26.出張!隣町の誘拐事件⑤
アーロンに会わせてほしい。
ロキの言葉に使用人の男たちは、顔を見合わせて首をかしげた。
「……何の用だ? アーロンさんは明日、結婚式を控えている。よほどの理由でなければ、会わせることなど、できない」
「え、理由ですか? えっと、ですね……」
使用人たちに、怪訝な表情で見られながら、ロキは言いよどむ。
何て答えようか。
頭をぐるぐると悩ませながら数秒考えて、ロキは引きつった笑いを見せて、口を開いた。
「ぼ……私、アーロンさんの……その、あ、愛人で……最後に話を、と思いまして……へへ」
自分でも、何を言っているんだと思った。
首元に身を隠しているスイは、身体を震わせて笑いはじめる。
早く今日という日が終わってほしい。
ロキは顔を熱くしながら、そんなことを思った。
「……理由は分かった。アーロンさんに確認してくる。しばらく待っていてくれ」
一人の使用人の男が呆れたようにそうつぶやいて、その場を去っていく。
しかし、ロキはまだ後ろ手を拘束されたままだ。
この程度の拘束なら脱出することは容易いが、大人しくしておくことにした。
今ごろ、レイラとエドワードが、リリーの元へ向かっている。攪乱作戦としては、うまくいっているからだ。
数十分後。
確認に去っていった使用人の男が、走って戻ってきた。
「ら、乱暴して申し訳ありませんでした! アーロンさんに確認しましたら、通してよいとのことなので、こちらへどうぞ!」
「……え? なんで? いいの?」
「はい! すぐにご案内します!」
拘束されていた後ろ手が、解放される。
立ち上がると、服の中からスイがわずかに顔を出した。
『……アーロンに会うことになっちゃったわね。愛人に心当たりでもあるのかしら』
「だとしたら、やっぱりロクな奴じゃなさそうだな……」
小声でスイに返事を返しながら、先を歩く男の後を着いていく。
改めて見る屋敷内は広く、豪華な調度品や絵画が飾られ、綺麗な花が生けられている。
噂通り、とても金持ちなのだろう。
やがて、大きな扉の前に着き、先を歩いていた使用人の男が振り返った。
「こちらがアーロンさんの部屋です」
そう言って、扉をノックする。
ロキの心拍数が上がっていく。
アーロンに会えば、愛人だという嘘は、ばれてしまう。騒ぎなるだろうから、ここからは強硬手段で時間をかせぐしかない。
「アーロンさん、迷子の少女をお連れしました」
「ああ。入ってもらってくれ」
ロキは広い部屋の中に入る。
大きな皮のソファに、一人の男が座っている。
茶色の髪をオールバックにし、かっちりとしたスーツを着用した、40代半ばほどに見える男。
この男がアーロン。
思ったより、優しそうな印象を受ける。
扉が閉められて、ロキの心臓が大きく鳴った。
会ったことのないロキを見ても、アーロンは騒ぐこともなく、使用人を呼ぼうとする様子もない。
モコモフの姿のロキを見て、にっこりと優しそうな笑みを見せた。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。私に何の用かな? 君のような可憐な少女と知り合いに……ましてや、愛人になった覚えなどないが?」
アーロンは笑みを浮かべたまま、余裕たっぷりにそうたずねる。
愛人に、心当たりがあるわけではなかったのか。
逃げることも気絶させることもたやすい相手だというのに、余裕の表情を見ていると、妙に緊張する。
ロキはぎこちない笑みをうかべたまま、口を開いた。
「嘘を言って、すみませんでした。実はぼ……わたしはその……リリーの友人なんです。だから、一目だけでもリリーに会いたくて……」
言葉まかせに嘘を言うと、アーロンは驚いたような表情でロキを見た。
「リリーの友人? これはまた可愛らしい友人だな。よかったら座ってくれ、話をしよう。今、お茶を用意させる」
アーロンはそう言ってソファを立ち、部屋の外にいる使用人に茶の用意を命じた。
ロキは迷いながらも、対面するソファに座る。
戻ってきたアーロンと向かいあう形になった。
「明日、リリーとの結婚式なんだが、君は呼ばれていないのかい?」
何でもないようにたずねられて、わずかな怒りが募る。
人の婚約者を誘拐しておいて、なぜこんなことを、普通にたずねられるのだろう。
「……リリーは今、どこにいるんですか?」
「リリーなら、自室にいるよ。会っていくかい? 最上階がリリーの部屋なんだ。景色がいいから最上階がいいと譲らなくてね。全く、リリーのワガママにも困ったものだ。そのために、わざわざ部屋を改装させたのだからね」
嬉しそうにはにかみながら言われた言葉に、ロキは釈然としない。
誘拐されたリリーが、誘拐したアーロンにそんなことを言うはずがない。
アーロンは、嘘を言っているのだろうか。
「……リリーは、あなたに誘拐されて、監禁されているんですよね?」
「は? 誘拐? 私がリリーを? ……そうか。街では、そんな噂が流れているのか」
アーロンは悲しそうに微笑みながら、肩をすくませた。
ロキは、さらに混乱する。
状況が全く読めなかった。
「無理もない。私はどうしようもないほど、腐った人間だった。私利私欲のために他人のものを奪い、欲しいものは何でも手に入れてきた。女性関係だって良好とは言えなかったしね。街で聖女と呼ばれていたリリーが私と結婚することになれば、そういう噂が立ってしまうのも、仕方ないだろう」
「どういうことですか? 誘拐してないなら、どうしてリリーはこの屋敷に……?」
「どうしてって……はは、そこまで私は疑われるのかい? もちろん、リリーが私の恋人だからさ。そして明日、夫婦になる。君は友人であるリリーを心配してここまで来てくれたのだろうが、心配しなくていい。私はリリーを愛しているし、リリーも私を愛してくれている。私はリリーのおかげで、変わったんだ。必ず幸せにすると約束するよ」
一体、どういうことなのだろう。
アーロンの目は、嘘を言っているように、見えない。
何が本当で、何が違うのか。
それとも、誰かが嘘をついているのだろうか?
ロキが混乱していた、そのときだった。
「きゃああああああああッ! 誰か、助けてぇッ!」
女性の甲高い悲鳴が聞こえて、ロキとアーロンは同時に立ち上がった。




