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第二話 断片の地獄



【唯視点】


少し前まで、好きだった音。

今はわからない。  

 


バイクの音が近づく。

その瞬間、シャープペンが止まった。


まだ遠くにいるはずなのに、 胸の奥がぎゅっと縮む。


カリカリ…… 芯を走らせて“気づかないふり”をする。


庭でエンジンが止まる。

ガラガラ。玄関の音。


「お邪魔します」

襖の向こうに、熱と重い呼吸が滲む。


襖が開き、すぐ閉まる。


いつもと同じ四畳半なのに、 今日は息が苦しい。


指先が、勝手に震え始めていた。


「……唯」


拓也の声が低く落ちる。


返事をしようとしたのに、 喉がうまく動かなかった。


「唯、こっち向けよ」


その言葉に、 身体がびくりと反応する。


怖い。 でも、理由がわからない。


拓也が近づくたび、 空気が重くなる。


「……なんで震えてんだよ」


自分でもわからない。 ただ、胸の奥がざわついて止まらなかった。


シャープペンが指から滑り落ちる。 乾いた音がやけに大きく響いた。


「唯…」


拓也の声が耳元で落ちる。


顔を上げると、 彼の目がすぐそこにあった。


逃げようとしたのに、 視線が外せなかった。


「……怖いのか?」


違う。 でも、違わない。


言葉にならない何かが、 胸の奥で渦を巻く。


拓也の指が頬に触れた瞬間、 身体が勝手に強張った。


「なんでそんな顔すんだよ」


その問いに答えられなかった。


答えたら、 何かが壊れる気がした。


「唯…」


名前を呼ばれただけで、 心臓が跳ねた。


「……泣いてんの?」


気づけば、 頬を伝うものがあった。


痛いのか、怖いのか、 それとも別の何かなのか。


自分でもわからなかった。


拓也は何も言わず、 ただ私を見下ろしていた。


その視線が、 どうしようもなく苦しかった。


「……ごめん」   誰が誰に謝ったのか、 もう思い出せない。


ただ、 あの日の四畳半の空気だけが、 20年経った今も胸の奥に残っている。


理由も形も思い出せないのに、 震えだけは、 ずっと消えなかった。



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