11話 人形の手入れ その三
人形の手入れ方法について――。
①弊社の人形は高い耐久性を兼ね備えておりますが、デリケートに扱ってください。尚破損した際には弊社がすぐに回収いたします。
②弊社の人形は耐水性に優れており入浴にもバッチリ対応しております。ですから人形が汚れてしまった際にはお風呂に浸けて洗う事も可能です。※入浴させる前にお風呂につけた際の手入れの仕方を御覧ください――。
――※入浴させる前の手入れの仕方。
オーナー様は必ずご覧になり人形を入浴させるかお決めください。
人形を入浴またはシャワー等で洗浄されますと、水が人形の関節の隙間から侵入します。これを放っておかれますと人形の劣化の原因となりますので人形を一旦分解して水分を吹き取り再び組み立ててください。なおオーナー様は人形を分解することに関して強い嫌悪感を抱かれると思いますのでよく吟味して人形を洗浄されるかご判断ください。
……。
「おい、それは本当に説明書に書いてあることなのか?」
「あぁ、本当に書いてある事だ」
「嘘だ、オレが字を読めないから大我は適当な事を言ってオレを脅してるだけだ!」
「いやいや、本当に説明書にそう書いてあるんだって、見ろ」
「だから字が読めないって言ってるだろ!」
先程から胡蝶と大我は説明書の内容が嘘だ本当だと言い合ってばかりいる。しかしどう足掻いても説明書は本当で胡蝶の手入れを完璧にする為には一旦パーツを分解しなければならない。
「畜生……オレは覚悟を決めるしかねぇのか、いつまでも水が身体の隙間から漏れてくるのは気持ち悪いしな」
自分の身体の美を守る為には勇気を持って身体のパーツを外さなければならない。しかしそれは痛くないことなのだろうか。さらに失敗したときのリスクはどうなるのか。下手すればパーツが壊れて身体の一部が機能しなくなるかもしれない。胡蝶はそれが心配でたまらなかった。
「説明書通りにやれば多分大丈夫だ……えーと何々、まずパーツを外す為の作業その一、人形の腕を引っ張って伸ばしましょう。そうすれば中にある引っ掛け紐が伸びて出てくるので、それをパーツのフックからとり外しましょう……だってさ」
大我が説明すると胡蝶はゾッとした表情をした。その様子に大我は罪悪を感じ、自分も覚悟を決める事にした。
「決めた。俺がもし胡蝶の腕のパーツをうまく外せなかったり、誤って破損させた時は……俺も胡蝶に自分の腕を差し出す!」
「お前……何を言ってるんだ?」
「だから、俺も腕を差し出すと言ったんだ。胡蝶にだけ失敗のリスクを負わせはしない。だからもし失敗したら……胡蝶が俺の腕を持って行ってくれ。これでお互いに失敗のリスクを負う」
「大我、そこまでオレの事を考えて……このバカ」
胡蝶は大我の心意気に感動した。そして自分は大我からものすごく大切にされている事を深く認識した。もしこれが仮に恋愛ゲームのプレイ画面ならば顔を紅くして照れる胡蝶のイラストと、一気に駆け上がる効果音、そして同時に好感度が上がりまくったとメッセージが出てきた事だろう。
「大我のその覚悟をオレは嬉しく思う。だから大我……オレをお前の手でバラバラにしてくれ!」
「……うん、わかった」
大我は胡蝶の腕をガシッと掴んだ。そして胡蝶は引っ張られても耐えれるように後ろに身体の体重をかけて耐える準備をした。そして――。
「行くぞ――!」
「うん――って、あら……きゃっ、わっ!?」
「――えっ、わっ、痛アアアッ!」
――胡蝶の方が大我より体重が軽い為簡単に大我の力に引き寄せられた。そして胡蝶はそのまま勢いに乗って大我の顔面に頭突きを食らわせる事となった。当然の結果だ。しかも腕のパーツも外れていない。
……。
「大我……失敗しちまったな」
「そうだね胡蝶」
「腕、さしだせよ」
「――っ!?」
……。
その後、大我は胡蝶に約束通り腕を差し出した。そしてどうなったかというと、胡蝶に腕の関節技をかけられて痛めつけられた。これで大我は失敗の代償を支払った。
「イタタ……お前いつどこで関節技なんて覚えたんだよ」
「ん、お前がいない時に暇だから本棚を漁ったら半裸の男同士が身体を掴んだり絡み合ってる写真の本があって、それで覚えた」
「おいっ、確かにある意味その言い方はあってるけど、それはちゃんとした格闘技――サブミッションの解説本だからな。オレはソッチ系じゃないからな!?」
実は大我が仕事でいない時、胡蝶は暇を潰す為に字が読めない自分でも内容がなんとなくわかる写真や絵が多く描かれている本ばかり選択して読んでいる。それで大我が知らないうちに知識を蓄えていたのだ。そして最近はこうした本から人間の身体の構造を探っているらしく、人形の自分とどこが違うのかを確認するのだ。これも全て胡蝶が大我の事をもっと知りたいと思っての行動だ。
……。
「――それにしても困ったな。何を試してもパーツが外れない」
「おい、どうすんだ。このままじゃパーツを取り外しができなかったらオレは身体に侵入した水のせいでカビだらけになるんだぞ!」
「落ち着け、もう少し身体を探って見よう。もしかしたら胡蝶の身体のどこかに取り外し用のスイッチみたいなのがあるかもしれない」
「そんなのねぇよ!」
「まぁまぁ、何度説明書を読んでもわかんないから色々調べて試してみようぜ」
「おいよせ、くすぐったい。アハハハハッ、やめろよ大我!」
大我は胡蝶の身体のパーツの繋ぎ目の部分を指でなぞった。それが胡蝶にはくすぐったく感じるようだ。その様子を無視して、さらに作業を続けていくと、大我は胡蝶の首の後ろの部分に小さくて紅い蝶々の形をした模様を見つけた。
(んっ、この模様はなんだ? しかも首の後ろ部分のわざわざ後ろ髪を上げないとわからないところ刻まれてる……まるで隠してるみたいで怪しい)
蝶々の模様を怪しく思った大我はは、模様に長く指で触れてみる事にした。
「――うっ!?」
「あれ、どうした急に……おい胡蝶しっかりしろ! なんで急に気を失って……ハッ、まさか!?」
模様を触ってから急に胡蝶がバタリと倒れて反応しなくなった。もしかすると自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれ無い。そう思い、大我はパニックになって胡蝶の起こす為に腕を掴んで引っ張った。すると今度は簡単にポロリとパーツが外れて、中にあるパーツの引っ掛け紐が出てきた。
「えっ、外れた……もしかして胡蝶の身体のどこかに取り外しスイッチがあるかもって予想は当たってたのか?」
もう一度模様を確認すると、蝶々の模様は赤色から白に変色している。どうやら正解のようだ。だとしてもこれは後味が悪い。なんのことわりもなく自分は胡蝶の意識を無くすスイッチを押してしまったことになる。これは倫理的に如何なことだろうか。
「すまない、すぐに手入れを終わらせて意識を取り戻させてやるから暫く辛抱してくれよ」
その後、大我は胡蝶の身体のパーツ全てを取り外して丁寧に床に並べた。その光景はまるでバラバラ遺体のようで吐き気を催しそうだった。しかし大我は元自衛官。多少こういった事には耐性を持つように訓練と教育はされている。
「うぷっ……人形とはいえ精巧に作られてるから身体のパーツが本物っぽい、すぐに終わらそう」
試しに腕のパーツを取ってひっくり返すと、中の空洞からポタポタと水がこぼれ落ちてくる。これをちゃんと拭き取って手入れしてやらないと、恐らく胡蝶は内部から劣化していくに違いない。
大我は胡蝶の手入れをしながら再び過去の事を思い出し始めた。自衛官に任命されてからすぐに災害派遣に駆り出された。そこで人生で初めてご遺体を確認した。そしてそれが夢に出てきて何日か眠れなかった。
……。
(悪いけど、できればもう胡蝶の手入れはやりたくないな)
大我は急に胡蝶のオーナーとしての勤めを果たせるか不安になった。今後胡蝶と生活して行く上では胡蝶の手入れは必須だ。しかしこの作業をする度に辛い事が思い起こされる。自分はそれに耐えられるのだろうか……。
「さて、今度は胴体の手入れをするか……よいしょっと――ん、何か中から落ちてきた――うわああああ!」
胴体を持ち上げた瞬間、中から落ちてきたのはなんと『ミイラ化した蛇の死骸』だ。しかもミイラの蛇は白目になり、口を開けて苦しんだ状態で死んでいる。もしや何らかの形で胡蝶の人形の体内に侵入して、そのまま出られずに絶命してしまったのだろうか。だとすると不気味すぎる。けれどその可能性があるとするならばいつの段階でこの蛇は胡蝶の中に侵入したのだろう。
「畜生、何なんだよこれ……急にホラーな展開かよ!」
おかしい、自分はさっきまで楽しく胡蝶と過ごしていた筈なのに今はそうは感じない。思えば不可解な事が多すぎる。そもそも人形である胡蝶がなぜ自我を持ち動き出したのか、そもそもなぜ胡蝶はあの性格なのか……そして何故胡蝶の体内に蛇のミイラが入っているのか。
――全てが不気味だ。
いっその事、胡蝶をこのままの状態にしてダンボールに収め、目覚めさせないという選択も有りだ。いったいどうする……?
「――俺は……」
……。
「んっ? あれ……オレはいつの間に寝てたんだ?」
「おはよう胡蝶、もう次の日の朝だよ」
「えっ、じゃあオレはまる一日眠っていたのか、一体どうして……あっ、それじゃあオレの身体の手入れはどうなったんだよ」
「バッチリ済んだよ、やっぱり身体のパーツを取り外す用のスイッチが身体にあって、それを長押しすると胡蝶は意識が飛んでパーツが取り外せるようになるみたいだった」
「はぁ? オレは電化製品じゃねえぞ」
「おっ、それナイスツッコミ、ところでよくそんな知識持ってるな」
「なぁに、オレも大我の生活を色々勉強して覚えてんだよ」
「そうか、胡蝶は勉強熱心で偉いな、ご褒美に頭をナデナデしてか可愛がってやろう」
「おいおい、どうした急に……まぁいいか、オレはお前の愛玩人形だからな、いつでも可愛がられてやるよ」
「胡蝶、おいで」
「……あぁ」
胡蝶はいつものように大我の膝の上にちょこんと座った。そうすると大我が優しく抱きしめて頭を撫でて可愛がってくれるからだ。
「胡蝶、お前はどんな事があっても俺の愛玩人形だからな」
「あぁ、それは当然だ。そしてオレはいつまでもお前の愛玩人形で一生お前を孤独にさせないよ(……おや?)」
胡蝶は大我が疲れ切っていて、さらに目の下に少し隈ができている事を見つけた。もしかしたら大我は自分の身体を手入れするのに相当時間がかかってきっと朝までまで苦労したのかもしれない。そう思うと胡蝶は大我にものすごく感謝した。
一方大我の方は、一応昨日は胡蝶の手入れを終わらせてあとは目覚めさせるだけの段階となった。しかしやはり胡蝶の事が不気味に思う感情は消えずに朝まで目覚めさせるかどうか寝ずに悩んだのだ。そしてこうして決断をして胡蝶を目覚めたのだが心の中でまだこの決断を覆せると思った。なので可愛がりつつ、こっそりと胡蝶の首の裏へ指を回して模様に触れようとした。
「大我、苦労をかけたな、とても感謝している。それと……オレはお前が大好きだ」
胡蝶は大我のおでこにキスをした。胡蝶なりの感謝の気持ちの行動だ。
(なんで……なんでこのタイミングでそんな事するんだよ胡蝶!)
大我の目の前にはキスをした事を恥ずかしがりつつも強がってそれを誤魔化す可愛い女の子の人形がいる。そんな人形の意識を奪う事などできる訳がない。
「あぁもう……今はなんか恥ずかしすぎるのと、嬉しすぎる気持ちが入り混じってわけわかんない。だから大我、取り敢えずオレを抱っこしろ! そうすればオレは落ち着くかもしれない」
「……えっ、でも」
「でもじゃない、オレはお前が大好きになったんだ……たからオレをこんな気持ちにさせた責任を取れよ、バカ」
胡蝶は大我に抱っこしろと言いつつ、自分から大我に抱きついた。そして微妙に大我が身体を押しても離しはしなかった。
(あぁ、俺はもう逃れることはできないんだ)
大我は自分が蛇に巻きつかれて逃れられない印象を抱いた。そして思った。
――俺の愛玩人形は自我を持ったら可愛い。けれど……オレッ娘の少し危険で乱暴な女の子の人形だ。
第一部完結――第二部へと続く。
第二部は書き溜めして投稿します。




