冒険者と破壊者と
大盾で応戦するレイス。
振り下ろしの一撃を再び盾で受けきると、盾を屋根に女神の右手側に回り込む。
利き腕の側に回りこまれた女神が左手でレイスを掴みに掛かろうとするが、レイスは姿勢を低くしてそれをかわし、大盾を両手剣へと変化させた。
レイスはそのまま女神の背後へと飛び退き、両手で剣を構える。
レイスに向き直る女神。
「レイス・アイザック…。貴様は本当に管理局のやっていることが正しいと考えるか?」
女神はその赤く輝く瞳でレイスをじっと見つめる。
レイスには女神が言っていることがわからなかった。
生まれた時から固定世界に存在し、温かい両親に育てられ、世に起きる全てのことに疑問を抱いたことなど無かったからだ。
だから、レイスにとって女神の言葉は意味不明であり、そして新しい意見でもあった。
「わからぬ…。吾にはお前が何を言っているのかがわからぬのだ。管理局というものが何なのかも、弱者というものが何なのかもわからぬ…。だが、お前のやっていることは少なくとも隊長殿を狂わせ、そして化け物へと変えた!」
「それが、本来の姿だ。貴様の言う『たいちょう』という生物は、神人ヤーフールが抱いた思想の下、狂わされた世界で生まれた予測された結果なのだ」
「何が狂っているというのだ!!吾らは生きるために生物を殺し、己のために活かす必要がある!そのために吾らは殺すのだ…!それが弱肉強食の理であろうぞ!!」
「…では、貴様が利用してきた弱者達は何だというのだ。貴様の知る弱肉強食というものが本当に確定されたものなのだとすれば、必ず勝てぬ者がいる。ただ食われ、使われ、そうされることが彼らの生きる意味だとでも言うのか?生まれながらにして力を持たぬが弱者は食われるべきだと言うのか?」
レイスの思考は停止した。
レイスは、自分が生きるために必要としたものに対して敬意を払うことが正義であり、真摯であると感じていた。
しかし、女神はその全てを否定した。
弱者の生命、それが強者の生きるための糧であるばかりではないという女神の思想はレイスには間違っているようには聞こえなかった。
「た、隊長は、隊長には彼の生命が…生活があった!経験や記憶があってこその生命ぞ!様々にあるそういったものを一つにしてしまうことは生命への冒涜でしかなかろう!!」
「…貴様が食った弱者達にも生命と生活があった。しかし彼らは、砕け、溶かされ、そして貴様らの中に混ざっているではないか。融合だ、それもまた」
「ち、違う!!吾らは栄養を…、栄養として…」
「姿が貴様や『たいちょう』だというだけで、弱者を食い、混ざり合っている貴様らも融合体だ。まだ納得できぬと言うのか?」
女神の頭髪が激しく燃え上がり、散りばめられた極彩色の羽が逆立つ。
「貴様も死にたくなければ強者であれ…。弱者をひたすらに狩るのではなく、強者として強者を食い、戦うのだ。わしが弱者をなくしてやろう、正しく融合させ、生命を拮抗させよう!!」
女神の左手が赤い閃光を発する。
閃光を受けたレイスの肌が焼ける。
「くっ!!」
女神の左手から発せられる閃光が収束し、一つの握りこぶし大の火の玉へとまとまっていく。
火の玉は火の尾を振り回しながら燃えたぎる。
業火の火球はその熱だけで周囲を歪ませ、レイスの視界をぼかしている。
「な、なんなのあれ…!熱すぎるわ!」
ルルディはその熱さからまともに目を開けていられない。
女神が火球をレイスに向けて放つ。
速度は速くないが、近付く度にレイスの肌を焼くほどの熱が襲いかかる。
直接受けることが不可能だと判断したレイスは飛んでくる火球から距離を取るように中庭の方へ走り出す。
しかし、女神がレイスの駆け出した方向へ指を振ると、火球はレイスの背を追う形で彼を追尾して行く。
中庭に飛び出したレイスは女神を振り返った。
「な、なんだと!?」
振り返ったレイスの目の前には業火の火球が庭の芝生を焦がしながら一直線に向かってきている。
レイスは火球を避けるために横に飛ぶが、女神の指の一振りで再び火球はレイスに向かって行く。
避けることが難しいことを察したレイスは両手剣をハルバードへと変え、飛んでくる火球を横薙ぎに一刀両断する。
二つに分かれた火球は地面に落ちると、草を消し、土を溶かし溶岩とさせた。
煮える溶岩が冷えて湯気を上げる。
伝承の金属エオティマスは一粒の粒子である。
それ故、その硬度は結合で得られるものとは根本的に違うため、衝撃や熱に対して変形することはない。
軽く、硬いその金属は別名三賢人の欠片と呼ばれ、世界を固定するために石化した三賢人からこぼれ落ちたものとされている。
それまでエオティマスを所持していた者は幾人かいたが、その誰も傷ひとつ与えることができなかった。
世界で唯一この金属を変形させられるのは、特殊属性である金属製を発動したレイス唯一人。
「この金属はあの熱でも溶けぬか!!」
レイスは驚愕して手に持つハルバードを見つめる。
火球が切り落とされたのを見た女神がレイスに突進する。
女神の突進に身構えるレイス。
振り下ろされた鎌をハルバードで弾き返すとその柄で女神の体に一撃を見舞う。
レイスの一撃は女神のみぞおちに当たったが、女神は怯まない。
レイスの背後で刃を返すとそれを引きつけた。
しかし、背後からの一撃を予測していたレイスは姿勢を低くしてそれを回避、ハルバードを振り上げるのと同時にそれを再び両手剣へと変え、振り下ろす。
会心の一撃。
両手剣は女神の左肩から胸までめり込んだ。
「おおおおおお!!」
レイスはめり込んだ剣を振り切る。
肩からめり込んだ剣が、女神の左脇腹から抜け出ると、切り口から黄色い液体が噴出する。
会心の一撃を見舞ったレイスは後ろに飛び退き、女神と間合いを取った。
「レイス・アイザック。今の一撃、なかなかのものだな…」
そう言う女神は、左腕を失ってなお弱る様子を見せない。
鎌を地面に刺し、左腕を拾い上げると、体の断面にそれを押し付ける。
すると、押し付けられた切り口が黄色く輝き、離れていた左腕は再びそこに戻った。
「なっ!なんだと!!貴様、化け物か!!」
レイスが叫ぶ。
「まだ言うか…。化け物だと?千切れた腕を元に戻しただけだろう。自分にできないことは異常か?見たことのないものは異常か?…所詮ヤーフールの思想の下繁栄した人造物よ。知恵も力も全てが足りん…弱すぎる。弱すぎるが故、弱者を嬲り屠る…。貴様らもまた弱者、ということか」
レイスが女神に剣を振り下ろすが、女神はそれを左手で受け止める。
「ヤーフール…。女神アトルを否定し、己の理想郷を作り上げた神よ。貴様の勝手な思想や振る舞いはこの様に弱く、卑しい化け物を世界に繁栄させたぞっ!!」
女神は左手に握ったレイスの剣ごとレイスをぶん投げた。
レイスは宙で受け身を取り、地面に着地、再び剣を構えた。
女神がレイスに向かって歩く。
「かつて、絶対不可視侵の領域より三つの自我が覚醒した。アウディーカ、オンエッレ、サピエピ…。彼らは己を失わぬため、自身を利用し新たな領域を生み出した。固定世界…、それがこの世界だ。三賢人はそれぞれ真人、霊、神として世界に繁栄した。真人は人型、霊は実体を持たぬ自然の化身、神は獣の姿をしていた。それら始まりの種族は交配という方法でなく、他種族と交わり、新たな種族を生み出していった。しかし、種族は増えるにつれ交配を覚え、種族の幅は狭くなっていき、段々と生物は弱くなっていった。そんな中生まれたのが女神アトルだ。彼女は弱き者の味方だった、食われ、淘汰される姿を見て悲しんでいた…」
レイスが再び女神に斬りかかる。
女神は鎌を振り、飛び上がったレイスをひと薙ぎにし神殿内へと吹っ飛ばした。
「女神アトルは考えた。食われるだけの者がいる世界を変える方法を…。弱き者を強者とする方法を」
レイスは神殿を飛び出し、両手剣を三叉槍へと変え、女神に突進する。
槍は女神の腹を貫いた。
すると、突き刺さった傷口から炎が吹き上がり、それは柄を伝ってレイスを襲う。
レイスは槍を引き抜くと後ろ跳びに距離を取った。
「始まりの種族が行っていた、種族の枠を超えた繁栄、交配ではない配合。それが生物内融合だ…、固定世界本来の進歩の形。ヤーフールが領域を分ける真理魔法を見つけ出したのと同様にアトルは生物内融合を見出した。しかし、ヤーフールはそれを恐れた…、自身が淘汰される可能性を。だからアトルの研究を盗み、管理できるようその形を変え、そして管理局を作った。石版に掛けられた特殊な魔法、名に反応しこの世に存在しないモンスターを生み出すきっかけ…。貴様ら冒険者が殺してきたモンスターの中にはそうやって生み出された者もいたのだ」
「モンスターが生み出されるだと…?吾には意味がわからぬ!!奴らは自然に繁殖し、進化するものであろう!モンスターが倒されるという状況は、己を鍛え上げた者との力の差であろう!!」
「それが違うのだと考えたことはないのか?貴様ら冒険者が経験を積み、強くなれるのは元より貴様らより弱い生物がいるからだ…。レイス・アイザック、貴様のような浅はかな者こそヤーフールの唱えたモンスターデザインによって生み出された世界の膿。ヤーフールは考えたのだ、力の拮抗した世界を思うままに知的生物のみが目的を持って生きられる方法を…!!管理局、モンスターデザイン!!貴様らの強くなる傾向を監視、観察し狩られる生物を補強する職業!!モンスターを冒険者のための糧として存在させ、彼ら野生生物を弄ぶ残虐な世界!!」
「モンスターデザイン?補強?き、貴様何を言っているのだ!!」
「わしが本当の世界の姿を教えてやろう、滅べ!冒険者よ!!!」
女神の赤い瞳の奥に炎が宿る。




