27.出張!隣町の誘拐事件⑥
「今の悲鳴……リリーの声だッ! すまない、君はここで待っていてくれ! 私はすぐにリリーの所へ向か――」
切羽詰まったようなアーロンの声は、途中で途切れた。
大きな身体がぐらりと揺れて、そのまま床に倒れる。
「な、なんだ……? ぐ……っ、身体が動かない……!」
「アーロンさん、すみません」
ロキは、うめくアーロンを見下ろしながら、小さく頭を下げた。
持っていた筋弛緩剤系のアイテムで、アーロンの身体を麻痺させたのだ。本来はモンスターに使用する薬のため、使用したのはほんのわずか。効き目はかなり弱いが、数十分は動けなくなるだろう。
アーロンは何とか顔を上げて、信じられないような目で、ロキを見上げた。
「き、君がやった、のか……? まさか君は、リリーの友人などではなく、リリーが目的でこの屋敷に侵入したのか……?」
「……その通りです。僕はある人に、あなたに誘拐されたリリーさんを、連れ戻してほしいと依頼を受けました。だけど、あなたはリリーさんを誘拐してなどいないと言うし、もう何が何だか……」
「わ、わたしが誘拐など、するはずがない! 思いを告げてくれたのは、リリーの方からなんだぞ!」
「アーロンさんの言い分はわかりました。本当にリリーさんが望んでこの屋敷にいるのなら、僕はリリーさんを連れ戻すつもりはありません。依頼主と、リリーさん本人に確認してきますから、ここで待っていてください。あなたの麻痺は、数十分で解けますし、リリーさんに怪我をさせないことは約束します」
「ま、待て……!」
アーロンのうめき声には応えず、ロキは部屋を飛び出した。
リリーのいる最上階を目指して、走る。
最上階へ続く階段は一つだけで、必ずこの場所を通ることになるようだ。
悲鳴を聞きつけて、同じく部屋に向かおうとしている使用人たちが、ロキを見て襲い掛かってくる。そのたびに、アーロンと同じように微弱な麻痺で動けなくしていった。
しかし、大勢いるため手間取ってしまう。
すると、スイが服の中からぴょこんと顔を出した。
『ザコの相手はあたしがやっとくから、あんたは最上階へ行きなさい!」
「えっ、いいの、スイ!」
『仕方ないわね。その代わり、打ち上げは肉食べ放題にしなさいよ!』
スイはそう言って、ロキの身体から飛び跳ねて、魔法少女に変身した。
突然、緑髪の美少女が現れて、使用人たちは目を丸くする。
「スイ! 怪我をさせたらだめだからね!」
「わかってるわよ。優しく気絶させればいいんでしょ? めんどくさいわねー」
スイはため息を吐きながらそう言って、襲い掛かってきた使用人の腹を思い切り殴った。
使用人は大きくうめいて、気絶する。
……優しく、の意味をスイは理解しているのだろうか?
これが終わったら、匿名で大量の治療薬を、この屋敷に贈ろう。
ロキは心の中で謝りながら、そう思った。
人気のなくなった階段を、走りながら上っていく。
階段を上りきり、少し進んだ先に、扉があった。
最上階には、一つしか部屋がない。ここがリリーの部屋だろう。
部屋の中から扉越しに、争うような激しい声が聞こえて、ロキは慌てて扉を開いた。
「レイラさん! エドワードさん!」
叫びながら、部屋に飛び込んだ。
そして、目に飛び込んできたのは。
「う……っ、うう……ぐす……」
「――は? あんた、誰。助けを呼んだのに、どうして誰も来ないの?」
顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しているエドワードと、仁王立ちをして顔を歪ませている、見知らぬ一人の女性だった。
「あ、あなたが、リリーさんですか……?」
「だったら何? あんた、まさかそのナリで冒険者? ……ああそうか、エドワードに頼まれて来たのね。かわいそうに、時間の無駄をご苦労様」
リリーは馬鹿にするような笑みを見せて、そう言った。
ロキはリリーをまじまじと見ながら、混乱する。
エドワードやアーロンに聞いていた、女性とは思えない。
リリーは誰にでも優しく、街の人々から慕われ、聖女と呼ばれていたと聞いていた。
不機嫌そうに顔を歪ませて、睨むようにロキを見ている彼女は、想像から離反しすぎていて、すんなりと信じることができなかった。
「あっ、そういえば、レイラさんは!?」
「レイラ……? もしかして、赤い髪の女のことかしら? あの女なら、急に消えたわ」
リリーがそう言ったと同時に、背中をつんと突かれる感覚があった。
レイラは“ステルス”で姿を消しているだけだと分かって、ほっとする。
改めて、ロキは状況を整理する。
目の前には、床に伏して嗚咽をあげている、エドワードがいる。誘拐されたはずのリリーは、不機嫌そうに腕を組んで、エドワードを見下ろしていた。
まだ分からないことだらけだが、一つ確信したことがある。
やはりリリーは、アーロンに誘拐などされていない。
自ら望んで、この屋敷に住んでいるのだろう。
「リ、リリー……どうしてだ……俺は、お前を助けにきたのに……!」
エドワードが、整った顔から鼻水を垂らしながらたずねると、リリーは鼻で笑って、エドワードを見下ろした。
「わたしを助けにきたですって? あんた、馬鹿じゃないの? わたしはあんたのことなんて、はじめから好きじゃなかった。ただ、家が金持ちだったから、恋人になってやっただけよ」
なるほど、話がやっと見えてきた。
ロキは軽蔑の表情で、リリーを見た。
「……もっとお金持ちの人を手に入れたから、エドワードさんはお払い箱ということですか?」
「あんたはエドワードと違って、察しがいいわね。その通りよ」
リリーはニヤリと笑ってから、再び顔をしかめて口を開いた。
「分かったら早く出ていってよ! わたしはこれから、何の不自由もない幸せな暮らしをするんだから! わたしの幸せの邪魔をしないで!」
リリーが金切り声をあげた、そのときだった。
部屋の扉が勢いよく扉が開いて、ロキは振り返る。
部屋に入ってきたのは、階段で足止め役をしていた、魔法少女姿のスイだった。
「ロキ、全員優しく気絶させてきたわ! 打ち上げの肉食べ放題が楽しみね! ――って、あら?」
スイは声をあげて、首をかしげる。
ゆっくりと歩みを進めて、床にうずくまって涙を流しているエドワードを見下ろし、口を開いた。
「ロキ。こいつ、絶望してるわよ」
長くなってしまいました。
この回は多分あと1話です。




