10.一人目の魔法少女①
――助けて。
お願い、誰か助けて……。
もうこんなの耐えられない。こんな環境で生かされているぐらいなら、死んだ方がマシだわ……。
あたしは今、狭い部屋に閉じ込められて、とある男に監禁されている。
仲間とはぐれて、草原で迷っていたところを捕まってしまったの。
その日から、あたしの地獄がはじまった。
捕まった男に、毎日毎日、気まぐれのように暴力を振るわれている。
お願い、誰か……。
あたしを助けて。
この地獄から、あたしを救って……。
***
「ひと月で家賃、銀貨3枚と銅貨50枚ですか……もう安くなりませんか?」
「あぁ? てめぇ冒険者だろうが! どうせすぐ出てっちまって長居しねーんだろ? 十分格安だろうが! ケチケチしてんじゃねーよッ!」
「そ、そう言われると耳が痛いのですが、今は少しでもお金を貯めたくて。銀貨3枚でどうでしょうか……?」
「チッ、このドケチ野郎が! 仕方ねぇ、銀貨3枚で契約してやるよッ!」
カウンターに置かれた羊皮紙に、ボンと勢いよくハンコを押される。
男に鍵と地図を勢いよく投げつけられて、ロキは両手でキャッチした。
話は終わったと言わんばかりに、片手で払われ、ロキは仕方なく立ち上がった。
(何か、怖そうな家主だなぁ……)
ロキはそう思い、商人ギルド『兎の靴下』を出た。
昨日、ワイバーンを討伐して、金貨3枚を手にしたロキは、さっそく家を借りようと、商人ギルドに足を運んだのだ。
ちなみに昨日の夜は、また広場で一夜を明かした。
そろそろ背中と腰が痛い。
先ほど大家の男に投げつけられた地図広げて、場所を確認する。
走り書きされた、汚い地図だ。文字も乱れすぎていてかなり読みにくい。
何とか解読しながら街を歩いてまわり、それらしい場所に着いた。
「まさか……ここ、じゃないよな……?」
建物を見上げて、唖然とした。
建物は、二階建てで、扉は各階に5つ設置されている。しかし、建物自体がかなり古い。今にも崩れそうなほど、ボロボロだった。
このボロボロの建物の隣には、大きな家が建っている。こっちは大家の家だろう。格差がすごい。
(この建物で銀貨3枚は、逆に高いんじゃ……?)
ロキは軽率に契約したことを早くも後悔していた。
割り当てられた部屋は、一階の右から二番目の部屋。
立てつけの悪い鍵を何度かガチャガチャと回し、ようやく扉が開く。
部屋は、外観ほど酷くはなかった。
がらんとした広い部屋と、簡単な台所のみ設置されている。汲み取り式のトイレは共用だ。
建物が古いせいで壁は黄ばんでいるが、ここなら普通に暮らせそうだ。というか広場のベンチより数倍は快適だ。
「はぁ、家だ……」
大きく息を吐いて、床にごろりと寝そべる。
それから思い出したように荷物を置いて、簡単に整理をはじめた。棚がないため、今は床に直置きだ。
よく使う錬金術の道具を取り出して、部屋の隅に並べていく。ロキは錬金術師ということもあり、几帳面な性格だった。
お金を貯めて、魔法少女ギルドを作れ。
そう言ったオーファンの言葉は、忘れてはいない。
だが、そんなもの、まともに作ろうと思ったら、金貨が50枚以上必要だろう。
金貨50枚を稼ごうと思ったら、ポーションをちまちま作って、商売したところで何十年もかかってしまう。
つまり、高レベルの依頼を複数こなすか、ダンジョンを攻略するしかないのだ。
しかし、今はロキ一人。
だからまず、仲間を集める必要がある。
「絶望してる人なんて、どこにいるんだろうなー」
ロキがひとりごちた、そのときだった。
突然、扉がドンドンと大きく叩かれて、ロキの身体がびくりと震える。
部屋に来たばかりだというのに、一体誰だろう。
ロキはおそるおそる立ち上がって、扉に向かって返事をした。
「は、はい?」
「新しい住人ですか?」
幼い声が聞こえて、扉をそっと開ける。
そこには、ロキよりも頭一つ分小さな男の子がいた。
9、10歳ぐらいだろうか。
可愛らしい顔立ちをしているものの、男の子はどこか冷たい表情をして、無愛想にロキを見上げている。
「こ、こんにちは。君は……?」
「ボクは、この建物を管理している大家の一人息子です」
「君があの、大家さんの……? 僕に何か用かな?」
商人ギルドで、鍵と地図を投げつけてきた大家のことを思い出す。
あの乱暴そうな大家さんと違って、ずいぶん礼儀正しそうな男の子だ。
「用はありません。ボクはいつも、新しい住人が来ると、顔を見にいくことにしているので、しいて言うならそれが用事です」
「そ、そうなんだ……はは、これからよろしくね」
何て答えたいいのか分からず、ロキは曖昧な笑みを浮かべる。
まだ荷物の整理が終わってないから、出来れば帰ってほしいと思った。
「おや、あなた……もしかして、錬金術師なんですか?」
男の子は部屋の中の道具を見て、ロキにそうたずねる。
「あ、うん。一応、錬金術師のはしくれだよ」
「ランクはいくつですか?」
「Bランクだよ」
魔法少女化すれば、ランクはSだが、それは言わないでおくことにした。
錬金術師のSランクはロキのが調べた限り、出会ったことがなかったし、この姿では証明する術がないからだ。
「へぇ、結構すごい人なんですね。というか、あなたどこかで見たことが……その冴えない感じ……もしかして、ルーラパーティの錬金術師、ロキ・フェイズですか?」
そう言われて、驚いた。
パーティの中じゃ一番目立たなかったし役立たずだったが、ルーラが有名すぎるせいか、ロキのことを知っている人はいるらしい。
「えっ、よく知ってるね。そうだよ。まぁ、昨日パーティからクビにされちゃったんだけどね……」
「ああ、だから部屋を借りたんですか。でも、あのパーティを抜けてよかったと思いますよ。傍から見ても、きれいな女性の中に男が一人いるのは、邪魔に感じましたし」
「はは、だよね……」
ものすごく辛辣な子だ。
しかし正論すぎて、ロキには何も言えなかった。
「申しおくれました。ボクの名前は、トリス・フィッツです。そうだ、ロキさん。錬金術師ということを見込んで、あなたに一つお願いがあるんですけど」
「お願い? なに?」
「ポーションを一つ、ゆずってくれませんか?」
そう言われて、ロキは首をかしげた。
ふいに大きな怪我をしてしまった、という理由でもない限り、冒険者でもない街の住人が、ポーションを使うことなど滅多にないからだ。
「どうして? 怪我人がいるの?」
「はい。ちょっと、治してあげたい人がいるんです」
「えっ、その人大丈夫なの? 言っておくけど、ポーションじゃ病気は治せないよ。あくまでも外傷に対する回復薬だから」
「それで大丈夫です。ゆずっていただけませんか?」
「別にいいけど……」
なんとなく釈然としなかったが、ロキはポーションを譲ってあげることにした。
ポーションは、回復薬だし、悪用の方法はない。
トリスが治したい人がいるなら、いいかなと思ったのだ。
「はい、これ」
「ありがとうございます、ロキさん」
トリスはポーションをうれしそうにまじまじと見たあと、お礼を言って、その日は帰っていった。
***
翌日の早朝。
眠っていたロキは、扉を激しく叩く音で目が覚める。
「だ、誰だよ……こんな時間に……」
ロキは起き上がって、おそるおそる扉を開ける。
すると、そこにはトリスがいた。
昨日と同じように、仏頂面でロキを見上げている。
「おはようございます、ロキさん。朝早くにすみません。ポーションをもう一つ、ゆずってくれませんか?」
いきなりそう言われて、寝ぼけていたロキの目が覚めた。
「え、ポーションをもう一つって……昨日のやつはどうしたの?」
「使ってしまいました」
「つ、使った……? なのに、もう一つほしいの?」
「はい。何度もすみません」
真剣な表情で、真っ直ぐにロキを見上げている。
断る理由もなく、ロキは再びポーションをトリスにあげた。
しかしトリスは、次の日も。その次の日も、早朝にロキの部屋の扉を叩き、ポーションを求めた。




