をやった。
昨日の森と大して差はないように見える。小雨も降っているから、木々の葉で雨を避けられるのはありがたい。
平原は周りから見えてしまっていたので、被り物はもちろん被っていたけど、やっとはずせることも嬉しい。いくら防水加工されていて雨が染み込まないといっても、こう1日中雨だとしっとりしてきてるように感じる。かわりに水滴から身を守るためフードを被った。
私が一人でそんなことをしている間にアルトはいつの間にか火を起こし、何かを小さな鍋で煮込んでいた。
すっごいサバイバルな感じ。
それをまるで他人事のように眺めてしまう。
もしかして私もそのうちこんな感じになっちゃうんだろうか。なりたいような、なりたくないような。いや若い女性がそんな能力身に付けてもこの先何の役にも立ちそうにないし。いやでも知っておいたら万が一の時に便利?
「何百面相してんだよ」
ブハッと吹き出したあと大笑いしながら、何かの入った器を渡された。
鍋で煮込んでいた物のようだ。
「あと、これも食え」
自分の分をよそってから、クラッカーの様な物も差し出されて受けとる。
クラッカーはともかく、明らかに器の中の物は手で食べるような固さではなくて、どうしようと考えていたらそれを見たアルトにまた笑われた。
「はは、頭を働かせろ」
そう言って自分のクラッカーを割り、器の中の物を掬って食べた。
あ、なるほど。それにならって私も口に運ぶ。
チーズリゾットだ。もったりしていて濃厚で美味しい。
アルトは至福の一言表せるような顔をしていた私をじっと見たあと、にっこりと笑った。
ニヤリ、とかバカにしたような笑顔ではなくて、本心から出した笑顔を見たのは多分初めてで、何故か心底ホッとして私も微笑み返す。
「美味しい。料理もできるんだね」
「煮込んだだけを料理と言うんならな」
肩を竦めてガツガツと自分の分を平らげるアルトの耳が赤いのは、つっこまない方が良さそう。
ありがとうございました




