主と召使と槍と
握りしめたアストゥスの羽は温かく、彼の優しい香りを纏っている。
「主様…」
ミカエラは僕の側に来ると大きな掌で僕の背中を包んだ。
「…ミカエラ、槍のことを調べよう」
僕らは立ち上がって中庭へと入る。
アストゥスを貫き、牛頭を一撃で殺した槍。
改めて見上げてみると、その大きさが尋常でないことがひしひしと伝わってくる。
これだけ大きな物はいくら巨人だとしても扱うことはできないだろう。
「魔法…か?」
しかし、僕はこんな魔法は見たことがない。
確かに植物は自然のものではあるが、槍の形をした木は存在しないはずだ。
そういう形状をすることが自然に適応するということに見合わない。
攻撃性の強い植物達は毒であったり、その体を自由に動かすことで外敵に対応する。
それ故、植物由来のモンスターは魔法を使わないし、そもそも武器を使うという知能も持っていない。
自身の体を変化させ、身を守る植物はいるが、彼らが行うのは何かを掴むための変化かそうでなければ体の一部を飛ばす程度のものだ。
槍という知恵ではない。
つまりこれは知力の高いものの仕業で間違いないだろう。
武器という発想まで至るほどの知力を持つモンスターは今まで存在しなかった。
アインが知的生物を融合するまでは。
「これもアインの生物内融合の結果なのか…?」
アインによって生み出された融合モンスターの中には武器を扱うものもいた。
それを考えれば、槍を使うという知力に関しては合点がいくが、槍が大きすぎるということとは関係ないだろう。
それにアストゥスの言う邪悪な光る目というのもわからない。
アストゥスは穴の上から見下ろす何かをモンスターだとは思っていなかったのだろうか。
「これは…?」
牛頭の背に乗り、太い槍の柄を近くで調べてみるとそこにある不自然な傷が目に付いた。
遠くから見ていた時は樹皮の歪みだと思っていたが、近くで見てみるとそれはただの皺ではない。
ところどころに葉や花の散りばめられた絡まる蔦の紋様。
「この紋様…!ミカエラ!!」
牛頭の体の周り様を調べていたミカエラが僕のところへ駆け寄ってくる。
「主様、どうしました?」
「ミカエラ、これを見てみるんだ…」
ミカエラが僕の目の前にある槍の柄に顔を近付ける。
「エ、エルフの…!エルフの紋様じゃないですか!!」
槍の柄にくっきりと刻まれたエルフの紋様は僕の見える範囲の全てにびっしりと描かれている。
「主様、これってもしかしてエルフの誰かが?」
「…わからない」
僕は槍に刻まれた蔓の紋様を撫でた。
樹を扱う魔法。
僕はそんなもの聞いたことすらもない。
管理局に仕えていながら存在する魔法のことを聞いたこともないということはないはずだ。
つまり、これは誰かが生み出した全く新しい魔法である可能性が高い。
そして、この槍にはエルフの紋様が施されているあたり、ただの召喚術とは違う。
普通、魔法は自然界からの召喚であって、ある程度熟練した魔法使用者であればその形状を変化させること位はできるが、それはあくまで召喚後だ。
それに、これは樹木でできている。
もしこれが召喚術ならば、一旦巨大な木を召喚し、その後に槍の形に加工、投擲したということになる。
加工まではある程度時間をかければきっとできるだろうが、これだけの大物を投擲する、しかもアストゥスを貫き、さらに牛頭を貫通させるとなると只事ではない。
僕は死骸の背から飛び降り、槍の先端の方へ行く。
宙に浮いて力なくぶら下がっている足の下をくぐり、腹の下で地面に突き刺さっている刀身部分へ近づく。
刀身の半分が地面に突き刺さっていて、その大きさだけでも僕の身長程はある。
「…この形状。この槍おかしいな」
地面から飛び出しているのは柄を中心にした六本の刺のような部分だ。
これでは相手に突き刺した後、引き抜くことができない。
刺すことを目的としていて抜くつもりがない、ということだろうか。
「ここにも紋様が…」
地面から突き出た六本の刺の一つ一つにもエルフの紋様が刻まれている。
おそらく、この槍は末端から先端まで全てにこの紋様が描かれているのだろう。
「主様!!」
ふいにミカエラが叫んだ。
急いで牛頭の腹の下から這い出すと、ミカエラが戦闘姿勢のまま鋭い目つきで上方を見上げていた。
「あいつ!まだ生きています!!」
ミカエラの視線の先に目を向けると、そこには熱を失い、焼けた岩のような上半身だけで宙に浮いているアインの姿があった。
あの燃える赤い髪もその褐色の肌も、僕の知っている太陽の女神の姿は完全に失われている。
アインは脱力したように両腕をぶら下げたまま赤く輝く瞳で僕らを見つめている。
「とどめだあああ!!」
ミカエラは突然叫ぶと、アイン目掛けて紫の楕円球を放った。
楕円球はアインの胸に命中、残った体を粉々に吹き飛ばした。
体を粉微塵にされ、アインの頭だけが吹っ飛んでいく。
その時、右方上空から鳥特有の叫びのような鳴き声が響いた。
三発の火球が僕らの方に飛んでくる。
火球は牛頭の死骸に命中、突き刺さっている槍ごと燃え上がらせた。
「ボルドラかっ!!」
火球の飛んできた方向へ視線を移すと、ボルドラが大量の羽をまき散らしながらアインに向かって滑空して行くところだった。
ボルドラは高速で空を滑り、一直線にアインの首へと向かうとそれを咥え、そのまま踵を返して上空へと舞い上がって行く。
ぼろぼろになった羽をまき散らし、空へと逃げていくボルドラ。
ミカエラが雷で追撃するが、既のところでボルドラは穴を抜けて行ってしまった。
「主様!追いましょう!」
「ミカエラ、一旦落ち着くんだ。僕らも少し回復した方が良い。ボルドラが僕らを直接攻撃してこなかったということは何か考えがあるに違いない。このまま後を追えば何かあった場合に対処しきれなくなるかもしれないぞ」
僕がそう言うとミカエラは戦闘姿勢を解き、地面に座り込んだ。
「さすが主様…。実はわたし、ちょっと疲れてたんですよ」
そう言って力なく笑うミカエラ。
長時間の集中と魔力の消費、それにアインから受けた傷でミカエラは相当疲労していたはずだ。
どれも致命傷ではないが、それにして消費した体力や傷は回復しておく必要がある。
僕は腰に付けた革袋から二本の回復薬を取り出し、一本をミカエラに渡した。
何の変哲もない瓶に収められた真っ赤な液体はイネスから貰った特製の回復薬だ。
これは、ライブズキャニオンで採られる生命の起源ともいわれている鉱石生物アロコンキリアの粉末にイネスが特別に調合したハーブを混ぜ合わせて作れられた特別製で、珪素を主としたアロコンキリアが傷ついた組織を修復する効果を調合ハーブがさらに活性化させるというものだ。
少しだけ甘い赤い液体を一気に飲み干すと、体が内側から温かくなり、筋肉や骨が細かく震え出す。
まるで感電でもしたかのような感覚だが、それがとても心地よく、徐々に体の疲れがとれていくのがわかる。
アインに焼かれた自分の脚を確認すると、巻き付いたような火傷痕は残ったままだが、炎症や皮膚の爛れはほとんど見られない程良くなってきている。
僕は体が癒されていくのを感じながらアストゥスの羽を眺めていた。
温かいその大羽の周りでは羽を覆うようにそよ風が巻き付いていて、手を離せばどこかへ飛んでいってしまいそうだ。
アストゥスはこの羽が僕らの来た道に誘う、と言っていた。
僕が来た道、ミカエラの両親がいるヒガンテフォレかそれとも天界都市か、はたまた途中に来た街や村か。
「アストゥス、一体僕らをどこへ連れて行ってくれるんだい?」
握りしめた大羽に囁きかけてみるが、大羽は何も語らない。
僕はミカエラの隣に腰を下ろし、燃える槍と牛頭を見上げた。
空気を破裂させて小さく音をパチパチ鳴らしながら牛頭も槍も焼けていく。
両手を後ろに付き、足を投げ出してその姿が炭に変わっていくのを眺める。
「主様、これって本当に槍なのでしょうか?」
「これだけ長い円柱の柄、先端に刃がある。形状的には槍だと思うけどね…」
「…わたしには矢にも見えるんです」
「…矢だって?こんなに大きな矢を射るとなったら相応の弓が必要だろう?こんな大物を撃てる弓なんてそもそも扱える者がいないだろう」
「確かに、そうなんですけど…」
ミカエラはこの槍が矢に見えると言う。
確かに、地面からはみ出していた六本の刺は槍として使うには邪魔だろうし、矢として考えれば納得できいこともないが、今度は弓が問題だ。
これだけの物を射る弓。
それこそこの牛頭と同じくらいの大きさは必要だ。
大型のドラゴンよりも大きい牛頭のムカデを立てて扱うなんて、そんな巨大生物は絶対にいない。
いたらとっくに管理局の目に留まっているはずだ。
異形の槍、エルフの紋様、そして光る目。
それに逃げたボルドラを捕えなければならない。
アインを無力化させたとて何も終わってはいなかった。
「ミカエラ、休憩が終わったら太陽の神殿に向かうよ。きっとボルドラはそこにいる。まずはアインを完全に落とす。槍のことはその後だ」




