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御令嬢と騎士と女神と

 「あのくちばし…!ボル…ドラか?」

 レイスはルルディを庇うようにして中庭への入り口から距離を取る。

 レイスは過去に突然あの巨鳥に襲われた経験があったため、不意打ちに警戒していた。

 「ルルディ様!あいつです、あの三日月のくちばしが私に謎の術をかけたオウムですぞ!」

 距離を取ったまま、中庭を覗くようにしてレイスが小声で叫ぶ。

 慌てふためくレイスの姿を呆然と眺めていたカーバンクルは何事でも無いかのように中庭へと歩いて行く。

 途中、入り口に鞄を引っ掛けて勢いづいたカーバンクルはすっ転んだが、それでも何事も無いかのような振る舞いでボルドラへと近付いて行く。


 「あれあれ?誇り高きドラゴンのもの、随分遅かったです。朕は少し待つはめになりましたが、たまたま人間のものが二人いたので暇つぶしはできていました。…まあエオティマスを譲ることになってしまったのが少しばかり残念ですが」

 弱々しく薄汚れたボルドラはカーバンクルが近付くとそのまま前のめりに倒れ込み、口から何かを吐き出した。

 「…アイン様がや…られた。ちくしょう、あの野郎ども…敵に回したら厄介だった。まさかアイン様が負けるとは思わなかった…ぜ」

 地面に転がる人の頭の形をした岩石をカーバンクルが拾い上げる。

 「首です、首ですね。でも、無事ですね?そうですね?女神の首のもの。目が死んでませんよ、うん、ドラゴンのものぎりぎりセーフです。よくできました」

 カーバンクルはそう言うと、何の迷いもなく手の上に載せた頭を砕いた。

 砕けた頭の欠片に混じって地面に散らばった赤く輝く眼球を拾い上げるカーバンクル。

 「て、てめえ!!何してやがる!!」

 「何ですか?何ですか?もう太陽の女神のものは元には戻らないですよ?使い物にならなくなる前にあげます。女神の目玉は貴重で珍しいですが、顧客の好です。あげます、仕方ないですが」

 カーバンクルはそう言うと掌で転がる二つの赤く輝く目玉をボルドラに差し出した。

 ボルドラは体を窮屈にして差し出された目玉に躊躇を見せる。

 「何ですか、誇り高きドラゴンのものともあろうものがどうしたですか?パクっとしてごっくんしてぴかっとすればいいんです。簡単でしょう」

 「…わしはお前みたいに狂ってやがるのとは違うんだよ!そんな簡単に主を食えるかっつーの!!そもそもわしがアイン様を連れて帰ってきたのは、お前なら元に戻して…!!」

 カーバンクルは話している途中のボルドラの口の中にアインの目玉と角の丸い立方体を突っ込んだ。

 ボルドラはふいの行動に思わずそれらを飲み込んでしまった。

 「…!!て、めえ。な、何をしやがんだよ!」

 すると、前のめりに伏せているボルドラの首の下に回り込んだカーバンクルはその長い指を更に長く伸ばし、ボルドラの首を抱きしめるようにして思い切り締めあげた。

 首を捕まれ慌てたボルドラが体を起こし、苦しそうに口をぱくぱくさせる。

 「誇り高きドラゴンのもの、安心して大丈夫です。大丈夫です。朕がもっと強く誇り高くいられるようにしてあげます。対価はいりませんよ?もちろん。顧客の好ですから」

 カーバンクルはそう呟くと、ボルドラの首に絡み付く長い指が黄い光を帯び始め、その光は徐々にボルドラを侵食し、ボルドラを光り輝かせた。

 カーバンクルはボルドラに光が侵食するのを確認すると、指を元に戻しボルドラと距離を取る。

 

 ボルドラを包む光はボルドラの体に張り付くように輝く。

 少しずつ、丸みを帯びていく光はまるで捏ねられる粘土のようにボルドラを変形させる。

 ぐねぐねと目まぐるしく形を変えていく光の粘土は、やがて直立に立つ形へと姿を変えた。

 光が光度を増し、その姿を一層輝かせると殻が割れるように光がはじけ飛ぶ。


 「な、何なのだあれは!!」

 中庭を神殿内から覗くレイスの目に映っているのは、極彩色の羽が散りばめられた衣を纏うレイスの倍はあろうかという身長の燃える頭髪を持つ真っ白な肌の女だった。

 女の手には三日月のくちばしを刀身に持つ鎌に似た形状の棒武器が握られている。

 女は手に持った武器を振り回したり、自分の体を見下ろしたりして観察すると、空いている手で燃える頭髪をかきあげた。

 

 「おい、貴様…。わしは一体どうなったのだ…」

 女は目の前にいるカーバンクルを見下ろして話す。

 「いい出来です。いい出来ですね!合体はやはりこうあるべきです。お前たちの融合はいまいち美しくないし、乱暴でしたから。朕は気に入らなかったので、ちゃんとしました。女神のものはもう少し賢くあるべきです。朕を見習うべきです!」

 カーバンクルは興奮して飛び跳ねながら手を叩く。

 「なぜわしは記憶を持っている…。生物内融合は肉体と共に新しい生物としての自我を持つはずだが?」

 「断絶魔法です、断絶魔法ですよ。融合の瞬間に女神とドラゴンのものの記憶だけを隔離するんです。記憶とは親から受け継ぐ解釈と自分自身の行動から得られる経験とを意識することができる個人としての唯一の部分ですから?それが本人だと自覚できる一番の部分を融合から断絶すれば、肉体が融合される際に新しくなることがないわけです。ですよね?ですから、記憶は保存されるのです。そういうものなのです。女神のものの瞳と髪、それからドラゴンのものの誇り高き美しい羽とくちばしを断絶しましたので、色々混ざっても基本的な記憶は保存されているんですね!すごいですね!すごいですね!」

 カーバンクルはそう言っている間も手を叩き続ける。

 「記憶の融合、か」

 「ま、そう考えるのもありですね。ありです!」


 レイスは中庭で行われている理解不能の会話に聞き耳を立てていた。

 「…奴ら、何を言っているのかさっぱりわかりませんが、一体何を…」

 「わからないわ…」

 ルルディがレイスの脇から顔を半分だけ覗かせて呟く。

 レイスが生唾を飲み込む。

 

 「そういえば女神とドラゴンのもの。あの二人はどうしたですか?負けて帰ってきただけですか?」

 カーバンクルが拍手を止め、目の前にいる新しい女神を指差す。

 「あの二人…?」

 「そうです、フィスとジャイアントエルフのものです!女神のものが気持ちの悪いものばかり作るから見兼ねて朕が殺しましたが?大きい鳥は綺麗でしたが、強そうだったのでついでに殺してしまったのは残念でした。実験に使えば良かったと後悔しています」

 カーバンクルはそう言うと悲しそうな表情でうなだれた。

 「気持ちの悪いもの…。貴様がやったのか、あやつにはあやつの生き方があったというのに貴様は見た目が気に入らないからといって殺したんだな…」

 カーバンクルは頷いた。

 「もちろんです。もちろんですよ!あれは醜いです!美しくないですから、当然死ぬべきです。生きていれば朕の目につく機会も増えますから!」


 次の瞬間、女神の振り下ろしたくちばしの大鎌の口が開き、カーバンクルを一飲みにした。

 

 「…新しい世界。弱者のいない世界。生物内融合を利用し、環境適応を忘れ、ただ強者として狩ることで生きながらえる世界。完全に力の拮抗した世界…」

 そう呟く女神の目の赤みが増していく。

 

 女神がレイスとルルディに視線を向ける。

 レイスは咄嗟にその視線から逃れるように体を隠す。

 ゆっくりと神殿へと向かう女神。

 入り口をくぐるなりすぐに、壁に張り付くようにしてルルディを庇って立つレイスを瞳に写す。

 「…お前、レイス・アイザックだな。そこにいるのは逃げたペイズ家の女か。なぜここにいる?」

 女神はレイスを見下すように目線だけを下に向け、話す。

 今の女神に殺意は感じないものの、その圧倒的な迫力にレイスは身構えずにはいられなかった。

 レイスは抜き出したレイピアを女神に向けて構え、臨戦態勢を取る。

 「何をそんなに怯えている?」

 「き、貴様は何なのだ!ボルドラなのか?それともあの化け物なのか?」

 女神の目の赤みが更に増す。

 「…化け物?わしが混ぜたあの者共を化け物だというのか?では貴様は何だ?混ざっているであろう?父と母から生まれ、その先にも幾つもの雌雄が混ざっているだろう。自身が混ざりものではないと疑いもなく、そうではないものを化け物と罵る貴様こそ化け物なのではないのか」

 女神はそう言った瞬間にレイスに向けて鎌を振り下ろす。


 「ふんっ!!」

 臨戦体制に入っていたレイスは振り下ろされた鎌を既のところでいなす。

 軌道を逸らされた鎌が床に突き刺さった。

 「…貴様も管理局に毒された愚者か」

 女神は鎌を返すとレイスを狙って振り上げた。

 レイスはレイピアを立て、鎌の一撃を防ぐ。

 こすれ合う鎌とレイピアから青白い火花が飛び散る。

 

 「うおおお!!」

 本来ならば女神の力で押し切られるところだが、先程ルルディに掛けられた魔法により身体能力が向上していたレイスは受けた鎌の一撃を再び地面に叩きつけ、怯えるルルディを抱えて神殿の中央へと飛び込んだ。

 「ルルディ様!お逃げ下さい!!こやつは危険です!」

 レイスがルルディを促す。

 ルルディは女神の異様な殺気に当てられて動くことが出来ない。

 振り返った女神から突如として火球が発射される。

 レイスは咄嗟にレイピアを大盾へと変え、それを防ぐ。

 次の瞬間、レイスの頭上から三日月の刀身が振り下ろされる。

 気配を察知したレイスは体を捻り、その一撃をかわした。

 レイスは体を捻る反動に乗せて大盾を振り回しルルディを突き飛ばした。

 ルルディの体が神殿の出入口付近までふっ飛ばされる。

 「申し訳ございません!ルルディ様!!そのままお逃げくだされ!」


 ルルディは床に体を打ち付けたものの、無傷のままだ。

 ルルディの視線の数十歩先では大盾で鎌を受け、女神の連撃を防ぐレイスの姿がある。

 

 ルルディは考えていた。

 回復術を開眼したとはいえ、戦闘力が無くなってしまった自分は間違いなくレイスの足手まといになるだろうということ。そして、レイスを遠距離から援護する方法を。

 旅の荷物の中には使えるものがない。

 手元にあるのは香木と白金の塊、それから母のサーベルと魔法石が幾つか。

 「しっかりしなさい!私!!」

 ルルディは自分の顔を両掌で思い切り叩きつける。

 

















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