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第四話 真逆の景色

【唯視点】  


気がつけば、あれから20年が経っていた。

 

拓也とは、あの時から曖昧な距離のまま時間だけが過ぎていった。  


完全に離れたわけじゃない。 でも、昔みたいに近づく理由も、もうなかった。  

 

私が結婚して家を出てからは、顔を合わせることもほとんどなくなった。  


私も家庭を持って、 あの家とは違う場所で、普通に生きていけると思っていた。

  

それでも、年に数回だけ、この墓所には来る。 母に会いに来るみたいに。  


あの人がいなくなってから、 実家はただの古い家になった。

 

なのに、 あの日の四畳半だけは、今も胸の奥から消えてくれなかった。  


雨上がりの墓所。 冷たい苔と湿った土の匂いが、肺の奥にゆっくり沈んでいく。


その冷たさの中で、 私の身体だけが妙に熱を帯びていた。 

 



二十年前、 この場所とはまったく違う四畳半で、 私は震えていた。


今日は違う。 震えているのは、拓也のほうだった。


私はスマホのレンズを向ける。 赤い録画ランプが、彼の顔を冷たく照らす。


「……拓也」 


名前を呼ぶ。


「……」


目が合うが、すぐに視線が逸れる。


その反応が、 胸の奥に静かに落ちていく。


「ねぇ、覚えてる?」


拓也は答えない。 ただ、視線を逸らす。


その目の動きだけで、 二十年前の空気が蘇る。


あの時、 私がどれだけ声を震わせても、 拓也は振り返らなかった。


今日は逆だ。 私が一歩近づくたび、 拓也の呼吸が乱れる。


「……どうして震えてるの?」


問いかける声は、 自分でも驚くほど静かだった。


拓也は唇を噛み、 何かを言おうとして、言えない。


その沈黙が、 二十年分の空白を埋めていく。


私はスマホを少し傾け、 彼の表情を確かめる。


焦点の合わない瞳。 濡れた額。 罪悪感と恐怖が混ざった顔。


二十年前の傲慢な少年は、 もうどこにもいなかった。


「……拓也、あの時私のお願い聞いてくれたっけ?」


その言葉を落とした瞬間、 拓也の膝がわずかに崩れた。


墓所の静けさが、 二人の間に重く沈む。


私はゆっくりと微笑んだ。


「……あの時の、仕返し♡」


その一言で、 拓也の顔が真っ赤に染まる。


屈辱、後悔、恐怖。 全部が混ざった表情。


私はその顔を、 スマホ越しに静かに見つめた。


(これでいい。  ようやく、あの四畳半から出られた)


墓所に響くのは、 もう湿った音ではない。


遠くで、 雨水が墓石を一滴ずつ叩いていた。


その静けさの中で、 私はようやく息ができた気がした。



──第一部 完──

(第二部へ続く)


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