主と召使と戦場と 4
「アストゥス!!」
落下し、アストゥスは砦の影に隠れて見えなくなってしまった。
「そんな…。アストゥスが…!!」
アストゥスが地に落ちていく姿が目に焼き付いて離れない。
カロルに頼まれて、ただ僕らを送り届けてくれれば良かっただけなのに。
それなのに、ボルドラに襲われ、そして僕らを助けにやって来てくれた。
なぜ逃げなかったんだ。
僕の思考は一旦停止した。
すると、突然体が宙に浮き、どこかに引っ張り込まれる。
その途端、今まで僕がいた場所に青い光線が突き刺さりマグマが吹き出した。
「主様!気を確かにっ!!」
ミカエラが呆然とする僕を腕に抱え、叫ぶ。
「アストゥスなら大丈夫です!あのひとが簡単にやられるはずありません!母の友人はそんなに弱くありませんよ!だから安心してこっちに集中してください!!」
再びアインから光線が発射される。
ミカエラは僕を抱えたまま後ろ跳びにそれを避け、青く鋭く尖った高速の魔砲をアインにぶつける。
ぶつかった魔砲はアインの肩に命中、アインを仰け反らせた。
「よしっ!雷撃なら当る…!!」
僕は再びアストゥスが落ちた方を見る。
するとまた僕の体が浮き上がり、光りに照らされた崩壊の風景がいつもの見慣れた笑顔に変わった。
「主様、こっちを見てください。大丈夫です、わたしがアストゥスも主様も死なせませんよ!」
ミカエラが笑っている。
僕はもう一度だけアストゥスの方角に目をやる。
「…すまないミカエラ。もう大丈夫だ」
「さあ、とっととアインをやってしまいましょう!!」
ミカエラは僕を地面に降ろすと、両拳を胸の前で突き合わせて気合を入れた。
アインが三度青い光線をこちらに向けて発射しようとしている。
「また来ますよ!主様!」
今のアインは触れることもできない程熱くなっている。
光線自体を避けることは難しいことではないが、避け続ければいずれ足場が失くなってしまう。
それに、落ちたアストゥスだけでなく、今は動きを見せていない牛頭がどうなっているのかも不明のままだ。
なんにせよ、アインを無力化することが先決であることに変わりはない。
「ミカエラ、いつまでも避けてばかりはいられない。攻めるぞっ」
アインが青い光線を発射。
僕とミカエラは散開、光線を交わしたが再び地面にはマグマが溢れ出す。
光線の反動で破裂したアインの両手が再生する間に僕らはアインに向かって走り込む。
アインの正面に陣取ったミカエラが雷の魔砲を発射。
魔砲はアインの胸に命中、再びアインを怯ませた。
その隙に、僕は銀貨を放り投げ、煮えながらあぶくを立てて再生しかけている腕の先端に向けて二本の光線を放射する。
再生しかけていたアインの両手は再び破裂し、手首から先を失った。
続けて、そのまま真正面から走り込んだミカエラが雷を纏わせた高速手刀でアインの両腕を切り落とした。
にわかの攻撃にアインが悲鳴を上げる。
両腕を失って蹲るアイン。
ふいに顔を上げ、振り下ろした手刀の余韻で回避行動が遅れているミカエラに向かって口から青い炎を噴射した。
炎がミカエラの体に当たるが、それはミカエラの体を包む闇魔法の効果で直撃はできない。
ミカエラを巻き込むようにして彼女の背中から火の尾を振り回すばかりだ。
ミカエラが炎の中から飛び出した。
僕は開かれたアインの口の中に闇の塊を発生させる。
口を閉じることができなくなったアインが首を振り回してもがいている。
「ミカエラ、平気か!?」
「だ、大丈夫です!」
ミカエラの闇防御が解け、体の所々が焼けて皮膚が歪んでいる。
アインの口に設置した闇の塊が消滅した。
アインの腕が少しずつ再生し始めている。
僕は体から鞭を解き、そこに魔力を集中させると、アルボガースの筋繊維を加工して作られた鞭は柔を失って硬くなり、長い棒のように変化した。
更にそこに光の魔法を付与、棒は光り輝く。
光は圧力。
それが自然界に存在するものならば何にでも触れることができる。
つまりこの光の棒は体がマグマであるアインにも届き、打撃を与えることが可能だ。
立ち上がったアインは両腕を煮えたぎらせながらこちらに向かってとてつもない勢いで突っ込んでくる。
アインの体から撒き散らされたマグマの欠片で地面のあちこちから蒸気が上がる。
「ミカエラ!!」
僕の掛け声にミカエラが光の壁をアインの前に出現させた。
光の壁にアインがめり込む。
壁の裏側からアインの発する熱風が突き抜けた。
僕は失速したアインの脇に回りこみ、地面と水平になっているアインの背中に会心の一撃を見舞う。
アインの体が反り上がり、奇妙なぐるりという音を立てて地面に落ち声にならない叫び声を上げた。
「いぎぃ!!」
追い打ちにミカエラが青く尖った雷の魔砲が突き出た拳を地面にうつ伏せになっているアインに突き刺す。
「くらええええ!!!」
ミカエラは突き刺さった魔砲を発射、連発する。
魔砲が突き刺さる度にアインの体がくの字に反り、びくびくと跳ねている。
アインの上半身と下半身が徐々に体を引き離されていく。
ブツンッ!!!
アインの体が真っ二つに分かれた。
切り離されたアインの体の断面がミカエラが突き刺した魔砲の余韻で放電し雷撃の糸を絡ませている。
アインは完全に沈黙、真っ二つになった体でうつ伏せのままぴくりとも動かなくなった。
「はあ、はあ…、主様。やりました、アインを黙らせましたね」
ミカエラは興奮して息が上がったままだ。
「ミカエラ!アストゥスのところへ行くぞ!」
体を二つに割かれ、地面に伏せったままその体の熱を失ったアインは黒く焦げた人型の岩石のようになってしまった。
僕はアストゥスの落ちた方へ走る。
先程までの戦いが嘘の様に静かだ。
からからという瓦礫の崩れる音と、広がった天井の大穴から吹き込む風の音でまるで谷底にでもいるかのような気分になる。
城壁を迂回しその反対側、アストゥスが落ちたであろう位置を目指す。
「主様、中庭確認しましょう」
城壁門のそばまで行ったところで隣を走るミカエラが言った。
一旦足を止め、門をくぐって中庭を覗き見る。
「え…?」
先に入ったミカエラが息を呑んで動きが止まった。
僕はミカエラに続いて門をくぐる。
「な…!!」
僕の目に飛び込んできたのは馬鹿みたいに太く巨大な槍に串刺しにされ、体を立てたまま死んでいる牛頭のモンスターだった。
突き刺さっている槍には所々樹木にみられる枝が生えていて、まるで巨大な木を丸々槍に変えたような形をしている。
槍は牛頭の上顎から斜めに刺さり、胸、そして下半分の背中へと突き抜けている。
刺さった時の衝撃が余程強かったのだろう、牛頭の巨大な体が地面から少し浮き上がっている。
「主様!アストゥスの元へ、急ぎましょう!!」
僕らは牛頭の死骸の脇を抜け、反対側にある出口からアストゥスのところへ向かう。
正面に見える城壁が崩れていて、その先へと抜けるアーチから白い尾羽が見える。
門を抜け、アストゥス元へ駆けつけると、アストゥスは城壁を背に体を横にして倒れていた。
「アストゥス!無事かアストゥス!!」
巨大なアストゥスの頭の方へ駆け寄る。
途中、何か水たまりのようなものに足を突っ込んだ。
「……子らよ」
アストゥスはゆっくりと呼吸をしながら弱々しい声で話す。
「アストゥス!!無事か!今助けるっ!!」
「…子らよ、無駄だ。…私はもう長くはない」
僕は恐る恐る足元に目線を落とす。
大きな血溜まり、僕の足首まで使ってしまうほどの大量の出血跡。
徐々に目線を上げ、血溜まりの出処であるアストゥスの胸へと視線を移す。
「…そ、そんな」
「あ、あ…」
アストゥスの体には何かが通過した穴がぽっかりと空いている。
アストゥスの臓器を蹴散らし、肉を抉って飛び出した何かは間違いなくあの槍だろう。
「アストゥス…何が、何があったんだ…」
アストゥスが落ち着いた様子でゆっくりと息を吐きながら語る。
「…私もわからぬ。天井の大穴に背を向けた瞬間、あの槍が私もろともあのモンスターを貫いたのだ。落下の最中に上を見上げると、そこには確かに誰かいた…。誰かはわからぬ、ただ、そやつは光る目を持っていた。邪悪な光る眼差しで女神を、お前たちを見下ろしていた…」
アストゥスの声に喉を鳴らす濁音が混じり込む。
「アストゥス!!」
アストゥスの塞がりかけている喉に空気が出入りする度、窮屈そうな音が鳴り始めた。
ミカエラがアストゥスの大きな頭にそっと抱きつく。
「…アストゥス、ありがとう。わたしたちはあなたがいなければきっと…」
「……カロルの子よ、お前はとても勇敢で賢い。若き日のあやつにそっくりだ、だから護ってやるのだ。カロルがイネスを護るようにお前も…」
ミカエラの目から大粒の涙がこぼれ落ち、アストゥスの顔を濡らす。
「……青年、最後にお前を背に乗せることができて良かった。とても心地良かったぞ。我が主ヤーフールを背に乗せていたあの頃のように…」
「アストゥス!!」
アストゥスの呼吸が弱くなっていく。
僕の耳にはもうほとんど、風音すらも聞こえない。
「…私の風切羽を使え、我が羽がお前たちを来た道に誘う。……ま、たあ…おう」
アストゥスは最後にそう言うと呼吸を止め、瞼を閉じたまま動かなくなってしまった。
すると、アストゥスの体が白く輝き、辺りを明るく照らしだした。
日向のような暖かさ、草木や花の香り。
自然の香りを含んだ風が僕を撫でるように通過していくと、光は破裂し、輝く粒となって降り注いだ。
突き抜ける風が輝く粒を巻き込んで天井の穴へと吸い込まれていく。
アストゥスの体は消えた。
純白の巨鳥は光となり、その大翼を広げ再び空へと舞い上がったのだ。
風の行く先から二枚の大きな羽が降ってくる。
羽は風に流されて、揺れながらゆっくりと落ちてくると、僕とミカエラの手に収まった。
「ありがとう…。ありがとう、アストゥス」
僕はその一枚の大羽を握りしめた。




