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…と召使と

 「ミ、ミカ…ミ、カ…」

 

 わたしを呼ぶ声が聞こえる。

 とても懐かしい声。


 「主様っ!」

 

 また夢を見ていた。

 懐かしい日々、わたしと主様の日常。


 わたしが辺りを見回しても、もう、あの姿は無い。

 もう一度会いたい。

 あの笑顔を見たい、また怒られたい、また一緒に食事を…。

 開けっ放しの入り口から木々の香りが吹き込んでくる。

 空はもう日暮れ、そろそろ日没の花火が輝く頃。

 ルテ・アマは瓦礫の山になっていた。

 異形のモンスターが数匹うろついていたけど、他にはどこにもいなかった。

 主様はこの場所を悟られないようにひと避けの細工を施していた。

 だから、この森に異形はまだいない。

 でも、それだって時間の問題。

 わたしは主様がいなければ何もできない。


 「ミ、カ…ミカ、エ、ラ」


 また聞こえた。

 夢なんかじゃない。


 「主様…?」

 「ミカ、ミカエラ」

 「主様!どこに、どこにいるんです!」


 周囲を見渡しても、そこはやっぱりいつもの風景。

 主様の姿は無い、でもわたしを呼ぶ声が聞こえる。


 「ミカエラ、ミカ、エラ」

 「誰?誰なの?」

 「ミ、カエラ」


 わたしの腕にひやりとした冷たいものが触れた。


 「ミカエラ」

 「ラピリス?」

 「ミカエラ、おか…おかえり」

 「…ラピリス。お前、話せるようになったの?」

 「ミカエラ、おかえり…」


 ラピリスが言葉を覚えている。

 この子は知力がないから話したり躾けたりできないと主様は言っていた。

 でも、この子は喋っている。


 「どうしてお前…」

 「ミカエラ、ただいま…。ミカエラ、おなかすいた…」

 「ははっ、お前まるで主様みたいなことばかり…」


 主様。

 主様、主様。

 ラピリスが主様の真似をするようになったんですよ?

 こんなの異常事態ですよ?

 単細胞生物が知力を持つなんて生態学的にも進化論的にもおかしいことですよ?

 

 「主様…、調査しましょうよ…」

 「ミカエラ、ゆだんするな…。おなかすいた」

 「…はいはい、今準備しますよ」


 ラピリスが話せるようになったのは、きっとラピリスに一番最初に与えたもののせい。

 この子に一番最初に与えたのはわたしの髪じゃなくて、主様の髪の毛。

 わたしは弱くて馬鹿だから、主様みたいに強くて優しくなって欲しかったから。

 ほんの冗談のつもりだった。

 何も起こらないと思っていた。

 ラピリスは主様の言葉を真似しているだけ。

 そんなことはわかっている、けど。

 嬉しい。


 「さあ、できましたよ。ありあわせで作ったスープだけですけど」

 

 ラピリスの前にスープの入った器を差し出すと、ラピリスはそれの周りをうろついている。


 「…やっぱり、食べないか」


 スープの周りをぐるぐる回るラピリスを眺めながらスープを一口含んだ。

 一人じゃない。

 ラピリスを見ていると、なんだか不思議な気持ちになる。

 ほっとするような、眠くなるような。

 

 「主様と同じ…」


 自分の体から緊張が解れていくのがわかる。

 主様はこうなることを予期していたんだろうか。

 だから、ラピリスを私にくれたんだろうか。


 「っかぁ~。しけてんな!お前大食いだろ?そんなつまんねえもん食ってんじゃねえっての」


 突然、わたしの耳元で何かが喋った。

 羽音、花の香り。


 「イ、イル様?…どうして、ここに?」

 「ああ?どうしてじゃねえよ。兄貴が死んで、女神が死んで、フィスが死んで…もう、やることがねえんだよ」

 「イル様…」

 「いいからよ、とっととまともな飯だせっての。ほんでこれからどうするか考えようぜ」

 「はい!」


 イル様と一緒に森へ狩りに出る。

 森のざわめきも、時々聞こえる虫やモンスターの声も、全部いつも通り。

 

 「ミカエラ!いたぞ、クニックルだ!とっ捕まえろ!」

 「はい!」


 この森はわたしの領域。

 いくら野生モンスターだってそう簡単にわたしから逃げられるはずがない。

 木々の隙間を駆けて行くクニックルを雷撃で気絶させた。

 痺れて動けなくなったクニックルを拾い上げる。

 手の上でぐったりとするクニックル。

 この子だって生きている。

 だけど、今からわたしはこれを殺すんだ。

 この子にも生活があるんだ、この子にも生命が…。


 「ミカエラ…、フィスなら食ったぜ。あいつは生命の意味を知っていた、だから生き物を殺すことを苦にしたことなんてなかったはずだ。日々生きることと、生命を奪うという価値観は全くの別もんだ。全てのことが一貫しているなんて、お前のエゴだぜ。世界の真実じゃねえ…」

 「でも、事実は事実でしょう?わたしは、自分を生かすために他の生命を脅かすんです」

 「違うぜ、ミカエラ。生命だろうが何だろうが、生きているもん全ては固定世界という土台があってこそのもんだ。そいつに無理矢理値付けをしたのがヤーフールでありアトルだ。本当は意味なんて何もねえんだよ。誰かの作った理由っつーか価値観みたいなもんのために悩むのは知力を持つあたしらだけなんだ…。つまり世界の真理なんかじゃねえんだよ」

 「でも、わたしは主様がいなくて悲しいです、寂しいです、殺した奴が憎いです!」

 「ミカエラ…、具体的な感情っつーのは知力が勝手にそうしているだけのもんだ。お前の知力が、経験が、お前にそういう具体的な感情を解釈の上に認識させてるに過ぎねえんだ。生命を舐めんじゃねえ!!てめえのくだらねえ感情のために世界があるなんて馬鹿げてんだよ!!自然は何にも染まっちゃいねえ、てめえのそのエゴがまた世界を狂わせ、自由を奪うんだ…!」


 「主様!主様……!!」

 「ああ、そうだ。世界があるからお前は泣ける。泣いてるお前がいられるこの世界を愛せ、解釈や事実に踊らされるな。世界はいつも自由なんだ。だからもっと、もっと真っ直ぐに生きろよミカエラ…」


 さようなら主様、さようなら、さようなら。

 わたしはあなたが大好きです………。


 




 

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