20.楽しいダンジョン攻略!④
鬼の鋭い爪が勢いよく振り下ろされ、覚悟を決めて目を閉じた。
その直後。
がちん、と金属がぶつかる音が聞こえて、再び目を開く。
目の前には、知らない赤髪の女性がいた。
歯を食いしばって、振り下ろされた鬼の爪を剣で防いでいる。
信じられなかった。
SSランクのモンスターである鬼の爪など、受け切れるものじゃないのだから。
「――わたくし一人では無理ですッ! ここは逃げましょう、ロ――モコモフさん!」
赤髪の女性の焦ったような声が響いて、我に返る。
仲間のみんなは――無事だ。何とか立ち上がり、私を見てうなずいた。
私は――立てなかった。
恥ずかしいことに、間近で鬼の凄まじい殺気に当てられたせいで、腰を抜かしてしまったらしい。
――駄目だ。私はここから逃げられない。
そう諦めた、そのときだった。
「何してるのッ!? 逃げるよ、ルーラ! 早く立ってッ!」
腕を掴まれて、引っ張られる。
目の前には、ものすごい美少女がいた。
白金の髪に、透きとおるような白い肌。黒目がちな瞳は大きく、まつ毛は長い。
こんな状況なのにびっくりして、まじまじと少女を見つめてしまった。
「ど、どうして私の名前を……?」
「あっ! え、えっと……そりゃ君は、Sランクの冒険者だし、有名人だから知ってるよ! って、そんなことはどうでもいいから、早く立ってッ! 逃げるよッ!」
「ご、ごめんなさい。腰が抜けたみたいなの……」
「こ、腰が抜けた!?」
「……私のことは置いていっていいわ。助けに入ってくれてありがとう。代わりに私の仲間たちを助けてあげて」
震える声でそう言った。
走るどころか、一人では立つこともできない。
ここが私の墓場なんだ。
そう思うと急に怖くなって、身体の震えが止まらなくなっていく。
そのときだった。
「ふんっ!」
突然身体が浮き上がって、視界が変わる。
すぐに、白金の美少女に抱きかかえられたのだと気が付いた。
それも俗に言う、お姫様抱っこだ。
この超絶美少女に、お姫様抱っこを、私は今されている。
「何、馬鹿なことを言ってるんだよ! 逃げるよッ!」
目前で叫ばれて、白金の美少女は扉へ向かった。
私以外の仲間たちは自分で走れるみたいだ。
最終階層の扉を抜けて、階段を駆け上っていく。
後ろからまだ、金属のぶつかり合う音が聞こえる。
きっと赤髪の女性冒険者が、鬼の攻撃を防いでいるんだろう。
「スイッ! 僕のカバンから、煙幕投げまくってッ! あと臭い玉も投げてッ!」
「ああもう分かったわよッ! ひぃぃ死ぬぅうううッ!」
投げられた煙幕の効果で、辺りが白く覆われていく。
でもこんな煙幕で、あのSSランクの鬼の目を欺けるとは思えない。
同時に投げられているらしい臭い玉のせいで、何ともいえない香りが充満する。これは本来、自然の中で人間の臭いを消すときに使うものだ。そんなものを投げて、どうするというのだろう。
「プリンセスさん! ユニークスキルを発動してください!」
「分かりましたわ! みなさま、息を殺して、わたくしの身体に触れてください! 声は出さないでください! 早く!」
仲間のみんなは戸惑っているような表情だったが、身をひるがえしてこちらに来た赤髪の女性の身体に触れた。
その瞬間だった。
身体が消えた。
全員の身体が透明になったのだ。
「ん? 突然消えたぞ……? んぐぅ、この視界と臭いじゃ、追跡ができんな……」
近くで鬼の声が聞こえる。
心臓がどくどくとうるさかった。
間近にいる白金の美少女は、人差し指をくちびるに当てた。静かに、ということだろう。
こんな状況だっていうのに、その仕草が艶っぽくてドキドキしてしまう。
「主人よ。見失ってしもうたぞ。奴らの場所は分かるか? え? 戻ってこい? ……仕方ない、了解した」
鬼はダンジョンマスターと話しているのか、そう言って姿を消してしまった。
白金の美少女はうなずいて、ゆっくりと歩きはじめた。
このスキルは、赤髪の冒険者のユニークスキルみたいだけど、姿を消すだけで、物音や香りまでは消せないらしい。
本当にゆっくりと、一時間以上かけて第一階層まで上り、やがてダンジョンの入口を抜けた。
「た、助かった……」
白金の美少女がそう呟いたと同時に、その場にいる全員が地面に倒れ込んだ。
奇跡だと思ったわ。
あのSSランクの鬼と対峙して、全員生きて帰れるなんて。
「みんな無事で、よかった。ルーラも大丈夫?」
白い少女に、目前で首をかしげられて、胸が高鳴った。
顔がみるみる熱くなる。
改めて、まじまじと白金髪の少女を眺めた。
本当に可愛い。
それに、他の二人もかなりの美人だ。
赤髪の女性は、大人の魅力全開のナイスバディだし、緑髪のおさげの少女も知的な美少女って感じがする。
何て可愛いパーティなのかしら。
いえ、私のパーティメンバーも全然負けてないけれど。でも、やっぱりこの金白髪の女の子は、本当に好みだわ。ドストライク。今すぐ抱き着いて、その透きとおるような頬にすりすりしたい。
そんな衝動を必死に抑え込みながら、白金髪の少女を眺めた。
「天使すぎる……」
「え? 何か言った?」
「はっ! つい口に出してしまったわ! あまりにも可愛いからつい!」
はっとしてそう言うと、白金の美少女は、少し引いたような表情を浮かべていた。
そんな表情も素敵だわ……。
「そうだわ! あの……ぜひ、お礼をさせて頂けませんか?」
思い立ってそうたずねると、白金の美少女は大きな目を見開いて、驚いた。
「お、お礼!? ルーラが僕に!? い、いや……全然大丈夫だから、気にしないで……」
「そんな! あなたたちは私たちの命の恩人です。私の間違った判断で、可愛い仲間たちを危険な目に遭わせてしまいました。そうだ、せめてお名前を教えてくださいませんか……?」
「な、名前……えっとね……」
白金の美少女は、恥ずかしそうに言葉をよどませてから、口を開いた。
「僕は、モ、モコモフ。赤髪の剣士がプリンセスで、緑のお下げがスライムっていうんだ」
モコモフ、と名乗った美少女は顔を真っ赤にしながらそう言って、勢いよく立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、僕らはもう行くから! ルーラたちも気を付けてね!」
「え、ちょっと待っ――」
「じゃあ、またね!」
そう言い残して、三人は逃げるようにその場を去ってしまった。
息を大きく吐く。
胸がくるしくて、両手で強く押さえる。
「モコモフ様……あの見た目で僕っ子……最高すぎる……」
鼻が熱くなる。
拭うと、手には血がついていた。
*****
「あああああ! 今日は本当にあぶなかった……! 二人共、本当にごめん、僕がダンジョンに行くなんて言ったから……」
酒場『豚の乱切り亭』
街に戻ったロキたちは、変身を解き、打ち上げのために酒場に来ていた。
ロキはエール、レイラはジュース。そしてスイは、強い酒のカップにスライムの姿で沈んでいる。
『本当よ! マジで死ぬかと思ったわ!』
「まぁまぁ、スイさん。結果的にあれは英断でしたわ。犠牲も出ませんでしたし」
「うう、ありがとうございます。今日は僕が出しますから、二人とも好きなだけ食べて飲んでください……」
『当たり前でしょ! 山ほど食べてやるわよ! ん、おいしいわねこれ!』
スイはそう言って、本当に遠慮なくガツガツと食べ始めた。
家賃ひと月分ぐらいは食べられそうな勢いだ。
その隣で、レイラはナイフとフォークを使って、食事をしている。お嬢様をこんな大衆の酒場に連れてよいものだろうかと思ったが、レイラは気に入ったらしくうれしそうだ。
「それにしても……あのダンジョン、本当にやばかった……」
ぽつりと呟くと、レイラがうなずいた。
「ええ。あの成長速度は異常ですわ。階層ごとにSランクのモンスターが必ず一体はいたようですし、ダンジョンマスターがよほど優秀なのでしょうね。早めにつぶさないと、取り返しのつかないことになりそうですわ」
「……でもあの最下層にいたのは、SSランクの鬼だった。今の僕たちじゃ……」
「防戦一方でしたし、難しいでしょうね。逃げ帰れたのは奇跡ですわ。ダンジョンマスターが用心深い者だったのが幸いしましたわ」
レイラははっきりと言った。
骨付きの肉をモグモグと食べながら、スイが顔を上げる。
『レイラが敵わないなら、もうあのダンジョン、誰も攻略できないんじゃない?』
「いや、レイラさんも僕も、もちろんスイもまだ強くなれるよ。でもやっぱりまだ、仲間が足りない」
今回の危機でそれを痛感した。
バフ・デバフ効果でパーティをサポートする、魔導師、白魔導士が足りないのだ。
「僕も、強化効果のあるアイテムは作れるけど、やっぱり臨機応変に対応できる魔導師の仲間が欲しい」
「ええ。白魔導士も捨てがたいですが、最優先としては魔導師ですね」
レイラの言葉にロキはうなずいた。
白魔導士や魔導師だけじゃない。防御特化や、オールラウンダーの仲間も欲しい。
今のパーティは強いが、バランスは限りなく悪い。
レイラで持っているようなものだ。
「……仲間をまた探すよ。探していつか強くなったら、もう一度、あのダンジョンへ行こう」
「ふふ、その頃にはSランクダンジョンになっているでしょうね。攻略したら、ロキさん、一気に勇者候補になってしまいますよ」
『ロキが勇者ねぇ。似合わないわねー』
「い、いや、僕は別に勇者になりたいわけじゃないし……。って、こんな話はもういいよね! 今日は食べよう!」
三人は食事を再開した。
金のことは考えずに、腹がいっぱいになるまで飲んで食べたところ、会計時にロキは腰を抜かしそうになった。
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