15.二人目の仲間、レイラさん③
ロキさんと別れてすぐ、わたくしは、冒険者ギルド『黒龍の枕』へと走りました。
昨夜に行った元パーティの打ち合わせで、彼は本日、Aランクの依頼を受けるという話をしていたからです。
ですから、冒険者ギルドに行けば、彼に会える。そう思いました。
冒険者ギルドに着き、扉を開けると、すでに大勢の冒険者がおりました。
しかし、辺りを見渡しても、彼の姿は見当たりません。
そのとき、周囲の冒険者たちが、わたくしをじっと見ていることに気がつきました。
とても目立っている。
そう気が付いて、恥ずかしくなりました。きっと派手な格好をしているからでしょう。
うつむいたまま、わたくしは慌てて受付へ向かいました。
「わぁ、すっごく綺麗なお姉さん……っ! はっ、突然すみません! 私は受付嬢をしております、エマと申します。当ギルドは、はじめてですか?」
この姿になっているわたくしに、もちろん顔なじみの受付嬢――エマさんは気づきませんでした。
わたくしは正体を明かさずに、エマさんに向かってぎこちなく笑いました。
「あの、人を探しているのです。Aランク冒険者のジャック・リルムとそのパーティは、本日このギルドから依頼を受注しましたか?」
ジャック・リルムというのは、彼の名前です。
受付嬢のエマさんはすぐに、ああ、とにっこり笑いました。
「ジャックさんでしたら、30分ほど前に出発されましたよ。Aランク任務のアラクネ討伐のために、イグニスの樹海に向かわれました」
「ア、ア、ア、アラクネ討伐ですか……ッ!? た、大変! ありがとうございます、エマさん!」
わたくしはすぐにお礼を言って、踵を返し、冒険者ギルドを飛び出しました。
その足で、まっすぐにイグニスの樹海へ向かいます。
彼のパーティがアラクネの討伐に行っている。
それを聞いて、不安でいっぱいになりました。
というのも、わたくしはよく、彼に花を持たせるために、ギリギリまでモンスターを弱らせて、トドメを彼にとらせる、という手法を使っていたのです。もちろんそのことを、彼は知らないでしょう。
それに、アラクネはAランクのモンスターの中でも、とても強いと言われています。
自惚れているかもしれません。
しかし、わたくしがいなくなった今のパーティで、Aランクのモンスターと戦うのは、難しいのではないか。そんな胸騒ぎが収まりませんでした。
イグニスの樹海は、街の近くにあるシヤハの森より遠くに存在しています。
ランクの高いモンスターが数多く生息している樹海で、腕のある冒険者しかよりつかない場所です。
わたくしは、ためらうことなくイグニスの樹海に足を踏み入れました。
イグニスの樹海は、まるで天然の迷路のように、太い樹木が重なり合い、入り組んでいました。
迷わないように、ときどき剣でしるしをつけながら進んでいきます。
一時間ほど歩いた、そのときでした。
突然、森を刺すような甲高い悲鳴が響き渡りました。
それは彼と、パーティの仲間たちの声でした。
慌てて生い茂る雑草をかき分け、悲鳴の聞こえた方向へ走ります。
雑草を抜けたとき、目に飛び込んできた風景は、とてもショックなものでした。
「ああ……ジャック、さん……それに、みなさまも……なんということ……」
彼とパーティメンバーの女性たちは、身体中の皮膚が不気味なほど紫色に染まり、倒れておりました。
皮膚の異常は色だけでなく、水ぶくれのような大きな気泡が身体中に広がっています。酷い毒に犯されているのだとすぐに分かりました。
すぐそばには、胴体が蜘蛛になっている、髪の長い女がおりました。
あれがAランクのモンスター、アラクネ。
文献で見たことはありますが、直接見るのははじめてでした。
アラクネはぎょろりとした瞳をわたくしに向けて、威嚇するように咆哮しました。身体中がビリビリと痺れるような、激しい咆哮でした。
わたくしは、腰から剣を抜き、アラクネに飛びかかりました。
それと同時に、アラクネの8本の脚が一斉に伸びて、真っ直ぐにわたくしに向かって攻撃してきます。
この足に触れたら最後。猛毒に犯されてしまうでしょう。
けれど、アラクネの攻撃を避けることは、とても簡単でした。嘘のように、身体が軽かったのです。
きっと、この姿になっているおかげでしょう。
「くらい、なさいっ!」
叫びながら、身体をひるがえし、剣をアラクネ胴体に向かって、大きく振りかぶります。
剣はアラクネの胴体を真っ二つに切り裂きました。
それで、戦いは終わりでした。
アラクネは、凄まじい悲鳴をあげて、絶命しました。
「ああ……ジャック、さん……みなさま!」
わたくしはすぐに、彼らの元へ駆け寄りました。
かろうじて息はしておりましたが、意識はなく、亡くなるのは時間の問題だと分かりました。
昨日まで冒険を共にしていた仲間たちが、死んでしまう。
悲しさのあまり、ぽたりと涙が彼の頬に落ちた、そのときでした。
近くの茂みがカサカサと揺れはじめて、反射的に振り返りました。
「あっ、レイラさんいた! ものすごい咆哮が聞こえましたけど無事ですか!?」
「ロ、ロキさん!? どうしてここに!?」
おどろきました。
茂みから現れたのは、少女姿のロキさんだったからです。
「す、すみません、僕、心配で追いかけてしまって……」
「ああ、ロキさん……それよりも大変なのです。みなさまが……アラクネの毒に犯されて……」
「えっ、死んでしまったのですか!?」
「いえ……生きております。けれどもう、時間の問題でしょう……ああ、わたくしが無理にでも付いていけば……」
「それは大変だ。すぐに解毒薬を作りますね!」
何でもないように言われて、わたくしは驚きました。
これほど悪い状態を癒す解毒薬など、わたくしが知る中で存在しないからです。
ロキさんは、ここに来るまでに採取をしてきたのか、持っている鞄の中には、たくさんの素材が詰まっています。その中から、いくつかを選び、持っていた器具で調合をはじめました。
それは、すさまじいスピードと手際でした。
こんな優秀な錬金術師は見たことがない。
思わず魅入ってしまうほど、鮮やかな動作でした。
「できました。レイラさん、これを彼に飲ませてあげてください。僕はこっちの人たちに飲ませますから」
「は、はい!」
ロキさんはテキパキと、倒れている三人に解毒薬を飲ませていきます。
わたくしも、彼に近づいて、解毒薬を彼の口に入れて、飲ませました。
みるみるうちに、アラクネの毒が引いて、紫色の肌が元の色に戻っていきます。
これほど優秀な解毒薬ははじめてでした。
やがて、彼の瞳が開かれていきました。
「……美しい」
彼は、茫洋とした瞳でわたくしを見て、そう呟きました。




