19.楽しいダンジョン攻略!③
そのダンジョンは、切り立った崖から1メートル下にある洞窟に存在していた。
崖の高さは30メートル以上あり、下は浅い川になっている。落ちれば無事では済まないだろう。
まずレイラが軽い動作で降り、ロキもそれに続く。それから、ふらつくスイの手を、素早くレイラが掴み、三人は無事、入口の前に立つことができた。
入口の前には、『Cランク』と示された鉄製の看板が設置されている。
ロキは先ほどよりも、ずっと緊張していた。
「……ちょっとだけ、のぞいてみよう」
ロキは自分に言い聞かせるようにそう言って、生還率3%以下のダンジョンへ足を踏み入れた。
途端に、情景が一気に変わる。
ダンジョンの第一階層目。
そこは一面中、白い雪に覆われ、激しい吹雪が吹いていた。
温度が氷点下まで下がっているのか、あっという間に髪が凍りついていく。
「う……っ! これは……おそらく氷山エリアですわね。今まで様々なダンジョンに入りましたが、氷山エリアははじめてです。とても珍しいと聞いておりましたが……」
「ちょっとロキッ! めちゃくちゃ寒いわ! もう帰りましょうよ!」
「待って。僕、体温上昇ドリンク持ってるから」
寒さで震える手で、カバンから体温上昇ドリンクを取り出し、二人に手渡す。
錬金術師として、アイテムの用意は万全にしているのだ。
小瓶に入った赤色の液体を飲み干すと、すぐに体温が上昇する。寒さがかなり緩和した。
「……じゃあ、軽く見てこようか」
ロキが言って、レイラとスイはうなずいた。
三人は、ざくざくと雪を踏みながら進んでいく。
「――二人共、止まって。何かいる!」
大きな影が見えて、すぐにロキとレイラが剣を引き抜き、臨戦態勢に入る。
スイはおろおろして、ロキの後ろに隠れた。
「待ってくださいロキさん。このモンスター、もう討伐されていますわ」
「あ、ほんとだ……死んでる」
引き抜いた剣を戻して、倒れているモンスターに近づく。
そのモンスターはかなり大きかった。
おそらく氷山の山に擬態して、待ち伏せしていたところを、ルーラたちに討伐されたのだろう。
「ロキさん……このモンスターは、まさか……」
「うん。これは、ブリザードドラゴンだ……」
ロキは信じられないものを見ているかのように、つぶやいた。
ブリザードドラゴン。
最強と名高いドラゴン族の一種で、主に寒い地方にわずかな頭数が生息しているという、幻のドラゴン。
凶暴性と致死性の高い攻撃から、Sランクのモンスターに指定されている。
ロキも文献でしかその姿を見たことがなく、実際に見たのははじめてだった。
「入口すぐの、第一階層にブリザードドラゴンって……。こんなの初見殺しすぎる。これじゃ生存率が3%を切るはずだよ」
「はい。明らかにCランクのダンジョンに出現するモンスターではないです。おそらく、氷山エリアを確認してすぐに引き返した冒険者以外は、全て葬られてきたのでしょう。けれど、ルーラさんたちは討伐したんですね。さすがですわ」
レイラは感心するように呟いた。
たしかにルーラのパーティなら、Sランクモンスターを討伐できるぐらいの実力はある。
だが、ロキはさらに不安になった。
「第一階層にSランクモンスターを配置するなんて。一体、下の階層にはどんなモンスターがいるんだ……?」
基本的に、強いモンスターは、ダンジョンの終盤に置くのが定石だ。
冒険者を疲れさせた方が、後半で殺しやすいからである。
しかし、ブリザードドラゴンは入口に設置されていた。
つまりこの先には、ブリザードドラゴン以上のモンスターがいる可能性がある。
そうなれば、たとえルーラですら勝てるか怪しいだろう。
「……この先はすごく危険な気がする。だけど……」
ロキはその先を言えなかった。
本当は、ルーラたちを追いかけたい。
仲たがいしているとはいえ、少し前までパーティを組んでいた仲なのだ。
しかし、このまま進めば、スイやレイラを危険にさらすかもしれない。
そんな心情を察したのか、レイラは微笑みながら、ロキを見た。
「ロキさん。リーダーはあなたです。あなたが決めて、命じてください。わたくしはそれに従いますわ」
「うう……嫌だけど仕方ないわね! その代わり、やばかったらすぐ逃げましょ! あと帰ったら、パーッと打ち上げしなさいよ!」
二人に言われて、ロキは覚悟が決まった。
大きくうなずいて、口を開く。
「――ありがとう。じゃあ、あとちょっとだけ、進もう」
「はい。かしこまりました」
「はぁ、やっぱり行くのね……ちゃんとあたしを守りなさいよ……」
ロキの言葉に、レイラは嬉しそうに了承し、スイは嫌そうにため息を吐いた。
三人は、第一階層を抜け、第二階層へ進んでいく。
*****
――正直に言うわ。
私は、このダンジョンを完全にナメていた。
所詮はCランクのダンジョン。
Sランク冒険者である私、ルーラ・ラプツェルの敵じゃないって、思い込んでいたの。
けれど、それは入ってすぐに裏切られた。
第一階層は、珍しい氷山エリアのフィールドだった。メアリーちゃんの体温上昇ドリンクで何とかなったけど、問題はそこにいたモンスターよ。
そこには、あの幻のSランクモンスター、ブリザードドラゴンがいた。
コンビネーション技で何とか倒すことはできたけど、油断していたこともあって、一気にポーションを1/3も使ってしまったわ。
しかも最初だけかと思ったら、階層を下るたびに、Sランクのモンスターが必ず一体は存在した。
このダンジョンは、明らかに異常だ。
「――は……っ、はぁ……」
現在、地下9階層目。
Sランクモンスターのヨハムンガルドをギリギリで討伐し、私たちはその場に倒れ込み、荒い息を吐いた。
ヨハムンガルドは猛毒を持っている大蛇のモンスターだ。
メアリーちゃんの解毒薬がなければ全滅していた。あの役立たずをクビにして本当によかったと思った。
それでも、荒い呼吸が収まらない。
こんな状態まで追い詰められたのは、はじめてだった。
振り返ると、私の可愛い仲間たちも、辛そうに顔を歪ませていた。
「ひぃ……レイスはもぉ、疲れましたぁ……」
「わ、私も……」
「ポーションは残り5つ、エリクサーは3つだよ……。ルーラ、どうする?」
メアリーちゃんにたずねられて、私は少し考える。
可愛い仲間たちにこんな顔をさせるなんて、リーダー失格だ。悔しくて、唇を噛んだわ。
本当ならすぐにでも引き返して、みんなをお風呂に入れて、美味しいものを食べさせて、温かいベッドで眠らせてあげたい。
だけどもう、引き返せないところまで来てしまっていた。
ダンジョンには、ダンジョンマスターと呼ばれる管理者がいる。
それについての謎は多く、全てが明らかになっているわけではないけれど、ダンジョンは、ランクごとにできることが決まっているらしい。
その一つが階層の数。
Cランクのダンジョンは、最大で10階層までしか存在しない。これは間違いない。
そして今、私たちは第9階層まで来ていて、残りあと1階層。定石でいうなら、残りはボスのみ。それか、今のヨハムンガルドがボスで、最下層には宝のみの可能性だってある。
今引き返したら、回復と準備で3日はかかってしまう。
たった一週間でここまで成長したダンジョンを3日も放置しておくのは危険すぎる。
ここは、このまま放っておいてはいけないダンジョン。
今すぐに潰さないと、きっと他のSランクダンジョンのように、難攻不落の攻略不可能なレベルのダンジョンにまで成長してしまう。
今、私たちがこのダンジョンをつぶすしかないのだ。
「――ごめん、みんな。先に進むわ。絶対に私がみんなを守るから」
「はい、なのです!」
「あと少しだし、がんばりましょう~」
「まぁ、今のがボスで、次の階層はお宝かもしれないしね……」
「んげぇ。きっついパーティだなぁ……」
レイス、スノー、ヒストリア、メアリーはそう言って、立ち上がった。
最下層へ続く階段を下っていく。
突き当たったところに扉があった。大きな扉だ。いかにもここが最後、という扉。ダンジョンの最下層はいつもそうなの。
「開けるわよ」
そう言って、重い扉を開ける。
そして、視界に現れたのは、大きな宝箱だった。
宝箱は中身がぎっしりと入っているせいか、半分ほど空いており、中には金貨や宝石がぎっしりと詰まっている。
「……よかった。さっきのヨハムンガルドが、ボスだったようね……」
大きく息を吐いた。
レイス、スノー、ヒストリア、メアリーも、気が抜けたように、息を吐いて地面に座った。
そのときだった。
「違うぞ。ボスはわしじゃ」
聞きなれない少女の声に、はっとする。
そこには、10歳ほどに見える長い黒髪の少女がいた。
瞳は血のように赤く、口から浅い牙が見える。
服装は馴染みのないものだった。東の国でよく着られているという、着物、という衣服だった気がする。真っ赤で黒色の花の模様が入った衣服を着用していた。
一見、人間のような見た目だけれど、ある特徴が、少女が人間ではないことを意味していた。
頭に二本の角が生えていたのだ。
頭の奥の記憶を読み込んでいく。
小さなころ、穴が開くほど読んだ、モンスター文献。
そもそも言葉を話せるモンスターは、例外なくSランク以上で、強大な力を持つとされている。
あの少女はまさか。
「鬼……?」
「そうじゃ。見るのは初めてか、小娘。それにしてもおぬしら、めちゃくちゃ暴れてくれたのぅ。次々に可愛い子分共を殺されて、わしの主人が嘆き悲しんでおるわ」
鬼の少女は悲観している口調とは反対に、楽しそうに言った。
――駄目だ。今の私では、この少女には勝てない。
瞬時にそれを悟った。
周りを見渡すと、みんなも腰が抜けたように、その場から動けなくなっていた。
鬼の少女の両手の爪が、ビキビキと伸びていく。
「さぁて、子分共を殺した分、おぬしらをこのダンジョンの養分にするかの」
真っ赤な瞳はどこまでも獰猛で、自分が圧倒的に下位の生物なのだと自覚させられる。
鬼の少女は、心底楽しそうに笑いながら、片腕を大きく振りかぶった。
その瞬間、濃厚な死の香りが漂っていた。




