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エリスの復讐譚  作者: ユキチ
「なぜレオナールを頼らなかったのか」

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14/17

釈放

「なんであの男が……レオンハルトが釈放されるんですか?」


 捜査局では不満の声が上がっていた。

 レオンハルトがアンヌにしていたことや兄のカルロから受け取ったアンヌの幼少期の私物などもあり、現状では最も怪しい。


「……もしかして、レオンハルトの実家から圧力でもあったんですか?」


 部下の一人が訝しげにアルバートを見る。


「捜査局がそんなものに屈するか。うちは司法省直轄だぞ。捜査権限がありすぎて貴族から嫌われるくらいだ」


 貴族社会では鼻つまみ者の捜査局だ。

 ここにいる人間は平民もいれば貴族もいる。主任を任されているアルバートは司法に携わる家の出身だが部下は平民と貴族が半々だった。それでも仲違いせずに仕事ができるのはここにいる人間たちの使命感の強さと人柄によるものだった。


 捜査局が来た家は後ろ暗いことがあると世間では認識されている。事実、レオンハルトの実家は相当な批判を買っていた。本来、貴族の家に乗り込むことなどありえないが今回は人命も関わっている可能性があったためできたことだ。


「……それに、レオンハルトはアンヌ嬢の部屋まで行ったが、「アンヌ嬢を拉致した」という証拠はない」

「あの気持ち悪い収集品《コレクション》があってもですか?」


 女性捜査員はレオンハルトのコレクションを思い出し、身震いする。

 誘拐ではなくとも窃盗で捕まえられないかと声が上がったが、盗んだものではなく廃棄したものを拾ったと言い逃れ釈放された。


「それと、今回の誘拐は別……ということだ」


「アンヌの部屋の前まで行った」「アンヌの私物を集めている」ということと「アンヌを屋外でも目撃者なく連れ出せる」というのはまた別の話だ。


「アンヌ嬢が行方不明となった日、レオンハルトにはアリバイがあった。証人もいる、レオンハルトとは全く関係のない赤の他人だ。その人には庇う理由もない」


 レオンハルトが釈放となった一番の理由だった。


「協力者とかいるんじゃないですか? 貴族って基本的にそういった汚れ仕事は下の人間にさせるでしょう」


 部下がアルバートをちらりと見る。貴族への偏見だと言いたいが事実でもある。世の中には金で動く人間というのはどこにでもいる。


「新聞では死亡説もあれば、どこかに捕らわれているという説も出てます」

「……レダースの証言もある。アンヌ嬢が自ら逃げ出したという可能性も出てきた」


 レダースは証拠隠滅の自白ということで聴取を受けていた。


「実際のところは分からないですよね」

「……逃げ出したんですかね。そっちならむしろ応援します」


 正直、逃げたのであればそのまま逃げ切り、何処かで幸せになってほしいというのが捜査局員たちの内心だった。


「家族もあまり捜査に協力的ではないですし、あの家に戻ることもないでしょう」

「……というより、家が無くなったな」


 新聞に掲載されているのはアンヌの全く似ていない似顔絵や、カルロがレオンハルトにアンヌの私物を売っていたということだった。


 このカルロの情報源はあの家の使用人だった人間だ。忠誠心もなければ退職金も出ないであろうユグノー家に見切りをつけた。新聞にカルロのことが掲載されるとユグノー家はあっという間に終わった。

 今回の一件で親戚縁者からも信用がなくなり、祖父が住んでいた所領に戻ろうとしてもその所領は祖父が王都に同居する際に手放してしまい、もうすでに親戚が住んでいた。そこの人たちも引き取ることはしなかった。

 借金もあり、その借金の担保にあの貴族街の土地を入れていた。住む家も土地も奪われたあの家族はもう終わりだろう。


「法では行方不明者は3年間消息がなければ死亡推定だ。それに、もしもということもある。探すぞ、人相書きを配るように」

「あれをですか?」


 あれというのはあの似ていない似顔絵だった。

 おそらく一生見つかることはないだろう。


 ◆


 釈放された。

 久しぶりに外に出た。

 ようやく僕の無実が分かったらしい。証拠もないくせによくも拘束なんてしてくれたものだ。そもそも国は捜査局に権限を与えすぎなんだ。

 家宅捜査された家の風評被害も酷い、だが僕の無実が分かったのであれば少しは自重させることができるかもしれない。


 ——僕がアンヌを拉致するわけがないだろうに。


 僕がアンヌにどれだけの愛を注いでいるか分からないのか。

 捜査局は僕のアンヌの収集品を見ているという。少し照れ臭いが、あれこそが愛の証明だろう。


 迎えの馬車に乗せられる。

 てっきり馬車の中には両親がいるかと思ったが誰もいなかった。


「おい、どこに行く?」

「……」


 屋敷の正面を通り過ぎる。

 御者は僕の言葉が聞こえていないのか、そのまま裏へと回り込み、まるで隠れるかのようにして屋敷の敷地内に入る。

 そして、屋敷の裏口から家に入った。


「……お帰りなさいませ。旦那様が執務室で御待ちです」


 待っていたのは両親ではなく、家令だった。

 そのまま父の執務室まで通される。


「……帰ったか、このバカが」


 久しぶりに見た父の顔はやつれていた。目の下も隈もひどい。それでも机の上には大量の書類の束が置かれていた。疲労の滲むその目で僕を睨む。


「た、ただいま戻りました……この度は」

「……それで、アンヌ嬢はどこにいる」

「へ……?」


 今、父は何と言ったのだろうか。


「ぼ、僕は何も知りません」

「……本当だろうな?」


 この目は知っている。

 取り調べをしていた捜査局員たちが僕に向けていた目だった。罪人を見るような目を家族からも向けられている。


 ——どうして信じてくれないんだっ


「ほ、本当です。僕も心配して……」

「お前がどうしてもというからあんな貴族とは名ばかりの家の娘との結婚を認めてやったのに。いや……アンヌ嬢だけは別だな、あれらと一緒にしては失礼だ。だが、もういい、婚約は破棄された。しばらく家の中にいろ。どこにも行くな、部屋からも出てくるな。目障りだ」

「だ、ダメです。僕はアンヌを探しに行かないといけないっ!!」


 もしも悪漢の手に捕らわれているというのならばこの僕が助けなければならない。

 他の誰でもないこの僕が。

 彼女を見つけたその時こそ、僕が頼れる人間だという証明にもなる。きっと彼女も喜んでくれる。


 だが、父は拳を振り上げ机を思いっきり叩く。

 その衝撃で机の上にあった書類が床に落ちるが父は気にも留めない。


「ふざけるなっ!! お前は世間から誘拐犯だと思われているんだぞっ!!」

「だからこそ、僕が自身の冤罪を晴らしますっ!!」

「何が冤罪だっ!! アンヌ嬢の私物を盗んだのは間違いなくお前だろうっ!」

「あれはアンヌがもう使わなかったものを僕が拾っただけですっ!!」

「このっ……!!」


 父は頭の血管が切れるのではないかというほど顔を真っ赤にした。


「貴様の廃嫡は決まったことだが、これ以上世間に迷惑をかけるわけにはいかん」

「……アンヌの家族は? 探していないんですか?」


 家督の事なんてどうでもいい。それにアンヌさえ見つかればむしろ追い風にもなる。すべてが丸く収まるはずだ。


「お前は——っ——!!」


 父は怒鳴ろうとするが、溜息を吐いて項垂れる。


「……知らん。あんな家と親戚にならずに済んでよかった。あの家族はもう家も売り払った。それでも借金は残った。もうお前と会うことはないだろう」


 やはりと思ったが結婚は流れてしまったか。アンヌもいないし、今回の一件で僕も不名誉を被った。


「……部屋に戻れ、私がいいと言うまで部屋から出るんじゃない」

「だから僕はアンヌをっ!!」

「黙れぇっ!!」


 父が一喝する。

 その迫力に思わず呑まれる。


「何が「アンヌを探しに」だっ! 口を開けば馬鹿の一つ覚えのようにアンヌ、アンヌと、気持ち悪いっ!! お前があんな人間だとは知らなかった。お前の所為でリーファは倒れたのだぞっ!」

「は、母上が? なぜ……?」

「……お前の所為に決まっているだろう。そんなことも分からんのか……本当に私たちは……お前の何を見てきたのだろうな……自慢の息子だと思っていたが犯罪者か……」


 父上は疲れた様子を見せるが、僕にだって言い分はある。大体、捕まったのは冤罪だ。


「……後で見舞いに向かいます」

「今はここにはいない。実家に帰っている。お前の顔なぞ見たくないそうだ。絶対に行くんじゃない。アンヌ嬢も同じ気持ちだったそうだぞ」

「アンヌが? まさか……」

「……連れていけ」 


 ◆


 結局、何もできずに僕は部屋に戻された。

 アンヌを探しに行くことも認められなかった。

 部屋に戻ると明らかに物の配置が変わっていた。まさかと思ったが僕のアンヌコレクションもなかった。証拠品として押収されているのだろう。


 自分で言うのもなんだが、僕は女性に非常に人気がある。

 幼少期から初等学院に入り、中等学院や高等学院でも僕に言い寄ってくる女性は多くいた。

 だが、僕にはアンヌがいた。初めて会った時から好きだった。


 アンヌ・ユグノー。

 僕の運命の女性だ。

 彼女を初めて見たのは歴史だけはある貴族——ユグノー家の長男の誕生日だった。貴族というのは面倒なものでどうしようもない人間たちともつながりを持たなければならない。太りすぎて悲鳴を上げている服やパーティーもかなり無理をしているのだろう。もうこの家もこの代で終わりだというのが父たちの見解だった。


 カルロという人間を作ったのは間違いなくこの家の人間だ。

 僕は溜息を吐いてその家族を見る。彼の家族たちはカルロを「自慢の息子だ」とか「将来性がある」などと持ち上げているが一人だけつまらなそうな顔をしている女の子がいた。


 妙に気になる。

 その子——アンヌのことが気になり、彼女について調べさせた。

 カルロと双子ということだったが二人の共通点は赤毛という点のみだった。学院にも通っているということでアンヌを探す。


 声をかけると僕に対してもあの時のパーティーでしていた目を向けた。

 そんな女の子は初めてだった。

 僕を見ても頬を染めない女の子なんて見たことがない。きっと彼女は特別なのだろう。僕は必ず彼女を僕の物にすると決めた。


 学院では僕らの代ではサンチェス家のクリスティーナ様が最も人気だった。

 だが、僕にはアンヌがいる。アンヌ以外は眼中にない。

 まわりの女は必死に僕にアピールをしてくるが、鬱陶しいことこの上ない。けれども、彼女たちが役に立つこともあった。

 彼女らは叶わぬ夢を見るよりも目の前のアンヌに嫉妬をぶつけることを優先したらしい。詰め寄られて困っているアンヌは可愛らしかった。その時にこちらを見てきた、僕は彼女に向かってほほ笑む。


 ——頼ってくれたらいいのに。


 僕は君のためになら何でもする。

 そこにいる女どもを殴れと言われれば僕は躊躇なんてしない。だが、彼女は僕を頼らなかった。


 彼女との逢瀬はいつも図書館だった。

 図書館でいつも彼女は勉強している。偶には遊びに誘ったり、彼女のためになることを言ったけれどエリス嬢に邪魔をされるようになって僕たちは引き離された。


 そして学院を卒業後に僕たちは運命に導かれるかのように一緒の部署で働くことになった。離れていた期間もあったせいか彼女は僕に素っ気無くなっていた。


 僕は叔父であるレダース部長や部署の人々に頼み込み、アンヌの手伝いは自分がするからと言い、周りが手出しできないようにした。周りの人たちは微笑ましいと言い僕の言うことを聞いてくれた。


 だが、彼女は何でも1人でこなしてしまう。

 僕にくらい頼ってくれればいいのに。


「僕が手伝ってもいいんだけどさ」

「結構です」

「……意地で変に一人で突っ張られても迷惑なんだけど。仕事っていうのは一人ではできないからね」

「そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」

「……」


 僕はついアンヌの言葉に苛立ってしまった。


「そんな風に気が立ってるって顔しているとみんなが迷惑なんだよ。みんながキミに気を遣っているって分からない?」

「そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」


 彼女も意地になっているようだった。

 こちらの好意を無視するのならば僕も好きにさせてもらう。早く素直になってくれ。


「……おい。レオンハルト、いい加減にしろ」


 叔父であるレダース部長に叱られる。


「……何がです?」

「アンヌに仕事を振りすぎだ」

「彼女が「手伝って」って言えば手伝いますよ」

「加減しないと嫌われるぞ」

「あはは」


 そんなわけがない。

 僕を頼るということを教えるだけだ。

 将来的にアンヌに必要なことだ。


 だが、アンヌはついぞ僕を頼ることなく倒れた。

 休んでいる彼女の机を見て、彼女がそこにいないことに不安が募る。


「……叔父さん……アンヌのところに行ってもいいかな?」

「……今はやめておけ」


 叔父さんに言われて僕は引き下がる。

 アンヌにこれ以上、仕事をさせてはいけない。


 僕は彼女と結婚する決意を固める。

 仕事を辞めてもらって家庭に入ってもらおう。


 僕はすぐに彼女の実家であるユグノー家に結婚を打診した。

 久しぶりに会ったカルロはさらに太っていた。その人間性もあって結婚も見合いの提案の段階ですぐに断られるようだった。だが、アンヌの家族だ。僕が助けてあげる必要がある。


 僕はアンヌの両親に僕がいかにアンヌを愛しているかを熱弁した。それに最も反応したのは母親の方だった。


「うちのアンヌでよろしいのですか? 親の目から見ても昔からあまり愛想がよくなくて野暮ったい女ですが……」

「僕には彼女しかいないのです」


 アンヌの母親はフルフルと震え、感動していた。

 カルロの縁談の面倒も見ると伝えると、僕とアンヌの結婚に反対する人は誰もいなかった。

 結婚が決まったことを彼女に伝えようと彼女が住んでいる女子寮へと向かった。


「やあ」

「あ、レオンハルト様。どうかなさいましたか?」


 嬉しさもあっていつもより笑顔を振りまいてしまう。

 女子寮の管理人たちは嬉しそうに頬を染めていた……でも、ごめんね。僕にはもう婚約者がいるから。


「婚約者に会いに来たんだ。部屋に行ってもいいかい?」

「婚約者ですか?」

「うん、つい先日婚約したんだ」

「えっと……規則では、本当はダメなのですが……伝言では?」

「僕の口から直接伝えたいんだ」


 僕が頼み込む、おまけにチップとして金貨を1枚渡すと女子寮へ入ることが許された。彼女の部屋を尋ねる。

 ノックをして出て来た彼女はいつものように可愛らしかった。


「……やあ、アンヌ。大丈夫かい?」

「……ここは女子寮ですが?」


 結婚のことは母親から聞いているだろうに、スンと澄ました表情は何とも彼女らしかった。


「事情を話したら入れてもらえたよ。もうじき僕と結婚するんだし」

「——っ——!!」


 アンヌはすぐに扉を閉めてしまう。照れているのかな。ああ、そういえば体調を崩していたんだった。


『あれ? アンヌ。どうしたの? まだ体調悪かったりするの? 僕が看病しようか? ねえ!』


 彼女を気遣うため部屋の扉をノックするが、結局彼女が出てくることはなく、僕はその日は帰ることにした。

 本当は彼女と過ごしたかったのだが、体調が悪いのなら仕方がない。

 だが、それからもアンヌと会えない日々は続いた。


『アンヌー』

『アンヌー! いいワイン持ってきてあげたよー。入れてよー』


 結婚が決まった女性が精神的に不安定になったりするという話を聞いたことがある。アンヌも、もしかしたらそうなのかもしれない。


 僕はアンヌとの結婚に幸せしか見ていない。

 結婚式はどこにしようか、電気通信省の仕事はやめて家で過ごしてもらいたい、引っ越しをしてもいいな。家は小さくていい。小さな家の方が近くに居られる。手をつないでずっと離さない。


「今日はアンヌさんに会えましたか?」


 寮の管理人の人たちは興味本位で聞いてくる。

 ここまで何度も訪ねているのに、アンヌと会えていないなんて言うのは僕のプライドが許さなかった。


「今日はアンヌと会えたよ」


 そんな嘘をついた。

 明日きっと会える。そうすれば嘘ではなくなる。


 だが、アンヌはいなくなってしまった。


 今も捜査局は動いてアンヌの捜索をしているらしいが、彼女の情報は何も得られていないようだった。

 さらわれた? 貴族女性が誘拐とあれば貞操や名誉にも関わる。だが、そんなものはどうでもいい。

 無事でいるのだろうか。

 今頃、僕と結婚して幸せになるはずだったのに……お願いだ無事でいてくれ。


 ◆


 部屋で謹慎させられてひと月以上が経過した。

 何とか屋敷内を自由に動けることは認められたが、外出することは許されなかった。


「おい。まだ謹慎は解けないのか。父上から何か聞いていないのか」

「……聞いておりません」


 家令は僕を見て一瞬眉を顰める。


「父上はいるのか? 話をさせろ」

「……当主様はご不在です。リーファ様のお見舞いに向かっております」


 両親は非常に仲がいい。

 いずれは2人のような夫婦にアンヌとなりたかったというのに。なぜわかってくれないのだろうか。


「……では、御用がないならばお部屋にお戻りください」

「……少しでいい。外出させてくれ」

「なりません。これ以上当主様にご負担をかけないようお願いいたします」

「……わかった。しばらく部屋にいる。今日の食事はいらない」


 これは何を言っても無駄だと思った。

 だが、父上が不在とはいいことを聞いた。

 この者たちも自身が処罰をされたくないだろう、少しの間家を抜け出したことがばれても黙っているはずだ。僕はその日に逃げ出した。


 こんな時のために使用人の服を手に入れておいてよかった。

 使用人の人数も減っていることもあって簡単に屋敷から出ることができた。


 まずはアンヌの家に向かった。

 王都は城を中心として下町ほど外側に広がる形となっている。身分の高い家臣ほど城の近くや中心部に住み、身分の低い町人たちはその外に置かれる。アンヌの家は貴族街の端の端だった。


 アンヌの家はすでに取り壊されており、土地も売りに出されていると聞いたが、貴族街ということには変わりなくすぐに買い手がついたらしい。それでも借金を返すには足りなかったようだ。


 同僚たちなら何か知っているかもしれないと思って、職場へと向かう。中に入るのはさすがに躊躇われた。

 外で隠れていると知っている顔が出てきた。

 その表情はとても疲れている様子だった。

 その人が一人になったタイミングで声をかけた。


「……先輩」

「!?」


 僕の呼びかけにびくりと反応する。

 僕の方を見ると先輩はとても驚いていた。


「お久しぶりです」

「……お前か……」


 先輩は驚いて固まっている。そして振り返り逃げようとする。

 僕は慌てて先輩を引き留めるために腕を掴んだ。


「な、なにするつもりだっ!! この誘拐犯っ!!」


 掴んだ手を振り払い、先輩は僕を睨む。

 目に敵意があった。だが、それよりも今先輩に言われた「誘拐犯」の言葉の方がショックだった。


「ゆ、誘拐犯?」

「お、お前がアンヌを誘拐したんだろっ!! 職場でも家族にもお前の協力者みたいに言われて、お前の所為で俺は……俺は……!!」


 頭をかきむしる先輩。

 その時に気が付いたが左手につけていた結婚指輪がなくなっていた。アンヌのことでいつも相談に乗ってくれた時、いつも結婚のすばらしさを語っていた先輩は結婚指輪を手放すことはしなかったはずなのに……。


「ち、違います!! 僕は誘拐なんてしていないっ!!」

「おいっ!! レオンハルト・ウォルターズの奴がいるぞっ!!!!」


 僕の話なんて何も聞いてくれない。

 先輩の声で人が集まってくる。視線が集まる。


「あの誘拐犯の……?」

「なんでここにいるのよ」

「おい、警邏を呼んで来いっ!」


 その視線は嫌悪に満ちていた。

 中には知った顔もいる。僕のことを好意的に見ていた人たちがまるで汚物を見るような目を向ける。


 僕はその場から逃げるように立ち去った。


 視線から逃げる。

 人から逃げる。走って走って走った。

 どこまでも人の目は追いかけてくるようだった。


個人情報のため名前は載せられませんが、誤字脱字報告いつもありがとうございます。貴方のおかげでより良い作品ができています。

至らぬ点が多々ございますがこれからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
クズ男に協力(笑)した管理人もバカ同僚も、家族から追い出されたり、離婚されたり、縁談が壊れたりして社会的に死亡〜笑笑笑
先輩にも罰が当たってスッキリです。上司は逮捕されてるし他の同僚も凄い事になってそうですね。レオンハルト視点の回は予想通り気持ち悪い内心垂れ流しててこれからもっと転落していけという思いが強くなりますよ。
カルロの縁談も適当に考えてたのかしら。 お金の力と僕に惚れてる娘ならいうこと聞くだろうとか。 プライドも高っ!このままだと毒で処分コースかな。こわこわです。
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