16.二人目の仲間、レイラさん④
――美しい。
彼は瞳を茫洋とさせたまま、真っすぐにわたくしを見て、そうつぶやきました。
「ああ……なんて美しい人だ……あなたの名前を教えて頂けませんか……?」
とろりとした瞳のまま、彼はわたくしにたずねました。
この姿で、本名を名乗るわけにはいきません。
ふとロキさんを見ると、両手でバツのマークを何度も作っていました。
明かさないでほしいということでしょう。
「わたくしは……その……しがない冒険者ですわ」
「名前を教えては、くださらないのですね……」
彼は悲しそうにそう言って、ゆっくりと身体を起こしました。
きっと、ロキさんの解毒薬がよく効いたのでしょう。
身体からはもう、毒に犯されている様子はありませんでした。
聞くなら、今。
わたくし――レイラ・アップルのことをどう思っていたのか、たずねようと、そう思いました。
「ジャックさん。実は、あなたにおたずねしたいことがあり、このイグニスの樹海まで、あなたを追いかけてきました」
「俺に聞きたいことですか? 何でしょうか。あなたになら、何でもお答えいたしましょう」
「では、レイラ・アップルという女性をご存じですか?」
何でもないふりを装いましたが、少しだけ声が震えてしまいました。
彼は、驚いた表情を浮かべて、それから取り繕うように、にっこりとわたくしに向かって笑いました。
「ええ、知っております。お知り合いなのですか?」
「わたくしと彼女は友人です」
嘘をつきました。
すると彼は、驚いたように目を見開きました。
「友人……ですか? あなたと、レイラが?」
「……? 何か、おかしいでしょうか?」
「いいえ。たしかにあなたとレイラは、口調が似ていますね」
彼はそう言って、にっこりと笑いました。
どこか癪全としない態度でしたが、わたくしは意を決して、彼にたずねました。
「……実はわたくし、レイラに相談を受けておりました。あなたに恋をしていたが、思いを伝えたら疎ましく思われてしまったと。あなたは、レイラのことをどう思っていたのですか?」
「え、どうって……」
彼は戸惑うように、眉をひそめました。
それから、見る者全てを魅了するような、さわやかな笑みを、わたくしに見せたのです。
「どうもこうもありませんよ。俺がレイラを恋愛対象に見るはずがないでしょう? そりゃ、そういった趣向の物好きはいるかもしれませんが、俺にはそんな、危ない趣味はありませんよ」
ガッツーン。
まるで、頭を鈍器で殴られたような、そんな気分になりました。
ショックのあまり、頭がふらふらと揺れて、倒れ込みそうになります。
彼はそんなわたくしに気が付かず、さらに両手でわたくしの手をぎゅっとにぎりました。
「俺は、あなたのような、美しい大人の女性が好きなんです……」
「レイラは……美しくない、と……?」
「美しくないとは言いませんが……まだ……。はは、あなたもいじわるな方ですね」
彼は艶やかな声で呟いて、わたくしの頬に手を添えました。
それから薄いくちびるを近づけてきます。
突然のことに、わたくしは動けませんでした。
「ちょっと! あんたいきなり何やってんだ、やめろって!」
そのとき、遠くで様子をうかがっていたロキさんが、彼の頭を掴んで、無理矢理引きはがしました。
はっとして、慌ててわたくしも彼をつきとばします。
この姿のわたくしは、彼にとって初対面です。
初対面の、それも会ったばかりの女性にいきなりくちびるを近づけるなんて、普通ではないと思いました。
「い、痛いなぁ、何をする……おお……! こちらにも愛らしい少女が……! 俺は夢でも見ているのか?」
「うわっ! おい、ちょっと! 離せよ!」
「愛らしいお嬢さん……あなたのお名前は……って痛っ! な、なんだ……? スライム?」
ロキさんの腰を抱いて引き寄せている彼に、突然リボンを付けたスライムが、体当たりをしはじめました。
ロキさんは慌ててスライムを掴んで、モコモコの首元に隠しました。
どうやらあのスライムは、ロキさんが飼っているようです。
「まさかあなたたちは、女性二人でパーティを組んでいるのですか?」
振り返った彼にたずねられて、どう答えてよいのか悩んでいると、ロキさんは嫌悪感丸出しといった表情で、顔をしかめたまま、うなずきました。
「僕たちと、あと一人。三人でパーティを組んでいます」
「あと一人は男なのですか?」
「多分、女性ですね」
ロキさんがそう言ったと同時に、スライムがロキさんに向かって体当たりをしました。
とても不機嫌そうです。
もう一人の仲間のことは、わたくしも初耳でしたが、まさかあのスライムが仲間なのでしょうか……?
「ということは全員女性なのですか!? それは危ない……こんな綺麗な女性たちが三人でパーティなんて……!」
「危ないのはあんただろ」
「……? 今何と言いましたか? よく聞こえませんでした」
あの優しいロキさんが、彼にはとても辛辣でした。
ロキさんは男性なので、腰に手を回されたことがよほど不快だったのでしょう。
「そうだ! 僕でよければ、あなた方のパーティに入れて頂けませんか? これからは、僕があなた方をお守りいたしますよ!」
彼は、名案といった表情で、そう言いました。
わたくしは耳を疑いました。
すぐそばには、彼のパーティだった三人の女性がぐったりと倒れております。恋仲だった彼女たちを、どうするつもりなのでしょうか。
「ジャックさん。あなたにはもう、仲間がいるでしょう? 彼女たちはどうするおつもりなのですか?」
たずねると、彼は、ああとかぶりをふりました。
「いいんですよ彼女たちは! そろそろ飽きて……いえ、それよりも僕は、強くで美しいあなたたちとパーティが組みたいのです!」
彼はうっとりと目を輝かせながら、そう言いました。
恋は盲目。
東の地方から伝わるこの格言は本当だったのだと、今、身をもって知りました。
どうして、今まで気が付かなかったのでしょう。
彼への気持ちが、一気に冷めていくのが分かりました。
彼のどこが好きだったのか、今では全く思い出せませんでした。
「ぎゃああああああッ! 何すんだお前ッ! こっちくんなああああ!」
ロキさんの悲鳴が響いて、はっと我に返りました。
彼がロキさんの頬を両手で押さえて、くちびるを近づけているところでした。
絶世の美男子である彼がせまれば、ほとんどの女性は落ちるでしょう。
けれどロキさんは男性です。
彼に落ちるはずもなく、彼のお腹を容赦なく蹴っておりました。
それなのに、彼はやめようとはしません。ロキさんの顔はみるみる青ざめていきます。
わたくしはすぐに地面を蹴って、彼の首に回し蹴りをいたしました。
彼は一瞬だけ呻いて、地面に倒れ込んでしまいました。
「あ、ありがとうございます、レイラさん……助かった……うっ、気持ちわる……」
ロキさんが口元を抑えながらそう言ったので、わたくしは思わず、笑ってしまいました。
「いいえ、ロキさん。お礼を言うのはわたくしの方です。わたくしの目を覚まさせていただいて、ありがとうございました」
そう言うと、ロキさんは目を見開いて驚いて。
それから、困ったように笑いました。
魔法少女姿のロキさんも、元の姿のロキさんも。
とっても素敵な方だなと、そう思いました。
*****
その後、ロキとレイラは、イグニスの樹海を抜けて、再び街に戻ってきた。
ジャックとパーティの女性たちは、樹海に置き去りにした。
というのも、ジャックの話を聞いていた女性たちが、ジャックを問い詰めはじめ、やがて修羅場が始まったので、巻き込まれないうちに逃げてきてしまったのだ。
女性たちはロキの解毒薬で回復していたし、死ぬことはないだろう。
その修羅場の隙に、ロキはこっそりとアラクネの魔石を回収した。
倒したのはレイラなのだから、何の問題もない。冒険者ギルドに渡せば、結構な金になるはずだ。
人通りの多い街の広場に座り、ロキとレイラは一息をつく。
変身は街に着く前に解いていた。魔法少女の姿だと、どうしても目立ってしまうからだ。
あ、そうだと思い立って、ロキはカバンから回復用のポーションを取り出した。それをレイラに差し出す。
「レイラさん、どうぞ。疲労回復の効果があります。僕のポーションは市販のものと違って、甘く飲みやすくしているので、よければ」
「まぁ、ありがとうございます」
レイラは緑色の瞳でにっこりと微笑んで、ポーションを受け取り、一口飲んだ。
「本当に甘くて美味しい。それに、身体の疲れがとれましたわ」
「それは、よかったです。……それであの、レイラさん。僕のパーティに入って頂けるという話は、まだ生きているでしょうか……?」
ロキが、おそるおそるたずねる。
するとレイラは、にっこりと品良く笑って、うなずいた。
「ええ。もちろんです。冒険者ギルドの依頼や、ダンジョン攻略の際は、ぜひお呼びください」
「本当ですか!? レイラさんのような、ものすごく強いアタッカーがパーティに入ってくださるなんて、とても心強いです!」
ロキは興奮したように言った。
というのも、先ほど魔法少女姿のレイラのステータスをこっそり鑑定したところ、固定スキルが異常なほど高かったのだ。ユニークスキルも、役立ちそうなものだった。
変身後のレイラには、おそらくルーラですら敵わないだろう。
目の前の幼い少女の底知れぬ才能が恐ろしいと、ロキは思った。
「それは、ロキさんのスキルのおかげですわ。この姿のわたくしでは、大した力はありません」
「い、いえ! その若さで、剣術がAランクなのは十分すごいですよ!」
「ふふ。ありがとうございます。もっと精進いたしますね」
レイラは、ウェーブのかかったセミロングの金髪をなびかせながら、そう答えた。
まだ9、10歳ほどの少女に見えるが、仕草が上品で非常に大人びている。服装も貴族が着るような、真っ赤なドレスを着用していた。
その気品あふれる姿から、ロキは幼い少女が相手だというのに、無意識に固くなってしまっていた。
レイラの表情は、とても晴れやかだった。
ジャックへの想いは完全にふっきれたのだろう。彼女が大人になる前に、あのパーティを抜け出すことが出来て本当によかったと、ロキは思った。
「さて。ロキさんは、しばらくこの街を拠点に活動するということですし、わたくしは実家に帰りますわ。依頼やダンジョン攻略の際は、いつでもお呼びください。今、地図を書きます」
「ありがとうございます」
レイラは紙に家の地図を書いて、ロキに手渡した。
「あっそうだ、レイラさん。魔法少女のときの名前を決めてほしいので、次に会うときまでに考えておいて頂けますか? この姿は目立ちますし、僕は男なので、正体を明かしたくなくて……」
「まぁ、あの姿のときの名前ですか? それは素敵ですね」
レイラはそう言って、考えはじめる。
すぐに顔をあげて、ロキに向かって、微笑んだ。
「では、プリンセスでお願いします」
「プリンセス、ですか?」
「ふふ、おかしいですか? わたくし実は、とってもお姫様に憧れているのです!」
そう言って笑ったレイラの表情は、初めてみるほど年相応に無邪気で。
しかし、すぐにレイラははっとして、取り繕うように咳払いをして。
ドレスの端をつまみ、ロキに向かって、おじぎをした。
「ではロキさん。ごきげんよう」
「はい。これからよろしくお願いします」
レイラ・アップルは、去っていった。
彼女の頬に赤みが差していたことは、彼女も、ロキも、誰も知らない。
<魔法少女ステータス③>
魔法少女プリンセス / レイラ・アップル
性別:女性
身長:172cm
体重:55kg
90/61/85
スキル
ステルス:U
■自身と触れているものを透明にすることができる。
剣術 :SS
体術 :A
料理 :A
危険察知:B
弓術 :E
二章終わりです。
次話からダンジョン攻略がはじまります。




