第八話 静電気
カチャカチャ、ガチャン——
「ただいまー!」
足が離れる。
「誰か来てるの?」
妻が玄関に立つ。
玄関から聞こえた声に、
拓也と唯は同時に身体を強張らせた。
「あれ?……唯さん?」
「あれ?……香織ちゃん?」
沈黙。
拓也だけが状況を理解できず、
二人を交互に見る。
「……お前たち、知り合いなの?」
「職場が同じなの!」
香織が驚いたように笑う。
「あなた、前に言ってた幼馴染の“唯ちゃん”って、唯さんのことだったの?」
「あ……うん。さっき墓参りで偶然会って」
唯が少しだけ視線を逸らす。
「香織ちゃん、ごめんね。急にお邪魔して。
拓也の奥さんが香織ちゃんだったなんて、想像もしなかった」
その言葉に、
拓也の胸の奥がざわつく。
偶然。
本当に?
そんな言葉が、一瞬だけ頭をよぎった。
「香織、お前もコーヒー飲む?」
「コーヒーって今からお湯沸かすの?」
「沸いてるだろ?」
「ううん。めっちゃ冷たい。水!」
「私そろそろ帰るわ。ごめんね、急にお邪魔して……
って私、車置いて来てたんだ……拓也、墓所の駐車場まで送って!」
妻が言う。
「唯さん、もっとゆっくりしてけば良いのに」
「私も家の事しなきゃいけないから」
「ごめん!ちょっと唯を送ってくるわ!」
「拓也、ごめんね!香織さんもなんかごめんね……。また来て良い?」
「もちろん。またいつでも来てよ」
外に出ると、気温がさらに下がり、太陽が傾いていた。
さむっ。
息を吸い込むと、鼻がツンと痛い。
少し冬の匂いがした。
車に乗り込みエンジンをかける。
冷たい風が吹き出し口から出る。
冷えた缶コーヒー。
朝と同じだ。
沈黙が続く車内。
「さっきやばかったね?」
「何もやばくないだろ?」
「そう?鍵の音でビクッてなってたじゃん?」
「お前もビクッてなってただろ?」
「なってないし」
「なってないだろ」
(ここは合うんだ)
「ね、拓也もおじさんになったね?」
「そりゃそうだろ?お前だってしっかりおばさんになってるよ」
「そうじゃなくて……
沢山薬あったから。
気になって調べちゃった。色々飲んでるんだね。
あの黄色の錠剤なに?」
「……何でもない。ビタミン剤」
「ふーん?
頑張ってんだね?おじさんだもんね?香織ちゃん綺麗だしね」
「……お前、ちょ……」
「ふーん……早いの気にしてるんだね」
「……悪いかよ?」
「ふーん……」
さっきと同じ返事。
「早いの前からだから、別に良いんじゃない?」
「ちょ……お前……」
短い沈黙。
「……着いたぞ。なんか、今日ありがとな」
「ううん、こっちこそ無理やり家行ったりしてごめんね」
「いや、なんかわかんないけど、良かった気がする」
「そ?それなら良かった。私のほうこそありがと!」
「じゃ、帰るね!」
「うん。またな!」
「うん。また……」
「ね、拓也……」
「ん……」
目を閉じて顎をあげている。
「んっ……!早く!」
はぁー……
近づくお互いの唇。
パチッ。
静電気で重なりかけた距離が少し離れた。
二人で思わず笑った。
「今度こそ、またね」
「おう!またな!」
「絶対だよ!」
「うん!絶対だな!」
白い息が、今度はすぐには消えなかった。
助手席のシートに、
“あの”シャープペンが転がっていた。
──第二部 完──
(第三部へ続く)




