11.二人目の魔法少女②
「……いくらなんでも怪しい」
部屋で一人、ロキはぼそりと呟いた。
というのも、五日連続で早朝に、トリスがポーションをもらいにきているからだ。トリスの家は、見るからに裕福な家庭なので、乞食じみた理由ではないだろう。
つまりトリスは、誰かにポーションを使用している可能性が高い。
(……お母さんが、あの乱暴そうなお父さんにDVを受けてるとかじゃないよな……?)
トリスの父の乱暴な動作を思い出しながら、ありそうな話だと思った。
考えていたら、だんだん心配になってきて、いてもたってもいられなくなる。
ロキは衝動的に部屋を飛び出し、すぐ隣の豪邸――トリスの家を遠巻きに見た。
今は夕方近い時間だが、空はまだ明るい。
トリスの父親が帰ってくるまでは、まだ時間があるだろう。
確かめなければ。
ロキは意を決して豪邸の門に近づき、鐘式の予備ベルを鳴らした。
「はい。あれ、ロキさんじゃないですか」
「こんにちは、トリス。今、いい?」
「暇していたので、大丈夫です。何の用ですか?」
「い、いや……ちょっと、トリスに聞きたいことがあってさ。よかったら、中に入れてくれないかな?」
もし家の中で何かが起きているなら、きっとここで断られてしまうだろう。
しかし予想外に、トリスは何事もない表情のまま、あっさりとうなずいた。
「いいですよ。どうぞ」
「えっ、いいの……?」
「はい。いつもロキさんの部屋にお邪魔していますしね。まぁ、あれは元々ウチが管理してる建物ですけど」
トリスはそう言って、門の扉を開けた。
あっけなく通されて、拍子抜けしてしまう。
色とりどりの花が植えられている広い庭を抜けて、玄関へ向かう。
大きな家の中へ通された。
「お、おじゃましまーす……」
「身構えなくていいですよ。誰もいないですし」
「えっ、誰もいないの? お母さんは? それにお手伝いさんとかいないの?」
「母は働いていますし、お手伝いさんなんていませんよ。ウチは、たまたま不動産がうまくいった、小金を蓄えてるだけの庶民ですから。お茶を淹れますから、座っててください」
トリスは相変わらず、そんな子どもらしくないことを言って、台所へ消えていく。
言葉に甘えて、ロキは大きなソファに座らせてもらった。
キョロキョロと広い部屋を見渡す。
貧乏育ちだったロキにとっては、落ち着かないほど広い部屋だ。それに、整頓されている。
しばらくして、トリスがティーカップとお菓子を持って、戻ってきた。
ティーカップには、いい香りのするお茶が淹れられている。トリスはそれをテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。いただきます。それにしても、綺麗な部屋だね……」
「そうですか? まぁ、うちは母が綺麗好きですからね」
トリスは何でもないようにそう言って、ティーカップのお茶に口をつける。
ロキもそれに続いて、お茶を一口飲んだ。お茶には詳しくないが、いい香りがして、とても美味しい気がした。
「そういえば、ロキさん。ボクに聞きたいことって何ですか?」
たずねられて、ドキリとする。
少し迷って、ロキは警戒させないように、へらりと笑った。
「トリスはさ、何か悩みとかないの?」
「は? 悩み……ですか。別にないですけど。まさか聞きたいことってそれですか?」
「う、うん。ちょっと気になってさ。お父さんは、優しい?」
「まぁ、たまに厳しいことは言われますが、許容範囲内です。いい父だと思いますよ」
トリスの表情に嘘は見えない。
本当に、幸せな家族という感じだ。
(じゃあ、どうして毎日、あんなにポーションを欲しがっているんだろう)
らちが明かない。
ロキは単刀直入に、たずねることにした。
「……僕が渡してるポーションは、何に使ってるの?」
ロキの言葉に、トリスは少し驚いて、それからカップを置いて、息を吐いた。
「やっぱりそれですか。まぁ、気になりますよね」
「そりゃ気になるよ! 冒険者でもない街の住人が、ポーションを使用することなんて、ほとんどないんだよ。トリスには悪いけど、何に使っているのか教えてくれない限り、もうポーションは渡せないからね」
弱気なロキだが、このときばかりはきっぱりと言い切る。
するとトリスは、焦ったような表情を浮かべた。
「……うっ、じゃあ仕方ないですね。何に使っていたのか教えますよ。ボクの部屋に来てください」
トリスは立ち上がって、部屋を出る。ロキは、トリスの後に着いていった。
二階に上がって、突き当あたりの部屋。
扉には『トリスの部屋』と書かれた、札がぶらさがっている。
「ここがボクの部屋です。中へどうぞ」
トリスが扉を開けてくれたので、ロキは部屋の中へ入る。
子ども一人にはもったいないほどの広い部屋だ。借りたロキの部屋の三倍はある。
正面には勉強用らしき机。棚には、男の子らしい、スモールサイズの武器のレプリカが並べられている。
部屋を見渡していたとき、ロキは部屋の隅にある、とあるものに気がついた。
「え、ちょっと! トリス、なにこれ!」
「ボクのペットです」
「ペット!? いやいや、だってこれは……!」
ロキは振り返って、トリスに向かって叫んだ。
「スライムじゃないかッ!」
そう。
トリスがペットだと言ったのは、愛玩用に買われる動物ではなく、最弱モンスターのスライムだったのだ。
よく見ると、スライムは、ガタガタとぷにぷにの身体を震わせて、怯えているように見える。目からも涙がぽろぽろと零れていた。
「ちょっと、トリスッ! このスライムどうしたのッ!?」」
「はぐれスライムです。少し前、虫取りをしに草原を歩いていたところ、一匹で歩いていたので捕まえました」
「つ、捕まえた!? トリス大丈夫だったの!?」
「はい。捕まえてすぐに、虫取り用カゴに入れましたし、何ともありません」
何でもないように、トリスはそう言った。
スライムは、最弱といえどモンスターだ。一匹といえど、一般人だったら怪我をしてもおかしくない。
たまたま運がよかっただけだ。
「このスライムを、棒で叩いたり、突いたりすると面白いんです。スライムって、ぷにぷにしているでしょう。こうやって、叩くと、ぴょんぴょんって跳ねるのが面白くて。でも最近、すぐ弱ってしまうので、それでロキさんにポーションをもらいに行っていたんです」
「だ、だめだよそんなことしちゃ! スライムだって、モンスターなんだから!」
衝撃の事実に、思わずロキは声を荒らげる。
まさか怒られると思わなかったのか、トリスは少し驚いているようだった。
「……別にいいじゃないですか。冒険者は外でモンスターを殺しまくっているんでしょう? それに比べたらかわいいものですよ」
「スライムを心配をしてるんじゃなくて、トリスの心配をしてるんだよ! スライムだってモンスターなんだよ? 何かの偶然で、外に出て攻撃されたらどうすんの!? それに、モンスターに恨みを溜めると暴走するケースだってあるんだから!」
「今まで何ともなかったんですから、大丈夫ですよ。ほら、ロキさん。見てください。面白いんですよ。こうやって、木の棒でつつくと――」
トリスがそばにあった木の枝を持ち、怯えるスライムを殴ろうとしたので、ロキは慌てて木の枝を勢いよく奪い、トリスの頬を軽く叩いた。
ぺちり、と頬を叩く音が鳴る。
ロキは、トリスをキッと睨んだ。
「駄目だって言ってるだろ!? このスライムは僕が逃がしておくからな!」
ロキがそう叫んだのち、部屋がしんと静まりかえる。
トリスはおそるおそる、叩かれた頬に手を添えて、身体をぶるぶるとふるわせはじめた。
「ボ、ボクを叩いたなッ!? 貧相なもやし野郎のくせにッ!」
「は!? もやし野郎!?」
「お、お前なんか、パパに言いつけてやるッ! 部屋を追い出してやるからなッ! うわああああんッ!」
今まで冷静さはどこへいったのか。
トリスは唐突に号泣して、ロキと突き飛ばし、部屋を出て行ってしまった。
ガタガタと階段を下る音が聞こえて、玄関の扉が荒々しく開けられる音が聞こえる。
家を出て、父親を呼びに行ったんだろう。
ロキは、早くも住み家を失いそうになる危機よりも、もやし野郎と言われたことが地味にショックだった。
自分の痩せた身体を見る。
もう少し、肉を食べようと思った。
改めて、スライムに向きなおる。
天井が少しだけ空いている、透明なケースに入れられているスライムは、ロキを見てがたがたと身体を震わせている。
これほど怯えているスライムは初めて見た。
興味深くて、まじまじとスライムを見てしまう。
――そのときだった。
『―契約可能―』
スライムの頭上に、そう文字が浮き上がった。




