御令嬢と騎士とカーバンクルと
「何をと言われても困りますな。こう、ぐっと力を込めて武器を想像すればいいだけですぞ?」
レイスは困ったような顔をしてそう言った。
「ま、ま魔法ですか?それって魔法ですか?朕はそんなもの知りません!何ですかそれ、何なんですか?不思議です、熱もなくしかもあっという間にエオティマスを加工するなんて!驚きです!」
カーバンクルがそう言うとレイスは胸を張って大声で笑う。
「あーはっは!!まあまあ、カーバンクル殿落ち着きなされ。それはそれは珍しい魔法かもしれませんな?当然ですぞ、なぜなら吾の生み出した超級魔法ですからなっ!!ちょっとやそっとの者が使えるような業ではありませぬぞ!」
カーバンクルはレイスの話を聞くと、首を振りながら賞賛しその長い指の掌で拍手をした。
自分も知らぬうちに手に入れていた能力をひけらかし笑う中年の人間と、ただただそれに感嘆し掌を叩き続ける白い毛玉の生き物。
ルルディはその珍妙な光景を無表情のまま眺めていた。
ふいにカーバンクルの拍手が止み、カーバンクルは左手をレイスに差し出した。
レイスはそれを見て何かを察したように空いている左手を差し出す。
「何をしてるです…。レイピア、よこすんですよ」
カーバンクルは差し出されたレイスの左手をはたき落してそう言った。
「さあ、レイピアをよこすんです」
カーバンクルがレイスに差し出した左手を更に前に突き出す。
「いや、え、カーバンクル殿…。その白金と交換ではないので?」
「…そんなこと言ってないです。細長の人間は、『ふむ、それなら確かめましょうぞ』と言っただけです。だから交渉成立してないです」
カーバンクルの無責任な物言いにルルディが食って掛かる。
「ちょっとあなた、使えない代物が使えるようになった途端にそれ?あり得ないわ!それはあなたがレイスの白金と交換したから渡したんじゃない。ずるいわよっ」
無表情だったルルディの顔に怒りの表情が浮かび上がる。
「そ、そんな怖い顔したって駄目です!それは朕の大切な、大切な宝物です。それを貸したら細長の人間が勝手に変形させたです!まあ、朕は最初のごつごつも好きだったですが、この際しょうがないです。勝手に形を変えたことは許すですから、それを返すです!」
カーバンクルはそう言いながらレイスに詰め寄る。
一歩ずつレイスを追い詰めていくカーバンクルとレイスの間にルルディが割って入る。
「…まあ、わかったわ。あなたの大切なものだってことはね?だけど、それを引き合いに出した責任を取る必要はあるんじゃない?こっちだってそれなりに期待させられたわけだし」
カーバンクルはルルディと間合いを取るように一歩下がった。
「…まあ、女の人間のものが言うことも一理あります。朕も誇り高き商人として自分の非は認めなければなりませんです。…責任は取るです。でも、その代わりを貰いたいです。エオティマスに引けをとらない珍しいものを朕にくれればエオティマスは譲りますし、おまけに白金もあげます。これはサービスです、朕は顧客を大事にするタイプですから」
それを聞いたルルディの口角が片方だけ上がったのをレイスは見ていた。
ルルディは勝てる見込みを感じるととても厭らしい顔をするのをレイスは何度か目にしている。
レイスが初めてそれに気付いたのは、二つ目に通りかかった村の宿を借りた時のことだった。
二人分の宿泊費で五十ペイズを請求されたが、ルルディは初めて来たはずの村だったにも関わらず、道すがら眺めていた風景から村の経済状況を見抜き、五十ペイズはふんだくられているということに気付いたのだった。
結果としてルルディは宿屋の女主人に二十五ペイズで宿泊を認めさせ、更に晩の食事を付けさせた。
その交渉中に見せたのがその表情だったのだ。
レイスは素知らぬ顔で二人を見ながら、頭のなかでは新しいレイピアの名前を考えていた。
「さあ、人間の女のもの。珍しいものをよこすのです」
「珍しいもの、ね。じゃあこれなんかどう?」
ルルディは手に持っていた回復術の本をわざとらしく後ろ手に隠し、運命のコインをカーバンクルに差し出した。
「…これは、運命のコインですか。うーん、それなりには珍しいものです。が、エオティマスには及びませんですよ?朕が欲しいのはこの世に一つと思える不思議なふしぎな珍しいものです。…ところで女の人間のもの、さっきから後ろに隠しているものはなんです?」
ルルディの口角が再び上がる。
「これは駄目よ。とても大切な物なの、いくら貴重なものとはいっても交換できないわ!」
「まあまあ、見せるですよ。とりあえず見せるですよ。もしかしたら貴重じゃないかもしれませんよ?朕が見てあげますよ、鑑定しますよ」
しぶしぶカーバンクルに本を差し出すルルディ。
「鑑定するだけだからね!わかったら返しなさいよ?」
「もちろんです、もちろんです。どれどれ…、エルフ文字の本ですか。うーん、これはきれいな状態ですが、昔朕も持っていましたから?貴重ではありますが、珍しさは感じないですね」
カーバンクルの予想外の反応にルルディの表情が一瞬曇った。
「そ、そうなの…。実際私だって幾つか魔導書を読んできたわ、でも本当に回復術を会得できたのはこの本だけよ?それでも貴重じゃないっていうのかしら…」
ルルディは嘘を付き、カーバンクルの興味を惹きつけようとしていた。
実際ルルディは魔法や魔導書のことはよく知らないことばかりだったが、レイスの魔法に対する反応と回復術の本を所持していたにも関わらず、手放したという話からこのカーバンクルにとっては回復術そのものの方が貴重なのではないかと推察していたからだ。
そんなルルディの予想通り、ルルディの話を聞いた途端にカーバンクルの表情が変わる。
「開眼できたのです?回復術をですか、回復術を?ほ、ほほほ本当ですかそれはっ!すごいことです、とてもすごいことです!朕が持っていた魔導書はいくら読んでも何も怒らなかったです。それなのに、それは朕の持っていたものに似ているですが全く違うもののようですね!欲しいです、欲しいですよ。そ、それを譲ってくれたらエオティマスも白金もおまけにこの不思議な香木もあげましょう!!」
カーバンクルはこれもルルディの予想を裏切って、すごく興奮している。
エオティマスだけでも得られれば幸運だと思っていたルルディにとって、白金と香木が同時に付いてくるとなれば魔法を会得した後の本のことなどどうでも良かった。
ルルディは回復術の本を差し出すと、カーバンクルの持っていた香木と白金の塊を受け取る。
「じゃあ、交渉成立ね。もう異論はないわよね?」
「も、もももちろんです!エオティマスも白金も香木もあげます!もう返せとは言わないです!!」
カーバンクルは奪い取るように回復術の本を受け取ると、そこらに広げた持ち物をリュックサックに詰め込み始めた。
「やったわレイス!これであなたの新しい装備が手に入ったわよ!しかもたったの千ペイズでよ?…上手くいったわね」
ルルディはそう言いながらレイスの脇を肘で突いた。
「…し、しかしルルディ様。あの本は太陽神の物なのではないですかっ!それを勝手に譲るなどと…」
ルルディはため息をついてレイスの背中をぽんと叩く。
「…私たちは冒険者よ?しまわれていないものを使うのは当然じゃない!そんなこと遠慮していたら木の実だって食べられないわよ」
「まあ、確かにそう言われれば…。うむっ!私も納得いたしましょうぞ。それにこれは貴重な金属と聞きましたし、これから先ルルディ様をお護りするのに必要ですからな」
そう言うとレイスは声を上げて笑った。
二人が会話をしている間にカーバンクルの荷造りが終わる。
体の倍以上はある大きく膨れたリュックサックを背負うと、カーバンクルは二人に向き直った。
「ところで、お前たちはここで何をしていたですか?まあ、あまり興味はないですが一応礼儀として聞きます」
カーバンクルは平然とした表情で二人を見つめる。
「私たちはただ旅の途中に祝福を受けようと思って寄っただけよ。あなたはどうして?」
「うーん。人間のものにそれを教える義理はないのですが…。まあ顧客の好で教えてやてります。…朕は女神に用があって来たんです。朕はここの神殿を作るのにも手を貸しましたし?それなりに特別な関係なのですね!これは余談ですが、昔持っていた回復術の本というのはここの女神アイン様に譲ったものなのですよ!」
神殿の女神と仲が良いということは誇り多きカーバンクルの一つの誇りであるため、そう話すカーバンクルの表情は晴々としていかにも気持ちよさそうである。
「ほほう!神殿の神とご友人関係にっ。…やはりそなたは只者ではないようですな、いやはやこんなに珍しい物まで持っておったようですし、叶いませんなっ!」
レイスが感心して頷きながらそう言うと、カーバンクルの表情は更に明るくなる。
「そうです!そうなのです!朕は誇り高きカーバンクルですから。今だって女神のとある実験のお手伝いをしている最中なのです!朕の知力は神にも劣りませんからっ」
得意げに胸を張り、そう言ったカーバンクルの言葉にレイスは何かが引っかかった。
「女神の実験ですと…?」
「そうです、そうです。内容までは教えませんが、ずっと昔に実に興味深い不思議な書物を手に入れたのです。そこに書いてあることはとてもとても不思議なことで、朕の知的好奇心をくすぐったわけです。だから女神の知恵をお借りしようとそれをここに持ってきたわけですね!でも、でもですよ?その実験っていうのが結構、それは結構大変なことなのです。それでこの敷地内に隠し通路をですね…っとこれ以上は教えられませんです!!」
カーバンクルは長い指の両手を絡ませながら口に手を当てた。
「実験、隠し通路…。き、貴様がっ!!貴様が隊長殿を!?」
地下で起きた出来事の全てに合点が行ったレイスはレイピアを抜き、カーバンクルに向けた。
「ちょ、ちょっとレイス!どうしたのよ急に!」
突然激昂したレイスをルルディが慌てて止める。
「ルルディ様、お下がりください…。こやつ、地下の化け物の生みの親ですぞ!!隊長があんなことになったのもこやつと女神の仕業!危険ですっ!」
そんなレイスとルルディを見たカーバンクルはいまいち状況が把握できていない様子で首を左右に傾げて唸っている。
「細長の人間のもの、どうしましたか?なぜ怒っているんです?お前はエオティマスを貰った、朕は珍しいものを手に入れた。どっちも得したでしょう?なぜ怒っているんです?」
困惑して唸るカーバンクルの声をかき消す様に、中庭の方から風を叩く鳥の羽ばたきが神殿内に響く。
レイスもルルディもカーバンクルも、その場にいた全ての者が中庭を見つめる。
大きな極彩色の体がゆっくりと中庭の芝の上に降り立つ。
レイスはその羽の色は知らなかったが、特徴的な三日月型のくちばしには見覚えがあった。




