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瓶をまた背中に背負って、しっかり体に固定する。さらにその上から被り物を被った。
「表はさっきの奴がいるから裏から出よう」
遅い、とイライラしながら待っていたソルテが唸った。
外はやっと太陽が顔を出したところで、光が届かない屋内は薄暗い。
誰もいない一階のカウンターに鍵を置き、非常口になっている裏口をそっと抜けた。
朝もやが残る中、宿が面していた大通りを避けて裏通りを進む。
さっきの空色の帯の人は、こっち側は気にしていないみたいだ。後ろから足音は聞こえてこない。それでも細心の注意を払って、私の前にソルテ、後ろをアルトと前後を守られる形で一列に歩く。
カーマがどうのとか言ってた昨日に比べたら大違い。それだけ見つかったら捕まる可能性が高いという裏返しか。
通りには無言で歩く私たちの足音しかしない。
車一台通れるくらいの幅しかない通りは、古い石畳 で歩きにくい上、朝露か昨日の雨の名残か、路面が濡れていて滑る。足元を気にしながら慎重に足を出した。
道の両側には長屋のようなレンガ造りの建物がずっと続いている。どれも三階建て。日本の家屋を見慣れている私には、一直線に屋根が連なっている姿はなんだか異様だ。
しばらく行くと別の大通りに出た。野菜をいっぱい積んだ荷車とか、鶏が一羽ずつ入った籠をうず高く積んだ荷車が、ギチギチ音をたてながらゆっくり進んでいる。
どの荷車も引っ張っている人も動物もいなければ、御者もいない。エンジンなんて到底ついてなさそうな古風な荷車だ。なのにしっかり目的地に向かって動いている。
私がソワソワしているのに気づいて、アルトが後ろからつついた。危うく躓きそうになって後ろを睨む。
「いいから進め」
口パクだったけど、絶対そう言った。アルトはそのまま視線を私の向こう側、ソルテに向けた。つられて前を歩いているソルテを見ると、ソルテは渋い顔をしてこちらを振り返っていた。
緊張感が持続しなくてすみません。
私が気を取り直したのを確認して、荷車の間をぬうように大通りを横切る。大きな通りを結構な量の荷車が車線もなく動いているのに、それぞれはぶつかりもしないで進んでいく。
むしろ私たちがぶつかりそうだ。
宿を出た時にはまだ空は晴れて、青空も見えそうだったのに大通りを半分ほど横切ったところで急に雲が立ち込めた。渡りきった時にはまた小雨が振りだしていた。
海外では、一日の内で天気が頻繁にかわるって聞いたことがあるけど、こちらもそうらしい。
いくら撥水加工の布で出来ているからといっても、多少なりとも服がしっとりするのは気持ちの良いものじゃない。
カラッと晴れてくれたらいいのに。
渡りきった大通りを挟んだこちら側は、反対側とは全く雰囲気が違っていた。
さっき歩いていた街は、こちらからすると断然綺麗だ。
レンガ造りの建物の壁は崩れかけている物がほとんどで、家には扉がない。壁と壁の間に棒を通し、薄汚れた布を掛けて目隠しにしている。それが風でパタパタと揺れるたび、嗅いだことのない異臭が漂ってくる。
こちらの建物も長屋のようになっているけど、全部一階建てのようで屋根もない家が多い。本来窓がはまっていそうな壁の穴にも何もない。
ソルテは大通りに沿いに歩いた先に出現した細い路地に躊躇いもなく足を踏み入れた。
視線を感じる。
見える範囲でしかないけど、私たちは今この路地にいる人々からまるで監視されてるみたいに注目されている。
ここは車一台くらいしか通れなそうな幅、という点では宿屋からの通りと同じだけど、それ以外は全く違う。
まず石畳じゃない。土が剥き出しの道はデコボコしていて石畳以上に歩きにくい。
道の両側にある建物もやっぱり崩れかけで、人が住めそうには到底思えない。でも、壁と壁の間に垂れている布の陰から人がチラホラ顔を出す。その大半が子供だ。
明らかに場違いな私たちは好奇の目で見られている。
変な臭いはするし、早く通り抜けたい。なんだかどんどん街の奥深くまで来ている気がするのは気のせいだといいな。
「担い手様!」
少年の声で私たちは足を止めた。前方から走ってきた彼は、私たちの前で立ち止まり膝を地面に着けた。
わあ、汚れるよ!ぐっちゃぐちゃだよ、そこ!
「担い手様、どうか私たちに光を!」
両手を合わせて拝むように訴える彼はどう見ても10才を超えたくらいで、シャツを一枚着ているだけで、見るからにみすぼらしい。それも所々破けて穴が開いている。随分長い間洗っていないのか、単に雨によるものなのか、茶色く斑にシミが浮いていた。
シャツの袖から見える腕は細い。
「お願いです。ほんの少しだけで構いません。どうか救いの手を戴けませんか」
今にも泣き出しそうな顔の少年は、私たち3人を順番に見た後ソルテに視線を据えた。
一体何を話しているのか、意味を聞きたいけど、後ろにいるアルトの顔は当然見えない。
「申し訳ないが、先を急いでいる」
アルトがこっそりため息をついた声と、ソルテが冷たく言ったのが聞こえたのはほぼ同時だった。
「ど、どうしてですか。道向こうとこちらをご覧になったのでしょう!なぜこんなにも・・・」
「トバル、やめなさい」
ソルテの足にすがりつきそうになった少年、トバルは肩をビクッと震わせて、後ろを振り返った。つられて私たちも顔を上げる。
彼のすぐ後ろに老人が立っていた。
トバルと呼ばれた少年よりは衣服は整っていたけど、彼もまたガリガリに痩せていた。左手に杖をついているけど、背筋はしっかり伸びていて、威厳を感じさせた。しわしわの顔には白い顎髭を長く生やして、その先を一纏めにして2連の小さなビーズをくくりつけている。
帽子を被っているから頭はよくわからないけど、多分髪の毛はない。
首にじゃらじゃらと数珠のような飾りを何連もかけていて、動くたび音がする。
「おじいさま、なぜですか!せっかく担い手様が来たのに。私にはもう耐えられません」
「担い手様も断りたくて断っている訳ではないんだよ。物事には法則がある。一つの法則を壊すことで他も壊れてしまうことは教えただろうに」
気づいたら私たちは人々に取り囲まれていた。皆一様に染みの浮いた服を着て、悲しい顔をしてこちらを見ている。
ここは一体何なの?
「長老殿、申し訳ないが、この町を通り抜けさせていただきたいのですが」
「構いませんとも。憂いの門でよろしいか?頂きの門は先日ストンの者が通っていたのでな。お勧めできん」
深く頷いた彼は思案気に顎を撫でながら答えた。ちらりと私を見た気がして、あわてて視線を下げる。
「そうですか・・・」
振り返ったソルテが私を通り越してアルトと視線を交わし、頷いた。
「憂いの門でお願いしたい。ときに、長老殿向こうの晴天はどの程度続いていますか?
「もう一週間は続いとります。心の痛いことですなあ。こちらの道を行きましょう、歩き慣れない者もいるようじゃ」
老人に示された道はさらに狭く、暗くはあったけど、比較的道は平坦で歩きやすそうだ。
「ご案内しましょう」
そう言うと老人は杖をついてるのが不思議なほど、スタスタと歩き出した。
ありがとうございました
ここまでが改稿部分です(たぶん)。
まだまだ序盤です(たぶん)。




